見出し画像

2012年に書いた論文 「中年期ITエンジニアのキャリア発達」

2010年〜2012年にかけて中央大学大学院に通い、人的資源管理を専攻して学びました。その時に書いた修士論文を久しぶりに読み返してみました。

修士論文:「中年期ITエンジニアのキャリア発達」

当時、中年期(40〜50代と定義)のITエンジニアに絞ったキャリアについての先行研究がなく、しかし、企業が長年活動をしていくと課題にもなっていく重要なことだと考え、このテーマを選んで研究を行いました。

本記事では内容を抜粋したものを記載していますが、全文は以下にあります。

アンケートの対象人数は、250人。対象はITインフラエンジニア・システム開発(Web・オープン系)エンジニアとし、業界経験3年以上の20〜60代としました。リサーチ会社を利用したので(自腹で16万円ぐらい払った…)、幅広く偏りのない対象者から良質な回答を得ることができました。

調査仮説

先行研究を踏まえ、先行研究の主張を中年期の IT エンジニアへの調査結果で確認するために、仮説を導出しました。仮説は以下の3つを設定しました。

【仮説 1】中年期でもキャリア満足度の高いエンジニアは、長期的に自分らしいキャ リアを切り開き続けられる準備を常に行う「学び直し」をしている。
【仮説 2】 中年期でもキャリア満足度の高いエンジニアは、明確な仕事観を持ち、「内 因的仕事観」と「規範的仕事観」の健全な統合がされたキャリア自律を実現している。
【仮説 3】 年収の高さは衛生要因に過ぎず、キャリア満足度が高い人と年収の高さは 関連性が低い。

時代背景は少し変わっている

執筆したのが2012年だったので、時代背景には変化もあります。
序論では、このような箇所がありました。「日本のIT業界の中では、35歳を超えると転職が難しくなると言われている」

10年近く前まではよく言われていましたが、IT人材不足がさらに進んできたこともあってか、耳にすることもなくなってきました。

ITエンジニアについては、10年前に比べると求人倍率が高くなってきているので、年齢を重ねていくことのキャリアに関する不安は多少和らいでいると推測されます。

年齢を重ねても「良いキャリア」を築けている人は、主観的に自分のキャリアに対して満足している

何をもって「良いキャリア」とするのか、については次の定義としました。

年齢を重ねても「良いキャリア」を築けている人は、主観的に自分のキャリアに対して満足している

その前提となるキャリアの定義は「過去・現在・将来に渡り、スキルの獲得と発揮、仕事やビジネス・社会活動への参画などを通して、より深く自分らしさに気づき、主体的な意思をもった活動を行うことで、自分らしさを発揮し、自分らしく豊かに生きる一連のプロセスであり、一言で言えば、キャリアとは自分らしく豊かに生きる一連のプロセスである」としています。

40・50代で「現在のキャリアに満足している」人の特徴

アンケート結果から、40・50代で「現在のキャリアに満足している」人に共通して見られたのは、下記でした。

・ 同僚、上司から信頼されていると思っている
・ 顧客やユーザーから高く評価されていると思っている
・ 現在の業務内容に満足している
・ 現在の業務内容にストレスがある
・ 仕事のルールと基準が明確で、アウトプットイメージが予め決まっている
・ 仕事の内容(仕様や最終的な成果の形)が途中で変わることがある
・ プロジェクトや案件のたびに新しいノウハウや考え方が必要になる
・ 先進的で不確実性の高い仕事である
・ クリエイティブな仕事であると言える
・ 仕事の進め方や企画を立てるうえで、今までの延長線上のやり方ではなく、自分なりの発想をもって取り組んでいる
・ 顧客やユーザーのことを深く理解しようとしている

これらから現在のキャリアに満足している40代・50代の人物像を考えてみると以下のようになります。

就業環境としては、要件定義書をもとに設計書、納品物が作成され、仕事のルールと基準が明確で、成果物のイメージは予め決められることが多い。しかし、プロジェクトの途中などで顧客の要件が変更になる、トラブル対応などで計画通りに進まないことがよくあり、また、新しい案件が始まるたびに、必要なノウハウや考え方が求められる。つまり、業務内容としては、先進的で不確実性が高いと言える。そのような中で、現在でもキャリア満足度が高いと考えている人物は、自分なりの発想で課題に取り組んできており、仕事を決められたことをすること、ではなく、クリエイティブなこと、と捉えている。また、常に顧客やユーザーのことを深く理解しようとする姿勢を持っており、顧客からは高い評価を得られていると感じている。そして、顧客だけではなく、上司や同僚とも協力的に業務を行い、その結果、社内でも高い信頼を得られている。仕事は楽ではなく、ストレスが高いと考えているが、それでも、現在の仕事内容には満足している。

論文「中年期ITエンジニアのキャリア発達」の結論と含意

キャリアに満足している中年期のITエンジニアの人物像は、これまでの先行研究で主張され、通説とされてきた内容と同じ調査結果が得られました。

第一に、現在のキャリアに満足している中年期のITエンジニアと「学び直し」との関連についてです。「三輪卓己(2011)『知識労働者のキャリア発達』 中央経済社」の知識労働者(ソフトウェア技術者)のキャリア 志向と学習特性についての先行研究によると、複合的なキャリア志向を持つ人は、仕 事の成果や満足度が高いだけでなく、学習も充実していることが検証されました。そして、 本研究においても、それを裏付けるように「社内の学習機会や優秀な同僚から学んで いる」中年期のITエンジニアが「現在のキャリアに満足している」に因果関係がある という結果が得られました。

第二に、現在のキャリアに満足している中年期のITエンジニアの仕事観についてです。「高橋俊介(2012)『21 世紀のキャリア論』東洋経済新報社」においては、想定外変化に振り回されるのでなく、落ち込むので はなく、主体的に自身の役割や仕事、なすべきことを再定義していくために、「仕事観」という普遍性の高い価値観を持つことが重要であると述べられていました。特に、「内 因的仕事観」と「規範的仕事観」の健全な統合が望ましいキャリア自律であり、自分 らしいキャリア形成につながると主張されています。そして、本研究においても、それ を裏付けるように「現在のキャリアに満足している」が内因的仕事観の「やりがい」 「関係性」、「認知承認」、規範的仕事観の「会社規範」と因果関係があることが特徴 としてあげられます。そして、キャリア満足度と因果関係があったのは、内因的な自分にとってのやりがいだけではなく、組織・チームとの恊働、貢献などの規範的仕事観に関わる項目と因果関係があることが傾向として見られました。

第三に、キャリアの満足度と年収との関係です。先行研究の[Herzberg One More Time:How Do You Motivate Your Employees?, Harvard Business Review, 1968]の 動機づけ・衛生理論では、仕事への満足に関連する諸要因は、仕事への不満足を生み 出す諸要因とは別物であると主張されてきました。そして、本研究においても、その主張 を追認するような結果が得られました。中年期ITエンジニアの年収は「従業員数」「ITエ ンジニアとしての経験年数」「役職」「ITスキル」とは因果関係がありましたが、「キャ リア満足度」とは因果関係がないことが判明しました。これは、キャリアに満足している 中年期エンジニアの人物像や仕事観の考察でも述べたように、キャリアに満足する人ほど、年収よりも成長や周囲との関係性を重視していて、年収はある程度の水準まで は必要だが、高ければ高いほど良いわけではない、ということであると推測します。

良いキャリアを築いている ITエンジニアの人物像

本研究で得られた結果と知見を基に、良いキャリアを築いているITエンジニアの人物像を提示すると以下であると考えます。

① 上司・同僚・部下から学び、勉強会にも積極的に参加するなど、常に何 かを人から学ぶ姿勢を持っていて、中年期になっても継続している。
② 自分にとってのやりがいだけではなく、所属している組織に対する貢献、 上司・同僚・部下との恊働について強く意識している。
③ 年収は低いとマイナスの影響を与えるが、高くなっても、それほど影響 は大きくない。

そのため、「中年期 IT エンジニアの登用と育成」では、これらの特徴を鑑み、良いキャリアを築ける中年期 IT エンジニアの人物像とギャップがある人材を早期に抽出 し、意図的に「学び直し」をする姿勢を持たせることや「内因的仕事観」と「規範的仕事観」が健全な統合された仕事観をそれぞれに醸成させる場を与えるようなシステムを導入すべきであり、それに伴い、中年期になっても良いキャリアを築いている IT エンジニアの割合も大きく増えていくものと考えられます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?