プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #5 【恐怖の化身】 2

「セヤーッ!」

 カーネリアが掛け声と共にロンダートの動きに入り、そのまま連続バック転でタンザナとの距離を詰めていく。やや間をおいて、剣を謹聴させる音がメノウのいる辺りから聞こえてきた。確かにそのはずであった。

「セイッ!」

 だが、タンザナが斬撃を受け止めたのはメノウが先だった。

「やあっ!」

 タンザナはそのままメノウを弾き飛ばし、カーネリアの繰り出すローリングソバットの射線上へと導いた。

「なっ……」

「くそっ!」

 驚愕に目を見開いたものの、蹴りを止められぬカーネリアに素早く反応し、メノウは剣で蹴りを防いだ。たがその威力を受け止め切れずに反動で後方によろめくと、今度はタンザナが背中から襲いかかる。

「ヤーッ!!」

「ガアーッ!」

 剣から発せられた斬撃波がメノウを吹き飛ばし、カーネリアもろとも地面に叩き伏せる。

「でえりゃあ!」

 その直後、およそプリンセスらしからぬ叫びともに、走り込んできていたイキシアが鎖を投擲した。分銅付きの鎖がタンザナにまとわりつき、体の自由を奪う。

「……ハアッ!」

 だがタンザナは、圧倒的な膂力で鎖を強引に引き裂くと、それを光に分散せしめた。

「しゃらくさいですわ……!」

 イキシアは足を止めずに走りながら飛来する光を受け止めると、鎌を薙刀へと変化させ、斜めに振りかぶった。

「武芸十八般、薙刀術!」

 気合いの掛け声とともに、薙刀が一閃される。長い柄の先に備えられた刃が、凄まじい遠心力を伴ってタンザナへと襲いかかった。

「……フンッ!」

 しかしタンザナは、この刃に臆することなく逆に踏み込むと、柄の部分を片手で受け止めた。

「ふふふ……なかなかうまくいきませんね」

 タンザナは妖しく微笑むと、薙刀を握る手に力を込めた。ミシミシという軋みの音が、柄を伝わってイキシアの元に届く。

「武芸十八般、短刀術!」

 イキシアは咄嗟にそう叫ぶと、薙刀を短刀へと変化させた。手に込められたタンザナの圧倒的な握力が、その対象を失って体全体のバランスを崩す。しかし、イキシアにはその隙を突く余裕はなく、逆にバックステップで間合いを取った。彼女の攻撃の間に形成を立て直していたカーネリアとメノウがこれに加わる。

「……手強いね」

「当たり前ですわ。彼女の魔力の程は、ヴァンパイアハンターである貴女もご存知のはずでしょう?」

「もっともだね」

 お互いに軽口を叩き合いながらも、イキシアとカーネリアに言葉ほどの余裕はなかった。だがそれを態度に出せば、その隙をタンザナに突かれてしまう。油断なく剣を構えながら、二人ともそのように考えていた。
 一方、メノウはひとり静かに剣を謹聴させると、その場から姿を消し、アンバーの元へと後退した。

「……大丈夫か?」

「メノウさん……」

 メノウを見るアンバーの瞳は、得も言われぬ迷いで溢れていた。

「私、その……すみません。闘う気はあるのですが、どうしても足が動かなくて」

「気にするな。それに、連携しようと決めていたわけでもない」

 メノウはアンバーから視線を切ると、遠方のタンザナを見据えた。ちょうどその時、今一度イキシアとカーネリアがタンザナに向かっていったが、逆に豪快に投げ飛ばされるのが見えた。

「だが、あのように並はずれた腕力だ。接近戦よりはむしろ――」

「斬撃波……」

 言い淀むメノウの言葉を、アンバーが引き取った。そしてひとつ息を吐くと、静かにタンザナを見据える。

「私の斬撃波で遠距離から攻撃すれば、タンザナさんに勝てる。そうですね」

「ああ。それならあまり怖くないはずだ。私たちが彼女の動きを止める。その隙に……できるな?」

「……『できるかどうかではない。やるしかないのだ』」

 アンバーが口にしたのは、稀代の剣聖・ハーウェイの言葉だった。彼女の父は、仕事に行き詰まるたびにこの言葉を口にし、己を奮い立たせていた。

「その意気だ、頼むぞ」

 メノウは静かに微笑むと、剣を謹聴させて一瞬のうちに前線へと向かっていった。
 アンバーはそれを見届けると、聖剣を振りかぶり、細く長く息を吐きながらゆっくりと体の前に下ろした。

(次の一撃で……決める!)

 決意の瞳で見つめる先で、三人のプリンセスが同時にメノウへと襲い掛かった。イキシアが再度の鎖鎌投擲を試み、カーネリアが大ジャンプからのフランケンシュタイナーを仕掛けにかかる。メノウはタンザナの背後を取り、背中から羽交い締めの構えだ。アンバーは聖剣に魔力を滾らせ、斬撃波発射の準備に入る。

「……小癪な人の子があっ!!」

 だがタンザナの叫びが空間に轟くと、状況は一変した。

「があっ!」

 タンザナの動きを封じにかかった三者は一斉に地を舐め、アンバーの聖剣からは魔力が雲散霧消した。

「そんな……」

 ショックでアンバーが目を見開いた先には、恐怖の化身が鎮座していた――大いなる翼を携えた、太く長い尾を打ち鳴らす四足のドラゴンだ。

「ふふっ、絶望はまだまだこれからなのよ。覚悟しなさい」

 その屈強な足元で、バイタルに満ちた聖剣を演舞じみて振り回しながら、タンザナが妖しく微笑んだ。

 3へ続く

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