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プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #2 【ヴァンパイアハンター】 3

 エアリッタの郊外には、大きな古びた屋敷がある。その屋敷の扉の前で、アンバーは嘆息するように呟いた。

「……まさか、またここに来ることになるなんて」

「まったくですわ。人生、一寸先は闇ですわね」

 隣に立つイキシアが、彼女に同意する。二人がこの屋敷を見るのは、今回が初めてではない。だが、前回の訪問は夜中のことで、こうして城の外観をじっくりと見たのはお互いにこれが初めてだった。

「……それで、このお屋敷に出るんですね? ヴァンパイアが」

 そんな二人の会話を、自称ヴァンパイアハンターのカーネリアが遮った。彼女は切れ長の美しい瞳で、屋敷をまっすぐに見据えている。

「ああ、うん。そう……いうことになってるんだけど……」

「そうですか。では、入りましょう」

「あっ、ちょっと……」

 言うが早いか、屋敷の両開きの扉へ手をかけようとするカーネリアを、アンバーが制止した。

「さっきも言ったけど、ここは本当は入っちゃダメな所なんだよ?」

「でも、ここまで来たんですから。今さら入らないわけにはいかないでしょう?」

 カーネリアは淡々とした口調でそう反論すると、改めて扉の取っ手を握り直した。

「それはそうだけど……もしお城の人に見つかったら……」

「アンバー、こうなったら一蓮托生ですわ。どうせもうすでに一回入っているんですもの。この際、後のことは後で考えましょう」

 怖気づくアンバーとは対照的に、イキシアは覚悟を決めているようだった。カーネリアが握っている反対側の扉に手をかけ、今にも開こうとしている。

「うう……分かったよ。じゃあ、皆で行こうか」

 アンバーは観念し、数歩後ろに下がった。それに合わせるようにカーネリアとイキシアが同時に扉をゆっくりと開く。扉の動きと共に、少しずつ日の光が暗い室内に差し込み、屋敷の玄関ホールがアンバーの視界に飛び込んできた。

「……うわ、これは……」

 アンバーは目の前に光景に思わず言葉を失った。カーネリアが扉の陰から顔を出し、代弁するようにポツリと呟く。

「だらしないですね」

 実に的を射ている表現だった。紅い絨毯の敷き詰められたホールの床には、空の酒瓶が何本も散乱していた。乱雑に打ち捨てられたその瓶は、正面の大きな階段にまで続いている。おまけに階段の中腹辺りには、グラスが一本ぽつんと置かれていた。

「……何ですの、これは」

 遅れて室内に入ってきたイキシアが困惑気味に呟いた。そして床に屈んで瓶の一つを拾い、ラベルを眺める。

「これはおそらくラリアという方のものでしょうが……散らかすにも程がありますわね」

「ラリア? その人がヴァンパイアですか?」

 カーネリアも階段の酒瓶を拾い、イキシアに倣うように一通り眺めたが、やがておもむろに段の上に置いた。

「いいえ、あの方はただの酔っ払いですわ」

 イキシアが答えながら、階段へと近付き、自分の瓶をカーネリアの立てた瓶の隣に加える。

「あの方が飲むのは血ではなく、赤ワイン……まあ、ワインの好みまでは存じ上げませんが、少なくとも物語に登場する化け物じみた存在ではありません」

「じゃあ、この瓶は関係ないですね。何か他にヴァンパイアの情報はありませんか?」

 瓶の列を徐々に伸ばしながら、カーネリアがイキシアに尋ねる。

「……心当たりがないではありませんわ」

 イキシアがカーネリアに協力して瓶を並べながら、神妙な口調で答える。

「心当たりって……?」

 酒瓶並べに加わろうと階段を上ってきたアンバーがイキシアに尋ねる。

「いえ、わたくしもまた聞きの情報ではあるのですが……」

 イキシアがアンバーから酒瓶を受け取り、列に並べながら話を続ける。

「アンバー、そもそもこの屋敷はなぜ立ち入り禁止なのですか?」

「それは……この屋敷はお城の人が管理しているものなの。なんでも、昔の貴族の邸宅で……今でも所有者がいるんだって。だから、ヴァンパイアが出るって話を作って、子供が近づかないようにしてるんだよ」

「……そのヴァンパイアが出るという話、作り話じゃないとしたら?」

「えっ? それって――」

 アンバーが聞き返そうとした時、後方で扉の開く音がした。一同が振り返ると、扉の所に日の光を背にして立つ人影が見えた。

「あれは……まさか?」

 アンバーは数度目を瞬かせて、目を光に慣れさせた。やがて妖艶な黒髪の女性の輪郭が浮かび上がる。

「……よう、元気だったかい?」

「「ジェダイト!」」

 その姿を認識するや否や、アンバーとイキシアは口々に叫び、同時に腰から聖剣を抜き放って臨戦態勢に入った。

「どうやって城から出たの!? どうしてここに!?」

「オイオイ、そんなに興奮するなって。ほら、これを見ろよ」

 いきり立つアンバーだったが、ジェダイトはそれに応えず、ただ妖艶に微笑みながら、余裕ぶって両腕を胸の辺りまで上げてみせた。その手には金属製の手錠が嵌められている。

「アタシはこのとおり拘束中ってヤツだ。おまけに……面倒な連れもいてね」

「……連れ?」

 イキシアが不審がると、ジェダイトの後ろから声がした。

「ジェダイト、何をしている?」

 そこに現れたのは宮廷魔術師のジュリアンだった。彼はアンバー一行の姿を認めると、訝るように眉をひそめた。

「貴女方……ここで一体何を?」

「えっと、その……」

 いきなり都合の悪いことを指摘され、アンバーは咄嗟に言い訳を試みた。

「こ、この前ここに来た時に……忘れ物しちゃって」

「忘れ物? マジか、アンタ」

 あまりにも苦しい言い訳に、ジェダイトが口元を僅かに緩めた。イキシアも呆れたような視線をアンバーに向ける。しかし、いざ口を開いたジュリアンの態度は、意外にも穏やかなものだった。

「……成程。非常に疑わしい話ですが、私には否定する根拠もありません。実際に貴女方はこちらに一度いらっしゃっているわけですし……」

 彼はアンバーに答えた後、剣を構えたままの二人を見て笑みをこぼした。

「今すぐ追い出すようなことは致しません。それよりも、そろそろ剣を収めていただけませんか? そのままでは幾分か……物騒ですので」

「あ、ああ……すみません」

 アンバーはジュリアンに頭を下げると、聖剣を鞘に収めた。やや間があって、イキシアも剣を引っ込める。ジュリアンはそれを見届けると、カーネリアへと視線を向けた。

「……そちらの方はお初にお目にかかりますね。アンバーさんのお知り合いですか?」

「どうも、カーネリアです」

 カーネリアが返答代わりに頭を下げ、ジュリアンに挨拶する。

「ああ、これはどうも申し訳ない。私はジュリアン。このウィガーリー王国の宮廷魔術師です。こちらは罪人のジェダイト」

「もう少しマシな紹介の仕方はないのかねえ。にしても……」

 ぞんざいな扱いを受け、大袈裟にため息をついた後、ジェダイトがアンバーに妖しく微笑みかけた。

「またお友達が増えたのかい、アンバー? 今度の子は、また随分とちっこいね」

「なっ……」

 言い返そうとするアンバーを無視して、ジェダイトはカーネリアに向き直る。

「それともアンタは迷子かな? こんなところにいると、ヴァンパイアに食べられちゃうよ」

 その言葉を聞いた時、カーネリアの視線が鋭くなった。

「……貴女、ヴァンパイアのこと知ってるの?」

「ん? ああ、まあな」

 ジェダイトはあっさりと質問に答えた。そして一度ジュリアンへと視線を走らせた後、さらに付け加える。

「なにせ、ここはヴァンパイアの家だからな」

続く

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