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わたし相手の愛を、みくびっていた

ひとに優しくされて、ありがたい気持ち以上に申し訳なさを感じることがある。この子に何を返せるんだろうっておもう。

きっとそれは、嫌われたくないから。もっというと相手に好かれたいから、何かしなきゃっ!と焦燥感まであるのだとおもう。

でもきっと、やさしくしてくれるひとは、わたしが何をしていても何をしていなくても、揺るぎない愛がそこにある。それによって変わってしまうものは、愛ではない。相手の愛を、みくびってはいけない。やさしさに「何かをお返ししたほうがいいのかな」と焦ることは、相手の愛が、見返りを求めたものだと、信用しないことになってしまう。

それに、世界はわたしたちが思う以上に精密に生きていて、そういうひとには、神様とか何かしらの大きなチカラが、ちゃんと愛を循環させてくれるから大丈夫。そうやって、信じていくことが一番の報いだ。

じゃあだったら、愛を受け取ってばかりでいいのかと言ったら、そうはしたくない。そう思うと、自然とわたしたちも愛を供給する側にまわりたいと思えるわけで、これが健全なお返しになるのだとおもう。相手にどうとかじゃなくて、いつでもどこでも、だれにでも、もらった愛をお返しする。それが回り回って、愛をくれたひとのチカラになるかもしれない。


おまけ

大好きな芦田愛菜さん(ちゃん)の言葉。当時高校生だった彼女に、社会人3年目のわたしは、一生ついていきます!と誓った。(当時)


お返しの愛は無限大、一緒に幸せに貪欲になりましょうね!!