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東京サルベージ【第27回 ■ グレタと雪の女王2号 】

先日、ふと立ち寄ったリサイクルショップでレディースのウールコートがぶらさがっているのに出会った。それは、ブルーに染めたフォックスのファーがふわふわとした奇麗なネイビーのコートだった。


以前、いったいどうした風の吹きまわしか、妻にコートをプレゼントしたことがある。私たちは、結婚して以来、お互いの誕生日プレゼントや、結婚記念日といったプレゼントを相殺しあってきた。祝うのは亡き愛犬のエカテリーナ(ポメラニアン)の誕生日だけと決めていた。


何年か前、何の目的もなしに立ち寄ったデパートでセール品とはいえかなり高価なコートに私が一目ぼれした。ネイビーのウールコートで、フォックスの毛皮がいかにもあたたかそうで、冬のサンクトペテルブルグでロシア女性が羽織っていたらいかにも目を引きそうなコートだった。


「何て美しいコートだ」私は、渋る妻に無理やり買わせようとしたが、妻はしきりにこんな高価なコートはいらぬ。第一サイズがジャストサイズではないなど、渋っていた。ふわふわとしたファーにきっと、抱かれたエカテリーナがくんくんと反応して喜ぶだろうとまで言ったが、興味を示さない。


とはいえ、妻に似合っていたので、半ば意地になり、欲しくないと言い張る妻に半ば強引にプレゼントすることになった。妻も喜ぶというよりは、ゴリゴリに押してくる販売員と私とに根負けして諦めたというところが正直な感じだった。


「雪の女王」と名付けられたそのコートは、普段使いにはいささか重くて気品がありすぎ、丈も長めのため自転車にもまたがることができず、毛がつくためにエカテリーナを抱くこともできずに、まあよそゆきに1年に1度羽織ればよいくらいのクローゼットの女王になってしまった。


私がリサイクルショップで見つけたのは、その「雪の女王」とそっくりのコートだった。違いは、雪の女王は比翼仕立てのボタンとめだったが、こちらはジップアップで、サイズを若干小ぶりにしたくらいで色味も実に似ていた。私は、このコートも妻に似合うだろうなと思った。(もうすぐクリスマスなんだし、結婚以来クリスマスプレゼントなぞしたことないのだからたまには贈り物をするのもよいだろう)


「おいおい、待てよ。ここでおまえが女物のコートなんかを買えば、店員は転売目的か女装趣味のどちらかと思うぜ」ななめ45度から私を俯瞰して見ているもう一人の私「あいつ」がストップをかける。


「お笑い草だな、ピョートル。リサイクルショップで妻へのクリスマスプレゼントなので包んでほしいという訳にもいくまいよ。けげんそうな顔をされるのがオチだぜ。第一、クリスマスプレゼントに古着のコートを渡す中年男もおるまい」


「あいつ」にそう言われて私の中で葛藤が始まったが、一方で(グレタに心酔している妻ならかえって喜ぶのではないか)とも思った。


グレタとは、女優のグレタ・ガルボではなく環境活動家のグレタトゥーンベリの方である。

妻は、彼女の活動に共感して以来、私の電気の消し忘れや冷蔵庫のドアの閉め忘れなどがあると、地球破壊の見せしめとして小遣いから罰金をとるようになった。あまつさえ、グレタを題材にした絵本の読み聞かせをしてきたり、ペットボトルを親の敵のようにみなし、私の仕事中に飲む飲料水もペットボトルの天然水から魔法瓶に入った水道水になった。そんなエコな妻なら、たいして着られもせずに売られてしまった古着のコートでも喜んでくれるような気もした。


長い葛藤が続き、心なしか店員が私の方をずっと見ているような気もする。

一番よいのは妻を強引に連れてきて、彼女に買わせることだが、いらないというのは明らかだった。家に帰れば似たようなコートがあるのだから当たり前といえば当たり前である。


もうこのコートは見なかったことにして、あきらめて帰ろうかとも思ったが、もう既に、女物のコートの前で考え込んでいる中年男という図でも十分に不審感を植え付けている。(ええい、ままよ)とこのコートを買うことにした。(無駄使いと言われても、この品質のコートとしては破格の値段ではないか。)私は意を決して、コートをむんずとつかむとかつかつとレジに向かった。(サルベージせねばならぬ)


果たして、年配の女性店員が、事務的というより、心底興味があるという目つきで「サイズの確認は大丈夫ですか?」と聞いてきた。(そっちできたか・・・)この店員は私が女装癖でもあると思っているのだろう。(いかに小柄な私でも7号サイズが入るわけないではないか!)私は半ばむっとして「プレゼントです」といった。店員はさらにけげんそうな顔をしている。「娘に・・・」私は言い足した。


さすがにいい年をしたおっさんが、妻に古着のコートをクリスマスプレゼントするのだと言うのでは哀れを誘ってしまうと思い、私は嘘をついた。


「お嬢さんにですって」ほっとしたような顔で年配の女性店員は後ろの店員に話しかけた。きっと、女物のコートの前で考え込んでいる中年男である私を肴に何か耳打ちでもしていたのだろう。


寒さにふるえつつ帰路につきながら、(ああ、私はこのぐらいのサイズのコートを羽織る娘が実際にいても、おかしくはない年齢にとうになっていたのだ)としみじみと思った。「サンタさんより」と書いたメモ用紙でも添えて、クリスマスイブの晩に眠っている娘ならぬいい年齢をしたうちのグレタの足元にでもこの古着のコートをかけてみるかと思った。

取材、執筆のためにつかわせていただきます。