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シベリアンハスキーは沈黙を貫く


「悪く思うなよ」


ペンキで塗装したばかりの
シンナーの匂いがする。

無機質で何もない倉庫の中、
暴れている俺を
大きな男が2人掛かりで
制しているところだった。


1人はそこまで気が強そうな男では無かったが、
俺を縄で縛るには充分な力強さがあった。

ジャージでだらしない格好のまま、
口を塞がれた俺は

縄を持った男を「坊主」
ガムテープで口を封じた男を「グラサン」
と名付けた。


坊主は俺を無理矢理イスに座らせて、
グラサンに顔で大きく合図をした。


「大人しく待ってろよ」


ドスの効いた低い声を残し、
グラサンは倉庫を出て行った。


高そうな革靴の音が聞こえた。


一瞬開いた扉の光具合から
そろそろ日が暮れかかっていることを察した。

扉が閉まるとまた薄暗くなった。


坊主は少し離れた丸椅子に、
足を開いて偉そうに座った。


天井に近い高さには窓が幾つかあって
どうやらそこから赤紫色の光が
漏れていることに気付いた。


「お前は、
なぜここに連れてこられたか分かるか」


坊主がタバコに火を付けながら尋ねた。

俺は横に頭を振る事しか出来なかった。



「殺されるんだよ」



なぜ?


聞きたかったが、
俺は言葉にならない声をあげながら
動ける限りの抵抗をするしか無かった。


「鈴木太郎、28歳。
両親とは死別。
恋人無し、友人無し。
おまけに無職。
趣味は散歩。
特技は早寝。
お前みたいに好都合の奴を探すの、
苦労するんだぜ」


坊主は吸い終わったタバコを
足で踏んだ。

煙だけが、一瞬余韻となって残った。

坊主は俺に近付いて、
ガムテープを思いっきり剥がした。


開放感と緊張で、息が上がった。


「前コンビニの面接受けただろ?
それで落ちたな、お前」


坊主がニヤッと笑っている。



確かに俺は2週間前面接を受けた。


金が無い。
頼る身内も無い。
何時間でも働きますから。


話せることは全て話したつもりだった。

それくらい俺にとって
命を賭けた面接だったのだ。

山本という名札を付けた店長は、
同情と良心的な感情が
混じったような顔で頷いていた。

「うちとしても有難い限りですよ。
なかなか良い人材がいなくて」


面接が終わって安堵したのを覚えていた。


「何故落ちたか分かるか」


坊主は胸元を掴みながら顔を近づけた。



「こっちに受かったからだよ」


店長が憐んで見てきた目を思い出した。


坊主は笑っていた。
大物の笑い方では無かった。
甲高い、不快な笑い声だった。


「だから、何故俺は殺されるんだ!?
俺は人様に迷惑かけてきたつもりはない」


坊主は急に笑うのを止めて、
真顔になった。

「お前の生き方なんて関係ない。
俺らがお前を欲した。
だから面接したんだろ?」


「だからなんで…」

俺が抵抗する間もなく、
倉庫に電子音が響いた。


坊主はポケットからスマホを取り出し、
俺の口元へ再度ガムテープを貼り付けた。


坊主は下っ端らしく
へぃ、と相槌ばかり打っている。

「それだけは強く言っときますんで」


電話を切ると、坊主は顔を振り向き直し
先程よりも威厳を出した声で
俺へと詰め寄った。



「良いか。
ボスは必ず『お前が榊原か』と聞いてくる。
その時に頷け。
あと、ボスがお前を疑ったら
『シベリアンハスキー』と言え。
それだけで良い。
あとはこっちがなんとかする」

早口で説明すると、
坊主はまたガムテープを外した。

「最期だからな、
言いたいことは全て吐き出しとけ」

今度は妙に優しい口調で
気味が悪かった。


最早こんな緊急事態に
言いたいことなど咄嗟に思いつかないのが
世の常である。


坊主は元の場所へ戻った。

丸椅子に座ると、
そのままスマホを触りながら

「可哀想にな」

と呟いた。

「スマホも持ってない。
 所持金も小銭だけ。
 死にたいと思った時もあっただろう」

俺のことを憐んでいるようだった。

俺はどうやら、
みんなから憐みを受ける人生だったようだ。


「そいつの身代わりなのか?俺は」

「まあ、そういうことだな」


坊主は暇を持て余してライターを
カチカチ鳴らした。


「何者なんだ、そいつは」


ポケットからタバコの箱を
取り出す、擦れた音が聞こえた。


「それが分かれば苦労しねえよ。
何も分かんねえからお前を連れてきたんだ」


どうやら、
坊主は榊原の顔を知らないらしい。

ということは、
恐らくグラサンも知らない。

「もし俺が知ってると言ったら」


俺は精一杯の演技で坊主を睨みつけた。


「冗談を言う余裕はあるみたいだな」


それからは無言だった。

タバコの煙がぼんやりと
滲んでいくのだけが見えた。


「死にたくねえなぁ」

俺が天を仰ぎながら呟くと、
坊主はタバコを吸いながら近付いてきた。


タバコの火を、
俺の腕に擦り付け消した。


ジュゥという音と共に、
俺の低い唸り声が倉庫に響いた。


「安心しろ。死ぬ時は一瞬だ」


グラサンが出て行った、
あの重たい扉から僅かに音が聞こえた。

坊主は慌てて俺の口元を再び塞いだ。


先にグラサンが入ってきた。


それから、グラサンの2倍は横幅のある
葉巻を擦った男が後ろを歩いてきた。


今までの2人とは
比にならない貫禄があった。


「こっちです」


どうやらボスらしき男が、
グラサンを抜かし近付いてきた。


俺の顔を舐め回すように見て、
眉を少し動かした。


こいつもサングラスをしていて、
表情は読めなかった。


「お前、本当に榊原か?」


俺はゆっくりと頷いた。


「おめぇ、自分が何やったか分かって
ココにいるんだろうなぁ!?」

グラサンが大声で威嚇しながら壁を殴った。

ボスは手の動きだけで、
グラサンの動きを制した。



俺は最後の抵抗に、
ゆっくりと横に首を振ってやった。


「良い度胸じゃねえか」

ボスがニンマリと笑った。

それから、わざわざしゃがみ込んで
目線を合わせてきた。

「お前の大事な代物と、
俺の大事な金を交換しようって言ったんだ。
お前は何をした?
金だけ取って逃げたな?
だから今ここにいる。分かるな?」


グラサンが丸椅子を蹴飛ばした。

ガチャンッという音が大きく反響した。


「この港で薬を交換しただろっつってんだよ!」


ボスと、俺と、少しの間沈黙が続いた。

俺はボスを睨みつけた。

最後の抵抗のつもりだった。


ボスは俺の口から
ゆっくりとガムテープを外した。

額から汗が流れた。



「お前、本当に榊原か?」


俺は口を震わせながら例の単語を発した。


「…シベリアン、ハスキー」


ボスは小さく溜息を吐きながら立ち上がった。


「殺せ」


坊主とグラサンは待っていたかのように
同時に銃を構えた。


「最後に言うことは?」


ボスの言葉に、俺はまた天を仰いだ。

「死にたくねぇ!」


パンパンパン!っと
銃の撃つ音が聞こえた。



撃たれた瞬間というのは、
そのままドサっと倒れるとは限らない。

時が止まったような気持ちになる。

ゆっくりと力が抜けていく音がした。

生々しく鉄の匂いが充満するのが分かった。

うぅ…と、苦しむ3人の声が聞こえた。



「扉重そうだったからさ、こっちから来たわ」

天窓から、見慣れた男が2人
縄を伝ってぶら下がっていた。


相変わらず軽快な口調で話すのは塚本だ。

いつも良いタイミングで、
常連の蕎麦屋に入るような口ぶりで
助太刀に来る。

俺は解けないようと力を入れていた手から
縄を解くと、
靴下の裏についてあるGPSチップを
外して踏み潰した。


「殺すのは趣味じゃない」


横山は、メガネをくいと直した。

銃の腕前は誰よりも信頼できた。

俺は2人が降りてくる間に
倉庫の扉を開けようと動いた。


「畜生…!お前一体誰なんだよ」

坊主が苦しそうな声を捻り出してきた。


「鈴木太郎、28歳。
 職名は特に無い。」


俺は、
2人の足音が聞こえると同時に外へ出た。

覚えてろ、と言う
ボスの声が低くこだましたのが聞こえた。



俺が運転席に座る。

続けて2人が助手席と、
後部座席に飛び乗る。

いつもの流れだ。



「良いタイミングだっただろ、
 痺れたか?」

塚本は息を整えながら運転席へ顔を近付けた。

俺は車を走らせながら、
顔に付けていたマスクを剥がすと
タバコを咥えた。


「やっぱりあのコンビニ店長だ」

「言ったのか、あいつら」

横山が顔も合わさず聞いてくる。


「いや、あいつらも榊原の顔は知らなかった。
でも密売に関しては裏が取れた。」


それでどうして…
2人は口を揃えた。


「コンビニ面接で話した情報を、
あの店長何から何まで話しやがった。
特技が早寝だってことまで話したんだぜ?」


倉庫と港は繋がっている。
潮の香りが車の中に強く充満していた。


「でも1つだけ、
あいつが話さなかった情報があった」


俺は運転しながらも、
2人の顔をチラッと見た。


「金が貯まったら、
シベリアンハスキーを飼いたいって言ったんだ」


シベリアンハスキーヲカイタイ。


沈黙が少しあって、それから塚本が
愉快そうに俺の肩をポンと叩いた。


「趣味散歩だもんな、お前」

「俺じゃない、鈴木太郎が、だよ」


俺はマスクを海に投げ捨てた。


「出来ればこのジャージも早く脱ぎたい。
 趣味じゃない」

「今回の報酬はいつ入るんだ」

「榊原が解決してからだろ」


各々が好きな言葉を口走る。


磯の香りはだんだん薄くなっていく。


鈴木太郎は暫く海に流されながら、
気が付くとどこか遠くへ見えなくなっていた。


挿絵提供:みゃーむょん
https://instagram.com/wimwim_1616?igshid=14ablthzdjo3l

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