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ホンジツハ、セイテンナリ!


「ホンジツハ、セイテンナリ!」


全身から流れる汗と共に飛び起きた。


自分の寝言に驚いて起きたことに気が付くと、
「夢か…」と独り言を呟いた。

それくらい現実味を帯びた夢だった。


しかし夢とは不思議なものである。


これだけ心臓を揺らがせておきながら、
歯を磨く頃には内容をすっかり忘れていた。


覚えているのは、
川本大輔という小学校時代の同級生が
突然出てきたことくらいだった。


透自身、川本とは十年以上会っていなかったが、
彼の所在が妙に気になった。


心臓がざわざわした。


これは、虫の知らせというものでは
無いだろうか。


もし今友人を通じて連絡を取れば
彼の命を救うことが
出来るかもしれない。


しかし、何せ夢の話である。


透は微々たる可能性を捨てて、
心残りを片隅に置いた。


洗濯機に汗で濡れたジャージを放り込み、
ラフなTシャツとデニムのパンツを履く。

そのまま財布だけ後ろのポケットに
突っ込んで、近所のコンビニへ向かった。


近所のコンビニは徒歩5分程度である。

その間知り合いに会うことはまずない。

しかし、妙に心がざわついた。


このざわつきに確信が持てないまま、
経路に1つだけある信号を待っていた時だった。


「あれ?武田?」


右の方から、
透の名前を呼ぶ声が聞こえた。


見ると、車の中から少しだけこちらに
身を乗り出した、
見覚えのある男だった。

「駿?」

透も同じく車の方へ近付いた。

青色だった信号が黄色になる。

「お前家この辺だっけ?とりあえず乗れよ」

透は、考える間もなく車に乗った。


「どうしたんだよ、こんなところで」


透は驚きを隠せず、
まだ腰を落ち着かせる前から
言葉を放っていた。


駿は高校時代の部活仲間である。


記憶では電車通勤組で、
同じ高校の中でもかなり遠い場所に
住んでいた気がする。

そんな彼が、
こんなピンポイントで自分の住む街に
来ていることが、
不思議で仕方無かった。


心がざわついた。


「あれ?俺たちって、会うの久々だよな?」


透の呼びかけに、
駿は運転しながら
チラッとこちらを見た。


「高校卒業してから会って無いだろ?」


透は目を泳がせながら考えた。


彼の車に乗った記憶がある。


それもぼんやりとした記憶で、
何故乗ったのかも覚えていない。


今朝の夢だ。


思い出して突然、
鳥肌が立った。


「今からどこに行くつもりだ?」

駿はフォーマルのスーツを着ていた。

「会社の関係で
ちょっとした用事があってさ。
時間があるからふらついてたところだ。
昼飯でも食べに行かね?」


ここで透が頷く。
ファミレスへ行って、
彼はマルゲリータピザを食べる。

それから?


「あれ?もしかして用事あった?」

駿の呼びかけに
いや…とだけ相槌を打った。

2人の乗る車は、
ファミレスへ向かった。



ファミレスで駿は、
マルゲリータピザを頼んだ。

透は自分の食べていたものが
思い出せないまま、
マグロ丼を頼んだ。


駿は懐かしさも相まって
ピザが届くまでの間
呼吸もままならぬ勢いで
話をしていたが、
透は最早上の空であった。


この後何が起こったか、
全く思い出せない。


透がぼんやりと相槌を打っていると
駿のスマホが震えた。


何度も同じ間合いを取って震えるので、
電話だということが分かった。


駿はスマホを持ち上げて
「悪りぃ、この後会う人からだわ」
そう言って席を離れてしまった。


嫌な予感がする。


しかし夢というのは記憶では無い。

どれだけ考えても頭を抱えても、
忘れてしまったことは出てこないのである。


マルゲリータとマグロ丼が
テーブルに届いた。


駿はまだ電話をしているようで、
戻って来ない。


透は、夢の中では
自分がご飯にありつけなかった気がした。

駿が戻ってくる前に、
マグロ丼を掻き込んだ。

しっかり鼻にくるワサビの風味に、
今は現実であることを再認識した。

駿が小走りで戻ってきた時、
マグロ丼は残り3分の1程になっていた。


「大丈夫そうだったか?」

透は社交辞令で電話の心配をした。


駿はあぁ、と頷いて
それから腕時計と透を交互に見た。


「透、お前さ。

川本大輔って人知ってる?」


思わず箸が止まった。



「その人が、
お前に会いたがってる」

駿はピザを一切れだけ口に詰め込んで、
「行くぞ」と言った。


なんとなく不味い展開で
あることだけは分かった。

何しろあんなに汗だくで飛び起きた夢と
同じ道を歩んでいるのだ。

しかし、どんなに頭を抱えたところで
透の感じる『虫の知らせ』は
曖昧に脳内を駆けずり回るだけだった。


「お前スーツ持ってる?」

車の中で、駿が問う。

透は首を横に振った。

「持ってるだろう、普通。
社会人だろ?」


駿は溜息を吐いて、小さく
『これで行くしか無いか?』
と独り言を呟いていた。

「いや、俺まだ学生なんだ」


車が一瞬空気ごと静まり返った。

「え、そうなの?」

「大学院行ってるから」


じゃ、いいか。

駿は開き直ったように
車を猛スピードで走らせた。

透は何故川本を知っているのか問い詰めたが、
駿はこれから会うこと以外
何も教えてはくれなかった。

「実際俺も初めて会うんだ。
たまたま電話口の近くにいて、
お前の名前が聞こえたらしい」


到着した場所は、
確かに透の家から近い街だった。


家の近くで遭遇したのも合点がいった。

そこは、
この辺で1番大きなイベントホールだった。

スーツの大人がウヨウヨとしている。


Tシャツにジーパンが
どれだけ場違いであることか、
周りの視線だけでも充分に理解できた。


「悪いけど、ちょっと時間ギリギリだわ」

駿は車の鍵をロックすると、
既に大股で会場の方向へ向かっていた。


入った扉は、幸いにも裏口だった。


どうやら駿は、関係者側のようだ。


こちら側はラフな格好をしている人もいて
幾らか安心する。

駿は目的の人と出会ったようで、
握手を交わしていた。

それから透のいる方向を手で示し、
何かを相談しているようだった。

握手を交わした男は小走りでどこかへ去り、
暫くしてまた駿の元へ戻って来た。

駿はこちらを振り向くと、
手招きしながら自身も少しだけ寄ってきた。

「大丈夫そうだ。
川本さんに会いに行こう」

先程の呼び捨てから、
呼び方が変わっていた。

仕事のスイッチが入ったのだ。


表舞台では、
聞いたことのない音楽が鳴り響いていた。

何かしらのイベントが始まる合図である。

川本大輔は、舞台袖の椅子に座っていた。

「武田!」

透の存在に気が付くと、
自ら寄ってきて握手を交わした。

「ずっとお前に会いたかったんだよ。
お礼を言いたくて。
あの時お前が助けてくれなかったら俺は…」

司会者らしき男の声が
舞台裏まで響き、会話を遮った。

『それでは本日の主役!
川本大輔氏の登場です!』

川本が何かを呟いたが、
大きな拍手の音に掻き消されて
耳には入って来なかった。


しかし透は、
この拍手に聞き覚えがあった。

聞こえなかった筈の言葉は
『よろしくな』だ。

それから川本は一礼をして、
挨拶文と共に述べる。


「僕が今日、
こうして受賞することが出来たのは、
小学生の頃、僕を事故から救ってくれた
同級生のお陰です。

あの頃の僕は好奇心が強い余り
身の危険を試みず、
様々な実験をして遊んでいました。

今考えれば絶対に死んでいただろう僕を
救ってくれた同級生に、
今日たまたま再会することが出来ました」


透は、既に冷や汗が
止めどなく流れていた。

駿が横から、
肩をポンと叩く。

口元は見えないが
『頑張れよ』と言っているのが分かった。


透は無理だ、と確かに言った。


しかしその言葉が、
登壇している川本に届く筈がなかった。

ここは夢では無いからだ。


「今日、その同級生が来てくれてるので
紹介だけしても良いですか?
是非あの時のお礼を言いたい」


聞き覚えのある拍手が響いた。


1番厄介なことに、
透はそのエピソードに全く心当たりが無かった。


足が進まない。


全身から汗が噴き出ていた。


拍手が長く伸びていくに比例し、
スタッフの空気が
重くなっていくのが分かった。


透は、舞台に上がった。


突然、拍手が鳴り止んだ。


それは透の声を聞き入る為ではなく、
想像していたよりもマトモでは無い奴が
出てきたからであることに
間違いなかった。


川本だけがニコニコしながら
マイクを手渡した。


頭は真っ白である。


ただ、これだけは
言わないといけない気がして
意識より先に、言葉が飛び出した。



「アー、アー、

…ホンジツハ、セイテンナリ!」


挿絵提供:みゃーむょん
https://instagram.com/wimwim_1616?igshid=3df1y76fp032

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