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信じられないよね、子どもがおなかの中にいるって。

「大切な日のこと、聞かせてくれませんか?」

そんな突然のお願いにも関わらず、自らの出産の日のことを教えてくれたのは香月さん。2歳になったばかりの蒼依ちゃんのママです。インタビューのとき、妊娠から出産までを綴ったノートを見せてくれました。

「蒼依が大人になってこれを読んだときに、クスって笑えるようにね」

今ではすっかり大きくなった娘の顔を、初めて見たときのこと。本当はノートを見返す必要もないくらい鮮明な記憶。かけがえのない経験をした、2018年5月29日の話です。

(聞き手・執筆/ウィルソン麻菜 編集/染谷楓

まだまだ始まりの、家族の記憶

予定日を過ぎても、蒼依はなかなか出てこなくてね。

6日経っても出てこないから、入院することが決まって「明日から入院だから」ってパパがケーキを買ってきてくれたの。そのケーキを食べてるときだよ。「あれ、これ陣痛だわ」って。

夜中の2時半くらいに病院に着いてからも、すぐに出産って言うわけじゃなくて。助産師さんにも「眠れるときに寝てくださいね」って言われたし、陣痛の合間にちょっとウトウトしたり。朝、シャワーに入らせてもらったり。長丁場だよね。そのときは、まだそこまで痛くはなかったよ。いや、私的には痛かったんだけど、今振り返るとまだ序の口だったなあ。

子宮口が開くのがとにかく遅くて、陣痛が来てから一晩明けて朝7時になってもまだ0.5ミリしか開いてなかったの。スロースタートでしょ。パパは朝まで付き添ってくれてたんだけど、生まれるまでまだ時間がかかりそうだから一旦帰っていいよって言ったの。

その代わりにお母さんに来てもらったら、すごい話しかけてくるの。たぶん私の気をそらしたり励ますために一生懸命だったんだろうね。

陣痛の痛みがメーターで出るの見ながら「おー、きたきたきた」とか「今のすごい数値高かったよ」って教えてくれるんだけど、私は実際の痛みで知ってるから(笑)ってちょっと笑っちゃった。お母さんがその場にいてくれたのは、もちろん心強かったけどね。

先が見えない不安を抱えて

パパが戻ってきたお昼頃には、もう話もできないぐらい辛くなってたな。

このおしりのちょっと上のところを、パパがずっとマッサージしてくれてて。痛みが和らぐんだよね。むしろ、それがないと痛みでのたうち回るくらい。ずっと、さすってくれて助かったな、夕方まで何時間も。産後に見たら、この部分が擦れて真っ赤になっちゃってたんだよ。

出産は「鼻からスイカを出す」って言うけど、それよりも「バットでお尻にフルスイング」っていう表現が合ってる気がする(笑)痛さが増していくたび、どんどん怖くなった。

一番辛かったのは、先が見えなかったこと。

ときどき先生がやってきて、子宮口を指でグリグリして「何センチ開いてるね」とか言うんだけど、本当にちょっとしか開いてないんだよ。こんだけ痛いのに、まだ4センチ、まだ5センチ。出産には10センチ必要だから、あと倍くらいあるじゃんって。どれだけ続くのか、そんなに時間かかって蒼依は大丈夫なのかって、こわかった。

そうしたら途中で、蒼依の心拍が低くなっちゃって。モニターにエラーが出て、先生たちがぞろぞろ5、6人出てきた。

私、漫画のコウノトリを読んでたから「緊急帝王切開かな」って思ったんだけど、結局よつん這いになって、蒼依を少し落ち着かせることになったんだよね。産道から少し中に戻す、みたいな感じだったのかなと思う。

お守りになったのは「名前」だった

なんとか落ち着いてくれて、仕切り直し。でも今度は私のほうが怖くなっちゃった。張り詰めていた気力がポキンと折れて、冷静さを失っていくっていうかな。蒼依の心拍が低くなったのを見て、こわいって気持ちが強くなっちゃったんだと思う。痛くて、せっかく出てきてた蒼依は戻っちゃって、心拍も低くなって。私自身が上手く呼吸ができなくなって、ウーって唸っちゃった。

そのとき助産師さんがね、「赤ちゃんの名前は」って。「赤ちゃんの名前、もう決まってるんですか」って聞いてくれたから、なんとか「蒼依っていうんです」って伝えたんだ。

そしたら助産師さんがこう言ったの。

「がんばって。深呼吸して。蒼ちゃんに酸素を届けるんだよ」って。

蒼依の「蒼」は植物が生い茂る様から「どんどん伸びやかに成長する」ように。「依」は人に寄り添う優しい子になるように。

女の子ってわかったときから決めてた名前。少し強い感じの私の名前とは対照的な、やわらかい響きの愛おしい名前。5月うまれの爽やかな感じがするかな、母音だけなら海外でもいろんな人に呼んでもらえるかな、って夫婦で考えた名前だった。

忘れられない初めての顔、腕に抱いた気持ち

なんかさ、信じられないよね、子どもがおなかの中にいるって。

出てくるまでは、ちゃんとこの子に会えるのかって不安で、信じられなくて。でも最後にいきむ段階になったとき、ここでがんばれば、本当に蒼依に会えるんだって嬉しくなって気合が入ったよ。いきみ始めてから生まれるまでも1時間あったけど、私のなかではもうクライマックス。

3485グラム、大きいよね。頭が出てからも踏ん張らないと出てこなかったもん。生まれてすぐに母乳を吸ってくれて。生まれたばっかりなのに、ちゃんと吸えたんだよ、すごいよね。フゴフゴ言いながら飲んでるのがかわいくて、それから少しのあいだ、家族で「フゴフゴさん」って呼んでたな。

顔を見て、腕に抱いたとき。やっと会えたっていう気持ちが、やっぱり大きかった。最初に出たのは「ようこそ」っていう言葉だったかな。

——「蒼依、この世界にようこそ」って。

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