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28 結婚したい女たち 裏切り

 一方、香に絶交宣言をされて一方的に電話を切られた一花は、

(実紀さんからの情報を香に言っちゃうなんて・・。)

と、馬鹿なことをしてしまったと後悔で顔を歪めた。


 お琴に訊けばよかったかと考えても、それもしない方がよかったと思える。畑に来ないお琴もきっと実紀さんのことは好きじゃないはず。誰にも言わず一人で抱えていればよかった。


「お琴、一花には言ったの?」

 あの香の言葉は牙となり、一花の耳に噛みついたままだ。痛くてしょうがない。

 香と同じ、一花も最近さっぱり畑に来ない二人を疑ってしまったのだ。お琴の一大事「結婚」に、自分だけ蚊帳の外にされているんじゃないかと。

 もちろん、お琴がそんなことをするわけもなく。でも、それよりもっと最悪、お琴は一花にも香にも言わずに結婚するのだ。三人で婚活を頑張ろうと誓ったのに、そんなことをするなんて。一花はこう思わずにはいられなかった。

(お琴に捨てられた。)

 それと同時に、香も失った。一花は体の芯が凍り付いたような寒さを感じた。

 せっかく手に入れた家族同然の二人は、泡のごとく消えたのだ。失う時は一瞬。まるで突然出て行った夫と息子のようじゃないか。離婚した時のような、どす黒い孤独を感じた。それにとどまらず、突然死んだママのことも思い出した。

 あれは、大学四年生の時。もうすぐ入社という時だった。これで、ママを楽にしてあげられる。これからはママのために私が働くのだと、一花は張り切っていた。そんな矢先に、突然ママは死んでしまった。事故だった。

 後ろから追突されて、五台の車が玉突きになる大きな事故だった。それに巻き込まれたママは即死した。遺体はぐちゃぐちゃで、ママだなんて思えなかった。だから一花はその現実についていけなかった。帰ってくるんじゃないかと、毎晩寝ないでママを待った。

 すぐに入社の日が来た。ママのために働くのに、そのママがいないなんて。死んだことは半信半疑のまま、入社式へ行った。そして働き始めたのだけど、働けば働くほど現実を受け入れるしかなくて、虚しさと寂しさに襲われた。

 しかし、会社では美人の新入社員がいるという噂が、瞬く間に広がった。少女のような可愛さの香は女性たちから嫉妬されて嫌われる傾向にある。しかし、一花のキリリとした美しさは宝塚のトップスターのようでもあり、女性たちからは憧れられる。

 男女を問わず好かれる一花は、上司だけでなく先輩たちからも可愛がられた。男性と同格の総合職の一花は、残業も休日出勤も喜んで引き受けて働いた。ママのいない家になんていたくなかったから。次第に、会社を家族のように思うようになった。

 そして夫という本当の家族を手に入れた。夫の希望でもあり、一花自身も子育てに集中したくて、妊娠と同時に会社を辞めた。「家庭」という、ママを失った一花にはかけがえのない幸せも手に入れた。なのに、その幸せも手で救った水のように少しずつ、でも着実に消えてしまった。


 ところが、今度はヨガスタジオという居場所が見つかった。入り浸るうちに、婚活でお琴と香という家族同然の親友もできた。なのに、内緒でプライベートレッスンを始めてしまっているし、香からは絶交されるわ、お琴は連絡もせずに結婚するわ。またもや大切なものが手からすり抜けて消えていく。

 そして新しく用意されたかのように畑があるのだ。畑と言うか、実紀。

 不愛想で香に意地汚い実紀。どう考えても好きになる理由なんてどこにもない。お琴のように、香にひどい態度を赤裸々にとる実紀の所へなど通わない方がいい。頭ではそう思っても、不思議なほどに実紀とは気が合うし、心が安らいでしまう。

(私の手じゃ幸せをキープできない。私の手は汚れてるのよ。)

 そう思ってしまう一花はその夜、いつもの瞑想もせずに、ソファに突っ伏して泣きながら朝まで過ごしたのだった。


つづく

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