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11 結婚したい女たち 不都合な現実

(ヨガウェアを買わなきゃ!)
お琴は最後のパンを口へ放り込んだ。口をモグモグさせながら検索すると出るわ出るわ、お高いウェアがずらりと並んだ。どれもスレンダーで長い脚の人用に見える。一花ならどれを着ても似合うのだろう。今日の山登りもそうだった。一花はピタッとしたレギンスにキャミソールと透け素材の長袖のチュニックを着ていた。山登りのスタイルではなかったけど違和感はなくてその格好で街を歩くように颯爽と山を登る姿はかっこよかった。香は富士山に登った時に揃えた登山用のウエアに靴、サンバイザー、リュック一式を身にまとっていた。ウエアとサンバイザーは鮮やかな水色で白のラインが入っていた。シューズとリュックはピンク色。香らしい華やかな出で立ちだった。一方お琴と言えば学校の体育の授業で着るジャージ。紺色で地味と言えばまだよくてダサいと言ってしまえば悲しくなる。(せっかくパーソナルカラー診断をしてもらったのに。ジャージもイエベ春カラーにしなきゃ。て言うか山登り用のかわいいウエアを用意しなきゃ)と山を登りながら反省していた。なのに今はヨガウェアを買おうとしている。と言うのも一花のヨガレッスンを受けることになったからだ。

「ねえ、ヨガをね、教えさせてくれないかな」

と帰りの車の中で一花が言った。お琴と香は「どういうこと?」とスタジオで教えている一花がなぜ教えさせてくれと言って来るのか意味が分からなかった。

「新しいポーズを作りたくて。そのお試しの生徒になってほしいんだ。リモートでいいからさ」

「やるやる。今ずっと家にいて運動不足なの。散歩は始めたんだけどヨガもまたしたいなって思ってたとこ」

と東京にいた頃は週一でヨガに通っていた香が嬉しそうに叫んだ。しかしお琴は言葉に詰まった。ダイエットのためにも運動した方がいいとは思うけどヨガなんて不安しかない。

「わたし体硬くてやばいよ」

「体は硬くてもいいんだよ。やってると柔らかくなってくの。ね、そうだよね」

香はすっかり乗り気になっている。

「みんな体は違うからポーズもみんな違うの。自分のポーズをとればよくて。体の硬い人の方がポーズがどんどん変わっていくから面白いと思うけど」

嫌ならいいよと続けて言いそうな一花にお琴は「やってみる」と言ってしまった。なぜならここでヨガを断ったら二人に取り残されるような気がしたから。一花と香と一緒につるんでいるだけで自分もかわいくなったような気分になれるし、実際にかわいくなっていると思う。二人のかわいいところを真似して取り入れていけばもっとかわいくなれるのだと自信が出始めていたお琴はこのヨガを断ることなどできなかった。(一花に教えてもらえるなら大丈夫、私でもできる)そう自分に言い聞かせながらお琴はウエアを選んだ。そして勢いでヨガマットもいっしょにポチった。

不思議なもんでウエアとマットを注文したらヨガをしたような気分になった。ひと仕事終ったあとのように気が緩んだら(アクセをくれる香とヨガを教えてくれる一花に私も何かしなきゃ)と焦りにも似た思いが出て来た。しかしできることを考えてみたけど学生時代に作った石鹸くらいしか思い浮かばない。(手作り石鹸なんてあげても迷惑になるだけじゃん。二人ともいい香りのするお洒落なソープを使ってるだろうし)と自分にできるただ一つの手作り石鹸をためらうお琴は二十代をゲーム三昧で過ごしたことを悔やんだのだった。


つづく


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