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26 結婚したい女たち 一花の選択

 瞑想会へ向かう一花は、後ろめたい気持ちをぬぐい切れなかった。

(やっぱLINEしとけばよかったかな。)

 お琴に誘われた農業体験なのに、今では一花が畑のとりこになっている。しかもそこでのコミュニティーに欠かせないメンバーになりつつある。

 畑つながりの瞑想会に参加することはもちろん、瞑想会の前に行うヨガのレッスンも、お琴と香に言わないままと言うのが気になった。 

 二人にしていたヨガレッスンはもうしていない。プライベートレッスンが本格的に指導し始めた時に打ち切った。ヨガに興味を持ってくれていた二人に声をかけるのは当然のことなのに。言えなかった自分は汚い女なのだろうか。

 そんなふうに自分のことを思いながらも、一花は心躍る気分を隠せなかった。畑へと続くこの道を走っていると、自然と顔がほころんでしまうのだ。



 実紀の家に着くと、壮太も怜さんもいた。しかも三波さんまで。まるで家に帰ったかのように安らぐのは、親しい人たちに囲まれているからだろうか。お世話になっているヨガスタジオも気の休まる大切な場所だ。でもスタジオにはない懐かしいような、気持ちが生き返るような気分になるのはなぜだろう。

 壮太が言うように、自然には癒しのパワーがある。市街から離れていて、すぐそばには貴重な樹齢四百年の老樹が生きている。そんなこの古民家がくれる安心感かもしれないと、一花は思った。


 ヨガのレッスンには男女合わせて15人も集まっていた。ヨガには参加せず瞑想会にだけ参加する人たちもいるから、今日の瞑想会は今までにないほどの大人数だ。実紀の喜びようと言ったらなかった。

「たくさん集まったわ。一花ちゃんのおかげよ。」

と、はしゃぐように一花に話しかけて来た。

 そんな実紀は「お琴ちゃん来ないんだ。」と、香のことは忘れてしまったように、お琴のことだけを気にかけた。そして、一花の頭の中が真っ白になってしまうようなことを話したのだ。


 ヨガのレッスンの記憶はない。予定どおりのポーズを淡々とこなしただけだった。そのヨガのあとは、休憩も入れずにそのまま瞑想が始まった。照明を落とした薄暗い中で座る一花は、心を鎮めようと思っても無駄だった。実紀の言った言葉が頭の中だけではない、全身に燃え広がる炎となり、心は燃え尽きた灰のようだった。

「まさか。なんで?そんな・・。」


 一花は瞑想をするとき親指と人差し指の先を合わせて円を作る。でも、うまく指が合わなかった。円を作るのはあきらめて、残り三本の指と揃えてまっすぐに伸ばした。その両手を重ねると、手、腕、肩、のどで大きな円ができた。

 その円を感じながら落ち着こうと思うが、呼吸は荒い。勿論、初めてのレッスンをした高揚もある。楽しみにしていた男性たちへのレッスンでもあったし、瞑想への準備となるようにチャクラを下から上へと開放していくようにポーズを組み合わせた、挑戦的なレッスンでもあった。

 しかし、レッスンの手応えを感じるような余裕はなかった。心が目の前の生徒さんたちではなく、どこか他所よそを向いてしまっていたから。


 そして40分ほど経って呼吸も静まった時、一花は泣いた。


 瞑想で涙が流れるのは久しぶりだった。離婚したあとは毎日号泣しながら瞑想していた。でもここ数年、特にお琴に出会ってからは瞑想ほど心地のいい時間はなかった。温かいお風呂に身を沈めるような気分で座れていたのに。

 チーンと杉野さんの鳴らす鐘で1時間の瞑想は終了した。みんなが「ヨガのあとだと集中できてよかった。」と、一花に笑顔で話しかけて来た。そんなみんなの熱気は、灰と化した一花の上を勢いよく通り過ぎた。つまりは、耳に入ってこなかった。

 ヨガスタジオで働くときのように、顔を笑顔で固めてやり過ごした。


 家に帰ると、一花はスマホを手に取って悩んだ。

(お琴に?ううん、その前に香に。でもなんて言うの?瞑想会のことはどうしよう。)

 そして一花は香に電話した。会わなくなって二か月が経っていた。


つづく

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