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梅すだれ

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恋も仕事も頑張る江戸女子、お千代の物語!ですがサイドストーリーの猿彦や松之助など天草の隠れキリシタンのストーリーから、姉妹の物語(浦賀→雑賀→御船)を展開中。有料連載中です。
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記事一覧

31-5 梅すだれ 御船/木花薫

それから一月が経った頃、飯屋へ一人の男が食べに来た。

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31-4 梅すだれ 御船/木花薫

それからというもの、コウゾは三日に一度来るようになった。コウゾに会う頻度も出会った頃のマサと同じ。もやもやした気分のお滝であったが、お桐は豆腐の修行をするかのようにコウゾから作り方を教わっている。そんなに豆腐にこだわらなくてもと思うお滝であったが、 「豆腐は元々琉球の食べ物と」 とコウゾが言った時、考えが変わった。

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長編時代小説「梅すだれ」de 創作大賞2024 其ノ壱

徳川三代将軍家光公御時のこと。 甲斐の国の山間にある小さな村にお千代は生まれた。 お千代の両親、紗代と幹助は幼馴染で、紗代が千代を妊娠したことを機に男手のない紗代の家に幹助が住むようになった。 紗代の母である喜代は、これまた幼馴染の豊吉と結婚し、五人の子を産んだがどれも娘で二人は幼くして死に、残った三人のうち二人は村の男に嫁いだ。残った末娘の紗代と三人、畑を耕しながら細々と生きていたのだけれど、豊吉は二年前に山で怪我をした。そしてそれが元となりあっけなく死んでしまった。突

31-3 梅すだれ 御船/木花薫

矢形川は岸にいた舟で渡った。毎日誰かしらタケの豆腐を買いに来るものだから、そのために舟がいるとも言える。船頭には豆腐を買いに来たことは明らかで、甘木側の岸へ着くと訊かれもしないのに、矢形川から枝分かれした川に沿って八町歩いたところだと教えてもらった。二人は礼を言い船賃を払って降りた。

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31-2 梅すだれ 御船/木花薫

この頃の家に天井はなく家の上部は柱がむき出しで屋根の裏が見えた状態であった。床に垂直に立てられた通し柱の上部を水平につなぐ横木、差鴨居に板を張り床にして寝泊まりや物置に有効活用したものが厨子二階である。低くて狭いが小さな窓を開けることで換気がなされ、寝るのはもちろん座っている分には十分な空間である。

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31 梅すだれ 御船/木花薫

ここ数日は涙も枯れて窓の外を眺めてぼんやり過ごしていたお滝。昼になると腹が減った。お桐が炊かないなら自分が炊くしかない。久しぶりに一階へ下りると鍋に米と水を入れた。

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30-8 梅すだれ 御船/木花薫

マサが死にお滝は三日三晩泣き続けた。二階のマサが寝ていた場所に横になってマサのことを思い出している。

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30-7 梅すだれ 御船/木花薫

マサが旅立ち意気消沈するお滝。追い打ちをかけるように二日後に大嵐が肥後を襲った。強い風がこれでもかと大粒の雨を打ちつけて来る。そのすさまじさは二階が吹き飛ぶのではと思われるほどであった。お滝とお桐は一階の座敷で身を寄せ合い息を潜めて嵐が過ぎ去るのを待った。

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30-6 梅すだれ 御船/木花薫

身振り手振りの会話でどう転んだか、 「金山寺味噌を琉球の王様へも差し上げろ。取り計らってやる」 と丸い目の船乗りたちは言い始めた。酔っぱらいの戯言で実現可能かどうかなんてわからないけれど、大友のお殿様に献上したのだから不可能ではないかもしれない。どうせやるなら手渡したいし、どんな国か見てみたい。マサは琉球へ行くことにした。

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30-5 梅すだれ 御船/木花薫

御船に住み始めて二年が経った。笑うように花が咲き、芽吹いた新緑は茂り出すのを今か今かと待ち構えている夏の初め。長崎へ荷を運びに行ったマサが五日たっても帰ってこない。いつもなら三日で戻って来るのに。何かあったのではと心穏やかではいられないお滝は川へ下りて荷運びの先頭を捜した。マサの乗る船の先頭は見つからないが、ほかの船は停まっている。

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30-4 梅すだれ 御船/木花薫

それ以来小佐井は三月に一度食べに来るようになった。三人前をぺろりと平らげて三倍の値の銭を置いていくよい常連客となっている。

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30-3 梅すだれ 御船/木花薫

六尺はある大きな体と四角い大きな顔。そこに太太と生えた眉には貫禄がある。今までにも侍は食べに来たがこれまでの誰よりも堂々とした立ち姿であった。

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30-2 梅すだれ 御船/木花薫

マサの乗る船は島原や天草、時に長崎まで荷を運ぶが頻度はそれほど多くはなかった。半分は船に乗らない日だったので、そんな日は北東に位置する朝来山へ山菜を採りに行く。それをお桐がお孝の母親の真似をして塩漬けにした。

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30-1 梅すだれ 御船 / 木花薫

厨で一晩を明かしたお滝とお桐は、次の日も朝からご飯を炊いた。昨日に引き続き絶え間なく何度も炊き続け、船乗りたちの食事が終わり自分達も食べ終わったのは真昼を過ぎた頃だった。厨房を片付けるとあとは九州に着くのを待つばかり。

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