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『わけるとつなぐ』に至るまでの企画書6枚

『わけるとつなぐ これ以上シンプルにできない「論理思考」の講義』

という本を作った。

タイトル通りの本であるし、カバーデザインもできる限り削ぎ落としたから、内容について言うことはない。おそらく2時間もあれば読めるし、早い人なら、もっとずっと早く読めると思う。

しかし、この本は、最初に著者に連絡を取ってから本が発売されるまで、3年8か月かかった。なぜそんなに時間がかかったのか、その経緯を自分で忘れるくらいの月日が経っていたので、それを思い出すために書き残す。

企画当初、わたしは、「たとえばなし」の本が作りたいと思っていた。

その時のわたしは、年齢も立場も経験も違う人同士のコミュニケーションに「たとえばなし」が機能していることに興味があって、ただのオヤジギャグでもダジャレでもなく、目の前の相手に即した適切な「たとえばなし」ができる人の思考を可視化したいと、ビジネス書の編集者っぽいことを考えていた。

そこで、著者の深沢真太郎さんにこういうメールを送った。2017年の2月3日だ。著者のHPの問い合わせフォーム宛だったので、まずは目に止めてお返事をいただくことを考え、短めに書いた。自分史上もっとも少ない文字数の依頼文だった。

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【お問い合せ内容】
[書籍企画のご相談です/ダイヤモンド社・今野良介]

深沢様

はじめまして。ダイヤモンド社書籍編集局の今野と申します。
弊社は、深沢さんにすでにたくさんお世話になっておりますが、私からは初めてのご連絡となりますので、こちらからメール致します。

端的に申し上げますと、下記の記事が大変興味深かったので、「ビジネス×たとえ話」をテーマに、再現性と実用性を重視したビジネス書企画の可能性を、深沢さんと探っていけないだろうか、というご依頼です。

http://www.gentosha.jp/articles/-/7106

私は、以前から「たとえ話」の本が作れないかと思っていたのですが、著者となる方やコンセプトを考えあぐねていました。そこで、数学の抽象概念がたとえ話の発想に役立つという切り口はとても面白かったので、深沢さんのビジネス経験を踏まえて、良い着地点が見出せるのではないか、という気がしております。

お忙しい中かと存じますが、もしご興味を持っていただけましたら、一度直接お話させていただきたく、近日中の日程候補をいくつか頂戴できますと幸いです。もちろん、場所や時間は、深沢さんのご都合に沿う形で決められればと存じます。

ご検討のほど、何とぞ、よろしくお願いいたします。


ダイヤモンド社
今野良介

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翌日すぐに、深沢さんから返事が届いた。

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ダイヤモンド社 今野様

お世話になります。
深沢でございます。

ご連絡ありがとうございます。
御社にはこれまで大変お世話になっております。

ご相談いただきありがとうございます。
面白い切り口ですね。興味深く感じています。
せっかくですのでぜひお会いしてお話ができればと思います。

ただし、1つご了解いただきたいのが現状の私の刊行予定です。
2018年秋まではすべて執筆・刊行の予定がギッシリでして、
もしお話が進むとするならばそれ以降になるかと思います。

もし今野様の企画が「いま」という時期的要素の強いものだと、
そもそも難しい可能性もございます。
少し長期的にじっくり練り上げて行くようなスタンスでご一緒できれば嬉しく思います。

以上を前提にご面談いただくことは可能でしょうか。
OKであれば御社にうかがいます。
(基本的に商談や取材は出向くことにしているので気にしないでください)

2月であれば13(月)、14(火)ならば時間をご都合にあわせられます。

以上、ご検討のほど宜しくお願い申し上げます。

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書籍企画の成立過程は、ほんとうにケースバイケースだ。

①自分に腹案があってそれを実現できそうな著者を探すケース
②著者に惚れて、その著者と何ができるかを考えるケース
③誰か信頼できる人物から紹介を受けるケース
④著者自身が企画を持ち込んでくるケース

そのほかにもあるが、この時は①だった。つまり、「深沢さんでなければならない企画」ではなく、「たとえばなしの企画を書いてくれそうな人として深沢真太郎を見つけた」という状態でスタートした。

そして、この時点で、深沢さんは「2018年秋まではすべて執筆・刊行の予定がギッシリでして、もしお話が進むとするならばそれ以降になるかと思います。」と書いている。

「もし企画が成立して書くことになっても、書き始めるのは1年半以上先になるがそれでもいいか?」というお返事である。

もし、わたしが、「いますぐ出さなければいけない」と思っていたら、この時点で別の方へ依頼したと思う。実際、そういうケースもある。しかし、「たとえばなし」は普遍的なテーマだと思っていたので、全然問題はなかった。

深沢さんはあらゆる面でちょっと驚くレベルで有言実行する人で、できることはできると言うし、できないことはできないと言う人だった。実際に書き始めたのは、この最初の宣言通りに2018年秋からだった。

そして、実際にお会いして話をして、最初にわたしが作った企画書の1枚目はこうなった。2017年3月7日。

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稚拙だ。

企画書というのは、大抵、著者と打ち合わせした後に作る。つまり、著者と会った後、編集者が何もしなければ企画はたち消える。実際、そういうケースもある。打ち合わせという時間を編集者が企画書というハリボテに仕立てなければ、企画は始まらないのだ。企画書を書くときはいつも緊張する。

この最初の企画書は、自分で「弱いな」と思った。これでは、わたしが考えている「たとえばなし」の効果や魅力に届いていないと思った。

そこで、もう少し踏み込んだ企画書を書いた。2つ目の企画書の1枚目はこうなった。2017年4月25日。

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「方程式」とは大きくでやがったな。

すべての企画書はフィクションである。まだ何も起きてないことをさも実現したかのように描き、仮説を立て、妄想し、装飾し、でっち上げまくった挙句に名前をつける。完全な嘘が、自分の中でだけ現実になっていく。誰も覆せなくなった壮大な虚構としての企画書が、現実を塗り替える権利を獲得する。作成者すら自信を持てない企画に、200万も300万もかけて本にする資格はない。そう思っている。

価格を1300円から1400円に上げて、逆にページ数を256ページから224ページに落としている。これは、今までにない「たとえばなし」の本として、過不足のない、かつ格式の高い方向に持って行こうとした意識の現れである。編集者は、そういう妄想を何度も繰り返しながら企画を立てる。

しかし、この企画書を書いて上司や著者と会話を交わす中で、徐々に、「たとえばなし」と「深沢真太郎」という組合せに違和感を覚えるようになる。

深沢さんは「ビジネス数学」という概念や考え方をアスリートや仕事をする社会人や学生に教えている教育者であり、少なくとも「たとえばなしの専門家」ではないということに今さら気づき始める。

こういう本を書いてきた人なのだ。



ここに大きな分岐点がある。

おそらく、『たとえばなしの方程式』という本を作ることはできたと思う。しかし、「このテーマはこの人にこそ書いてほしい」と確信を持てないまま本にしたくはないと思った。できた本を、自信を持って「読んでほしい」と言えなくなるからだ。著者のキャリアに、余計なコンテンツと余計な文脈を背負わせることになりかねないからだ。

そして、この時点で企画を中断することもできた。せっかくここまで話を詰めてきたのだからと、サンクコストや義務感から本を作るのは、誰にとってもいいことがない。潔く「今回はやめましょう」という勇気が、誰からも愛されない本をこの世から消すことにつながる。

しかし、わたしはそうは思わなかった。「俺はまだ深沢真太郎の核に触れていない」という直感があった。

そこで、趣旨をスライドして作った3つ目の企画書の1枚目がこれだ。

2017年8月30日。もう、最初に連絡をとってから半年以上が経っている。

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胡散臭い。「絶対」とか言うんじゃねえよ。この世に絶対だけは絶対ないんだよ。「最高」とか「究極」とか何基準だよ。ひっぱたくぞ。

そういうわたしの稚拙さは置いて、大きな方向転換として、趣旨を「伝え方」に変更し、「たとえばなし」を主従関係の「従」に落とした。

深沢さんは「ビジネス数学」を教える中で、たしかに上手なたとえばなしを用いる人だったが、「たとえばなし」はあくまで「ビジネス数学」を伝えるための手段にすぎなかったからだ。この頃、深沢さんの講義やセミナーに参加し、それを実感した。だから趣旨を「納得してもらうための伝え方」に変更した。

しかし、まだ納得できない。何よりタイトルに既視感がありすぎる。全然こんな本出したくないと思った。

なので、これを著者に送ることすらしないで、次の企画書を書いた。

4つめ。2017年11月20日。最初に連絡をとった2月から、鼻先をくすぐる春を過ぎ、リンと立つ空の青い夏が終わり、袖を風が過ぎる秋中に入っていた。

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ここで、深沢さんが命をかけて取り組んできた「数学的思考≒論理的思考」に軸を移し、そしてはじめて「わけるとつなぐ」というコンセプトが出てくる。深沢さんの「ビジネス数学」の教え方は、すべてこの2つで説明できると気づいたからだ。

実は、わたしがこのコンセプトに出会ったのは、これが初めてではなかった。

代々木ゼミナールという予備校に通っていた頃、現代文に酒井敏行という先生がいた。

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髪型が特徴的すぎることに加え、彼は、こちらを向いたまま後ろ手で板書する特技の持ち主で、一度講義を受けたら忘れないキャッチーさのある先生だった。

彼が、受験現代文の出題は感性で解くものではない。必ず正解がある。正解がある限り、問われている要素を分けることと、要素同士をつなぐことで解を導き出せる、という趣旨の教え方をしていたのだ。

この先生は現代文の先生だ。つまり、国語を教える人と、数学を教える人が同じことを言っている。これは、おもしろいと思った。もしかして、「論理思考」という同じ枠の中に、国語と算数、現代文と数学、文系と理系を取り込めるかもしれないと思った。

しかし、この時にはまだ「たった2つの」などと自信がなさげなワードを使っている。自信がないことは、誰よりも自分がよく知っている。自信がないということは、自分を信じていないということだ。そんな本出せるわけがない。まだだ。次行ってみよう。

2017年12月4日。気が付けば真横を冬が通る季節になっていた。

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ここで、深沢さんがこれまでの著作で実践されていた「ストーリー形式」というパッケージにたどり着く。

わたしは学生時代に文学部の文藝専修という奇妙なところにいて、何本か小説を書いていた。物語を書く人の気持ちが、少しだけわかる。そして編集者になってからも、ストーリー形式の入門書は、わたし自身何冊も作ってきた。

ストーリー形式の実務書の大きな利点の1つは、「問題が起きてそれを解決する場面の前後関係=文脈を提示しやすいから」だ。ビジネスの課題は紙の上ではなく常に人と人との間で起きるから、ストーリーという虚構に乗せた方が現実に近づける、という逆説がある。

論理思考という無機質で人間味が薄いと思われがちなテーマの入門書として、ストーリーは有効に機能すると思った。思考法をスキルとして提示するよりも、人の心の動きの中で実践する行為として伝えたいと思った。

ここでもまだ、『「考える力」の授業』などと、こすられまくったワードを使っている。しかし、とりあえず書き出して印刷して自分から距離を置いてみる。そうすれば、「これがいい」にはたどり着けなくても、「これではない」という確信がもてるから、次に進める。

そして6つめ。2018年2月2日。依頼した日からちょうど1年後、この形にたどり着いた。これが、企画を通した時の企画書。

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これなら、これならば、深沢さんが書くべき本だと思えた。「たとえばなし」から紆余曲折を経まくって1年も経ったが、ようやく納得できる形が見えた。タイトルも、これ以外にないと思った。

ちなみに、これは社内向けの企画書だ。商品として出す企画を、それを売る立場の営業や会社を回す経営陣に向けて出すのだから、どんな本なのか、売れる可能性があるのかを説明する必要がある。だから文字や情報を詰め込む。

しかし、完成形は別物だ。商品として販売の現場に並ぶ状態としてベストな表情を考える。今回は、要素を極限まで削ぎ落とした。タイトル、サブタイトル、著者名という不可欠な要素を除き、コピーを1つしか置かなかった。

「これ以上シンプルにできない「論理思考」の講義」と謳っているのだから、余計なことは言わない。これ以上シンプルにできないカバーにできる限り近づけたいと思った。ストーリー形式であることすら書かなかった。

カバーデザイナーの杉山健太郎さんに依頼した時には、これを送った。

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ここに行き着くまでにどんなやりとりがあったか、どんな本なのか、ここまでに削ぎ落としてきたことを、デザイナーとは全て共有した。

そういう一方的なわたしの暑苦しい話を、杉山さんは「ふんふん」「ほうほう」「なるほど」と聴いていた。徹底的に聴く。あとはプロダクトで示す。そういう人なのだ。

そして、複数あった案から、この案に決めた。完成形。

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企画が成立してから、原稿を書き上げていただき、本にするまでにも色々なやりとりがあったのだが、それはまた別の話だ。

1冊の本ができるまでには、本当に色々なことがある。色々な迷いや決断があり、やりとりがあり、取捨選択がある。そんなこと、読者は知らなくていい。どんなやりとりがあったって、いい本だと思われなければ読まれない。それでいい。そういう世界だ。

でも、わたしにとっては、どうでもいいことではないのだ。本が完成して、それをコーヒーカップやらカクテルグラスを横に置いて眺める時、いろいろな出来事が走馬灯のように去来する。たくさんの時間を費やし文字を交わした日々がこの1冊に結実したのだなと感慨に浸りながら、「いい本になったな」「著者と出会えてよかったな」「自分が読みたい本になったな」と素直に思えた時、始まった瞬間から今までの出来事を思い出しながら、「よかった」とひとり呟くのだ。

そして、そういう思いで出した本に、思いがけず読者からのうれしい感想が届いたとき、この仕事をやっていてよかったな、と思うのだ。

(以下、2020/10/27追記)

じゃあ実際にどんな感想が届いたんだよ、という話をちょっと続けて、『わけるとつなぐ』に集まった感想からとくに印象的だったものを勝手に紹介します。

わたしから紹介させていただいた皆様への気持ちばかりの目録2兆円の発送は発表を持ってかえさせていただきます。







生涯忘れることはないでしょう。

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編集者。aiko。早大文卒。2女の父。100m10"9。山。ウィスキー。aiko。『読みたいことを、書けばいい。』『最新医学で一番正しいアトピーの治し方』 『1秒でつかむ』『子どもが幸せになることば』『落とされない小論文』等担当。原書10作連続重版中。『雨は五分後にやんで』に寄稿

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