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短編映画シナリオ『幻滅電車』

◯内田の住むマンション・外観(夜)
大降りの雨。傘をさした宮間大樹(21)がマンションに入る。

◯同・2階の廊下(夜)
宮間がつきあたりの部屋の前に傘を置くと、カギが開く音に続きドアが高速で開く。ドア向こうから伸びた手によって、宮間は中に引き入れられる。

◯内田の家・玄関〜リビング(夜)
宮間「いてーよ」
内田薫(21)はドアの鍵とチェーンをかけ、ドアスコープを覗いている。
宮間「何なの」
内田「誰か……ついてこなかった」
宮間「いや」      
内田、ドアから離れリビングに向かう。内田の後に続き、宮間がリビングに入る。
間接照明がつく、ほの明るい部屋。
ラグの上に宮間は座る。内田は冷蔵庫からビールを出す。
宮間「何、誰かって」
内田「いないならいい」
宮間「お前、前より気持ち悪くなったな」
×   ×   ×
グラスに缶ビールが注がれる。
宮間「おつまみは?」
内田「ない」
宮間「ピザ食おーよ。前頼んだやつ(スマホを出す)」
内田「雨の日に迷惑だな」
宮間「(スマホの操作しながら)……どれぐらい続いた?」
内田「1年半」
宮間「(スマホの操作しながら)あー、割と続いたな……はじめてだしな」
内田「ああ……」
宮間「(スマホの操作しながら)重いな~」
内田「どうすりゃよかったのか、ずっと考えてて」
宮間「わかるけど大学は来いよ。病みすぎ」
内田「ああ」
宮間「はいオッケー(スマホをしまう)。よし、じゃあ話しちゃおう。何きっかけで別れたの」
内田「楽しんで聞くもんじゃないだろ」
宮間「俺、人の別れ話聞くの好きなんだよ」
内田「悪趣味だよ」
宮間「いいから、なんで別れたの?」
内田「夏休み旅行行ったんだけどそれで」
宮間「どこ行ったの?」
内田「四国」
宮間「渋」
内田「瀬戸内海は、いい美術館が多いんだよ」
宮間「あ、そう」
内田「2日目までは順調で、問題は3日目の電車の中で起きた」
宮間「ふんふん」
内田「その電車、田舎の鈍行だから乗客も少なくて、途中から車両に俺ら以外いなくなったの。でもまだ目的地までは、20駅くらいあって。千里は疲れてたのか、いつのまにか寝てた」
宮間「ひまだな」
内田「で、そのまま、しばらく誰も乗ってこなかったんだけど、ある駅で、1人乗ってきたの。それが……」

◯電車の車内(昼)・内田の回想
横長の座席に内田と池田千里(21)が座っている。千里は端の席で寝て、内田は隣で本を読んでいる。
電車が駅に着く。内田たちが座っている正面のドアから、1人乗ってくる。内田はふと顔を上げ、乗客を見る。乗客は顔を白粉で真っ白に塗り、全身白のウエディングドレスのような格好の巨体の女(花嫁女・年齢不詳)だった。
花嫁女が内田の横に座る。
電車が発車するも内田は身じろぎもできない。内田、隣の席に垂れ下がっていた自分のリュックのベルト部分の上に、花嫁女が座っていることに気づく。
内田は困り果て千里を見るが、千里は寝ている。
花嫁女が内容を聞き取れない音量でぶつぶつ呟いている。内田、千里にわざとらしく話しかける。
内田「(千里に)けっこう遠いねー、ぜんぜん着かない」
千里「……うん」
内田「ねえ、山すごいよ。稜線が、ほら」
千里「……(寝ている)」
内田、「プチッ」「プチッ」という音が耳に入ってくる。
内田は目だけ動かして見ると、花嫁女が自分の髪を引き抜いて食べている。
内田「千里……しりとりしない?」
千里「……ことわる」
内田「いや、しよう。俺からね、りんご」
千里「ご~……」
内田「寝ないで」
千里「やーだよ~……」
内田「りんご、ねえ、りんご、ご、ご」
花嫁女「ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご」
内田、沈黙する。花嫁女は「ご」と言い続けている。やがて、花嫁女は髪の毛を抜くのに戻る。
内田「……あれだ、千里もう次だ」
千里「なに?」
内田「いや、もう次だから」
千里「うそだ~」
内田「ほんと。そろそろ降りる準備しないとだね」
内田、本をリュックにしまいベルトを引っ張る。ベルトは引き抜けるが、花嫁女が内田に顔を向ける。
内田「お腹すいたね」
花嫁女は内田の背後でブツブツ呟いている。
内田「ねえ、昨日は何食べたっけ……いて!」
頭をおさえる内田。内田の声で千里が目覚める。
内田は花嫁女が咀嚼する音と飲み込む音を聞く。
内田、花嫁女が手を伸ばした時に立ち上がる。
千里「え、なに?」
内田、千里を引っ張り隣の車両に向かう。その途中で電車が玉之江駅に着く。千里は振り返り、花嫁女の姿を見る。内田と千里は電車を降りる。

◯駅のホーム(昼)・内田の回想
内田と千里、車両から逃げるように出てくる。
千里「あの人、何」
内田「知らないよ」
千里「ねえ、電車降りちゃうの」
内田「逃げないと」
千里「でも、次来るのいつ?」
内田「あのさ、髪の毛抜かれてるからね」
電車の発車ブザーが鳴り、2人は降りたドアを見ると、花嫁女が降りてくる。
内田「え、え!」
千里は内田がパニックに陥ってるのを見る。内田は千里と改札の外に出ようとするが、千里動かず。
千里「だめだめだめ! 乗って!」
ブザーが鳴り終わった瞬間、千里と内田は電車に飛び乗る。ドアが閉まり発車する。ホームに花嫁女を残し、電車は駅から離れる。
内田(声)「それで、ようやく花嫁女から逃げることができたんだ」

◯内田の家(夜)
宮間「こえーよ!」
内田「うん、ほんと怖かった」
宮間「違う違う、え、今日、別れ話聞きにきたんだよね」
内田「ああ」
宮間「ずっと怖い話なんだけど」
内田「話しはこっからだから」
宮間「俺怖い話嫌いなんだよ。なんか間接照明もそういう空気つくってるし」
内田「ここから、千里との話になるから」
宮間「どうやってよ」
内田、缶ビールを宮間のグラスに注ぐ。

◯電車の車内(昼)・内田の回想
内田と千里、息があがったまま立っている。
内田「あぶなかったー。ついて来たよ」
千里「うん」
内田「びっくりしたよ。一目見て、やばい人だって思って。それが隣座るんだもん、わけわかんないよ」
千里「ちょっと変な人だったよね」
内田「いやいやちょっとじゃない。ずっと髪の毛食べてたし、僕のも食べてくるんだよ(千里が反応ないのを見て)え?」
千里「さっきさ、改札出ちゃいけなかったよね」
内田「え?」
千里「外出ても、追ってくるかもしれないし。電車もこれしかないから、外から戻ったら、まだいるかもしれない」
内田「ああ……焦って」
千里「うん。でも逃げるなら、絶対追いつかれないようにしないと」
内田「うん」
千里「それがね、引っかかってる」
内田「……」
千里「さっきね……薫についていくのが怖くなったの」

〇内田の家(夜)現在
宮間「え、どういうこと?」
内田「要はとっさの判断を間違ったのが引っかかる。だからこれからも自分とつきあっていくのが……」
宮間「あ~、ついていくって、この先の人生的な?」
内田「まあ、そう」
宮間「女こえー! そんなこと、そこで言うか」
内田「びっくりしたよ」
宮間「これなんだよな、女の怖さって。一瞬の決断でパッと覚めるというか悟るっていうね」
内田「別に、女性がみんな、そうするわけじゃないだろ」
宮間「はいはい、リベラルリベラル」
宮間、缶ビールを内田と自分のグラスに注ぐが、途中でなくなる。
宮間「まだある?」
内田「あるけど」
宮間、冷蔵庫に向かい、ビールを取り出す。
宮間「あのさあ」
内田「なに?」
宮間「結局怖い話じゃない?」
内田「どういうこと?」
宮間、戻ってきながら
宮間「いや、最初怖い話して、次に女が怖いって話して」
内田「そんなつもりないけど」
宮間「別れ話いつするんだよ」
内田「こっからだから」
内田、ビールをあおる。

〇電車の車内(昼)・内田の回想
内田「ついていくの、怖いっていうけど」
千里「うん」
内田「何でも2人で決めていけばよくない? この旅行だってそうしてるでしょ」
千里「急な判断迫られるときってあるでしょ」
内田「それならそれで、間違ったと思ったら、さっきみたいに言えばいいんじゃないの」
千里「安心したいの。そういうとき、任せたいの」
内田「それ、なんか古臭くない? 男らしく引っ張ってもらいたいってことでしょ」
千里「でも、わたしはそうなの」
内田「そう。自分は千里に女らしさみたいの求めてないけど」
千里「なんで、求めてるでしょ」
内田「え、うそ、いつ求めた?」
千里「態度で」
内田「態度って、いや、具体的にいって」
千里「だから、いつも機嫌いいわたしばっか求めてるでしょ、かわいいって思えるわたしとしかしゃべらないでしょ」
内田「そんなことないよ」
千里「自分がフェアだと思ってるんだろうけど、都合よくない?」
内田「……」

〇内田の家(夜)現在
宮間「(顔赤い)いいね、ようやくケンカっぽくなってきた」
内田「何がいいんだよ」
宮間「ずっと怖い話だったからだよ!」
内田「吠えるなよ」
宮間「そのあと謝ったか? とりあえず謝っとけばいいんだから、女は」
内田「お前こそ古臭いな」
宮間「え? それでもう終わり? そこでふられたの?」
内田「ふったのは、俺かも」
宮間「は?」

〇電車の車内(昼)・内田の回想
2人は通路を挟み向かい合って席に座る。長い沈黙。内田は意を決したように千里の正面に立つ。
内田「引き返して、あの人に会ってくる」
千里「え?」
内田「あの人に、もう1回会ってくる」
千里「なんで?」
内田「さっき逃げ方問題にしてたけど、そもそも逃げるのって正しいかな」
千里「どういうこと」
内田「どう見ても病気でしょあの人。病院に連れて行かないと」
千里「なんで」
内田「その……倫理的に」
千里「……それ、わたしも行くの?」
内田「いや、自分1人でいい」
千里「じゃあ、わたし置いていくってこと?」
内田「先行っててよ」
電車、石鎚山駅に着きドアが開く。
千里 「もう、やっぱしついていけない」

〇内田の家(夜)現在
宮間がグラスをテーブルに叩きつけるように置く。
宮間「ついていけねーわ! お前なんかに」
内田「お前もいうなよ」
宮間「それでまさか彼女置いていったの?」
内田「置いていったというか、まあそこで……別れた」
宮間「怖! 恐ろしいなお前。そんなに女に助けられたのが嫌だったの?」
内田「そうじゃない。反省して、正しいと思ったことをしたんだよ」
宮間「違うね。正しそうなことに逃げたんだよ」
内田、宮間にビンタする。
宮間「痛っ、何急に」
内田「逃げてない! 向き合ったんだよ!」
2人、つかみ合いになる。
宮間「面倒くせーなお前は!」
内田「じゃあどうすりゃよかったんだよ! なあ!」
宮間「千里に謝れよ」
内田「なにを」
宮間「サイコパスかよ! 彼女より花嫁女とったんだぞ」
内田「(膠着状態を脱し)そうじゃない、ただ戻ろうとしたんだ。花嫁女の駅まで」
宮間「え、あ、続き?」
内田「そしたら、向こうから来た」
宮間「え」

〇駅のホーム(昼)内田の回想
ホームに立ち電車を待つ内田。スマホに千里からのメッセージが届く。「結局自分が好きなんだね」「あの人だって、別に助け望んでないんじゃないかな」。
電車が来て、内田は乗車する。

〇電車の車内(昼)内田の回想
内田が乗車すると、車内には誰もいない。内田は花嫁女が下りた玉之江駅まで3駅あると路線図で確認する。座った際、隣に垂れ下がったリュックのベルトをたくし込む。
×   ×   ×
電車が次の伊予氷見駅に着くと、花嫁女が乗ってきて、内田は驚く。花嫁女は内田の隣に座り、ブツブツ呟いている。内田、思い切って花嫁女と向き合う。
内田「あの、何でしょう」
花嫁女がブツブツ言っている。
内田「え、何ですか?(耳を少し寄せる)」
花嫁女「一生、ついていく……」

〇内田の家(夜)現在
宮間の手がグラスを倒してしまう。テーブルに広がるビール。
宮間「うわやっちゃった(ティッシュを出す)」
内田「……慌てて隣の車両に逃げたけど、また追ってきた」
宮間「まだ続くのかよ(ティッシュでビールふきとる)」
内田「逃げながら警察に電話した。でも、次の駅に着き、駅員のとこ駆け込んで、色々説明してる間……いつの間にか女は消えていたんだ……」
宮間「終わり?」
内田「終わらないんだよ。東京戻っても、ついてくる気がして。なんか障害がある人かなと思ってたけど、2回目変なところから電車乗ってきただろ。だから人間じゃない、何らかの霊なんじゃないかと……」
宮間「もう怖い話やめろ!」
内田「え?」
宮間「振り返ると、別れ話2割怖い話8割だったよ」
内田「そんなこと」
チャイムが鳴る。
宮間「ピザじゃね?」
内田「(立ち上がってドアに向かう)ああ、しゃべったら腹減った」
宮間「うん、もう気分変えよ(冷蔵庫に向かう)」
冷蔵庫からビールを出す宮間。プルを開け、一口飲む。
大雨の音。
内田の声「……助けて、ください」
宮間「え、何か言った?」
ぶちぶちぶちぶちぶちぶちという音がして宮間が玄関に向かうと内田の姿はなく、家の前には内田のものと思しき髪の毛が散らばっていた。
                                (了)

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