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グリーン車でおじさんと乾杯した日

私の親戚はほぼ関東に住んでいるので、無いものねだりだけど飛行機や新幹線で帰省する友達が羨ましい。
だから、大した距離じゃないのに帰省するときにはグリーン車を使う。

その日は前の会社の最終出社日で、あいさつ回りやら仲の良い先輩と話していたら帰りが遅くなってしまった。

いつもならそんな時には無理をせず、翌日移動することにするけれど、なんとしても翌日からの有給消化期間を無駄にしたくなかったので、家に帰り、まとめて玄関に置いておいたキャリーバックを取って駅に向かい、券売機でグリーン券を買って、終電に飛び乗った。

・・・

金曜日の終電のグリーン車は、もうすでに酔っ払ったおじさん達が更に酒盛りをしていたり、居眠りをしたりといつもとは少し違う雰囲気だった。
自分の気持ちの問題か、車両の個体差なのかわからないけれど車内はいつもより薄暗く感じた。

運良く窓際の空席を見つけたので通路側に座ってビール飲んでいるおじさんに会釈し、なんでわざわざ通路側にいるのだろう。トイレ近いのかな。など考えながら席についた。
最寄り駅まで一眠りしようと思っていたけれど、酔っぱらいの知らないおじさんの横で眠れるほど図太くもないので諦める。

いくつか駅を過ぎたとき、隣のおじさんの膝の上にあった帽子が足元に落ちた。

おじさんは席の前についているテーブルにビールとおつまみを置いていたので、代わりに私が帽子を拾った。
おじさんは「やあ、ごめんね。ありがとう」と言って帽子を受け取ると、斜め後ろに座っている別のおじさんに「帽子拾ってもらっちゃったよ」と声をかけた。
どうやら3人組だから、他の2人に少しでも近くに座るために通路側に座っていたらしい。謎が1つ解けた。

しばらくすると、車内販売のお姉さんが通りかかった。
車内販売があるのも、旅っぽくてグリーン車の好きなところの一つだ。

隣のおじさんは自分のビールを一本買いながら私に「おねえさんもなにか飲む?買ってあげるよ」と言った。
私は内心、面倒だなあ...と思いながら気を遣わなくて大丈夫ですよ。と伝えた。

けれど、酔っぱらいのおじさんは聞く耳を持たない。
結局根負けして、小さなオレンジジュースとチョコレートを買ってもらった。

流石に買ってもらったものを飲まないのもなあ...と思いオレンジジュースの蓋を開けた。
そして、流れで「乾杯」と言いながらボトルを傾けてしまった。

本来だったら自分はグリーン車でビールを飲んでる側の人間で、何かを飲むときになんとなく乾杯してしまうくらいお酒が好きだ。その時も完全にいつもの癖で知らないおじさんと乾杯してしまった。

おじさんは少しびっくりしながら「かんぱーい」と返してくれた。
なんかここまで来るともうどうでも良くなってきて、少しずついろんな事を話し始めた。

おじさんは今日は青山のブルーノートに行ったこと、一緒にいる2人は大学からのジャズ仲間だということ 、自分たちもたまに演奏すること。
私は今日で会社をやめたこと、金曜のグリーン車の雰囲気にすこし驚いたこと、いつもならここでビールを飲んでいること...

別にお互い深入りするでもなくとりとめもない話を延々と続けた。
なんだかんだ、少し楽しかった。

そうしているうちに実家の最寄り駅についた。
「じゃあここでおりますんで。ジュースとチョコありがとうございます。」と伝えると、おじさんは「いやいや、楽しかったよ気をつけて」と言った。
斜め後ろの連れのおじさんも「こいつの相手してくれてありがとね!」といってきたので、そちらにも会釈した。

駅のホームに降りると、一気に現実に引き戻された気分になった。

・・・

あれからあのおじさんたちに電車で会うこともないし、
これから会うこともないと思うけれど、なんだか訳わかんなかったなあ...とたまに思い出す。

きっとあのとき「乾杯」と言わなかったら、こんなふうに記憶に残るような出来事にはならなかっただろうなと思う。

今となってはこれも無いものねだりだけれど、
いつかまた、ちょっとめんどくさくて印象に残る「乾杯」をしたい。

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