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『シンプルな世界』十八

十八
 和貴はまず、ヒューマノイドとの結婚を何が妨げているであろう、ヒューマノイドと人間の違いを調べるところから始めた。インターネットでヒューマノイドと人間の違いを調べてみると、「察することができない」や「子孫を残せない」といった否定的な意見が目立つなか、最も大きな違いと思われるものを発見した。それは、「不老不死」だった。
 ヒューマノイドは以下の三拍子が揃っていた。歳を取らない、死なない、そして忘れない。
 ヒューマノイドを構成している皮膚は人工的に造られたものであり、人間のように再生するわけではない。老朽化は進むため、定期的なメンテナンスは必要だが、人間ほどではない上に、皮膚を総入れ替えすれば、完成当初のままの姿形を維持することができる。
 生死に関しては、そもそも生まれていないから死なないのだという哲学的根拠が通説となっている。ヒューマノイドには産みの親という存在がいない。工場で機械に組み立てられ、予め組み込まれたプログラムによって日々学習して人間のように振る舞うだけだ。この世にヒューマノイドとして存在し始めた時点で生きているということも可能だが、これを認めてしまうと、ただ工場で組み立てられた機械ですらも生きているということになってしまい、生命の線引きが曖昧になっていく。この話題に関しては、未だに決着がついていない。恐らく、決着がつくこともないだろうと和貴は予想している。
 そして、最後の記憶についてだ。メモリーに残せるデータ量は限られているが、クラウドにアップし続ければ、環境が整っている限り半永久的に記憶していられる。人間とは違い、ヒューマノイドにとって記憶は改竄され易く、壊れやすく、忘れやすいものでは全くない。
 和貴はこれらをノートにまとめ、他に違いがないかについて調べ出した。すると、「ヒューマノイドには自我がない」という意見を見つけた。それと同時に、一つ思い出したことがあった。以前、仁、凪、愛、そして和貴の四人で映画を見た時のことだ。その映画では本当の自分なんていないという主張がされていた。また、自分という存在と周囲という存在についても言及されていた。周囲がいることによって存在する「私」と、「私」がいることによって存在する周囲。これはつまり、周囲さえいれば自我が生まれる可能性を示唆していた。
「違う……ヒューマノイドにも自我はあるんだ」
「え?」
 気がつくと、和貴は帰宅していた。愛がきょとんとした顔で目の前に座っている。夕食が並んでおり、和貴は箸で唐揚げを口に運ぼうとしていた。
「どうかしたの?」
「あ、いや……」
 考え事に夢中になって、大学から帰宅して食卓につくまでの記憶が一切なかった。
「さっきから何を話しかけても上の空だったから大丈夫かなって心配していたんだけれど?」
 愛が頬を膨らませて、ふいと目を逸らした。
「ごめん。仁がやっと大学に来たんだけど、あまりにも窶れていて心配していたらぼうっとしていた」
「仁くん、大学来たのね!よかった!」
 彼女は嬉しそうにしている。愛には凪のことは伏せておくことにした。あまりにもヒューマノイドにとっては生々しすぎる話だと判断したためだ。
「どうして彼は大学休んでいたの?もう休み始めて三週間、経っていたんだよね?」
「なんか、実家に戻ることになったらしくて、それで色々あったみたい。ほら、あいつ、両親が来るとか何とか言っていただろう?前、ここで一緒に遊んだ時」
「ああ!確かに両親が来るって言っていたね。じゃあ、凪ちゃんと一緒に実家暮らしか。仁くんのお父さん、凪ちゃんを認めたってことだよね?本当によかった!」
 愛が歓喜すればするほど、ずんと和貴の胸に重たい石が伸し掛かるようだった。
「ご馳走様。今日も旨かった」
「お粗末さまでした」
 仁が食べ終わった食器を持ってキッチンへ向かい、ガチャガチャと食器を洗う。そのことに愛が驚いた様子だった。
「ん?どうした?」
「いや、いつもは食器洗わないから……」
「ああ、普段、ごめんな。何となく、今日は洗いたかったんだ。シャワー浴びてくる」
「あ、うん」
 愛が「変な和貴」と呟くのを後ろ手に聞いた和貴だった。

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