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『シンプルな世界』九


 まだ高校生から抜け切れていない青年たちがスーツ姿に身を包んで一挙に大学に押し寄せていく。その大学の正門前には入学式と書かれた立て看板が門に立てかけられていた。その看板の前には長蛇の列が出来ている。和貴はそれを尻目にズンズンと入学式会場へ向かっていく。サークル勧誘のビラも足早に躱していく。それでも、いくつかの強引なサークル勧誘の先輩に捕まり、仕方なく何枚かのビラを掴まされた。それを皮切りに多くのサークルが彼に押し寄せた。人並みに呑まれ、呼吸が困難になりそうになっていると、唐突に後ろから声をかけられた。
「おお、探したぞ。ほら、行くぞ」
 急に後ろに引っ張られ、そのまま物凄い勢いで会場まで連れ去られた。新入生だけが集まっている場所に辿り着いたと判断したのか、和貴を強引にそこまで引っ張ってきた人物は掴んでいた腕を離した。
「いきなりごめん。困ってそうだったから、ついな」
 所謂大学生デビューというやつだろうか。髪を明るく染め、眉毛だけが地毛の色のままの青年が立っていた。
「俺は佐々木仁。お前は?」
「東雲和貴」
「学部は?」
「経済」
「は?一緒じゃん。もしかして、入学式の席も隣なんじゃ……?」
 予めメールで受信していた入学式の流れの案内から、座席の番号を調べると仁の言う通り、彼らの席は隣同士だった。
「これは何かの縁だな。これからよろしくな、和貴!」
 握手を求められた和貴はおずおずとその手を握った。
「そんなに怖がるなよ」
 仁はけらけらと笑いながら、「行こうぜ」と背を向けて歩き始めた。受付で入学資料を配っており、大学名が刻まれた薄いバッグを受け取る。そのまま案内通りの座席に腰かけると、仁は感慨深そうに辺りを見渡した。
「俺、高校二年の時、オープンキャンパスでこの講堂見た瞬間に震えたんだ。それから、絶対ここの大学来るって決めて猛勉強した。だから、今はここの学生としてこの講堂に来たんかと思うと感動するぜ」
「俺も……似たようなもんだ。入った瞬間にピンと来た」
「同じ同じ!やっぱ、何か惹き寄せるものがこの大学にはあるんだろうなあ」
 興奮したように話す仁を見て和貴は微笑んだ。この人は純粋な人でいい人だ、俺と違って。それは彼が抱いた仁の印象だった。
「入学式の後、飯ってどうする予定だ?俺のところ、親が忙しくて今日来られないらしくて、一人ぼっちなんだよなあ」
「俺のところも、両親がどうしても外せない仕事があるって言って来てないし一人で食べるつもりだった」
「そっか!ならさ、一緒に食べようぜ。初日からぼっちなんて寂しすぎる」
「おう」
「よし、決まりだな」
 白い歯を惜しげもなく晒す仁を幾らか羨ましく思いながらも、和貴は頷いた。

 入学式の午前の部が終わり、学生は外に食べに行く組と学食へ向かう組とに分かれた。和貴と仁は学食へ向かった。その時に和貴が食べたのはとんかつ丼だった。

気負うことない、空気のような場所であってほしい。 記事に共感していただけたら、 サポートしていただけると幸いです。