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『シンプルな世界』十九

十九
 あれから色々調べていた和貴だったが、調べる中で「ヒューマノイドとの結婚を実現させる会」というオンラインサークルの存在を発見した。ホームページに飛んでみると、そこには自分が所有しているヒューマノイドと本気で結婚を考えており、そのための署名活動や街頭演説を行なっているとのことだった。
 興味を持った和貴はそのホームページの質問欄に入会希望の旨を書いて送信した。数時間後に、そのサークルから返信が来た。そのメッセージには、入会希望者には本気度を確かめるための入会前面談を行なっているため、それにぜひ参加してほしいとのことだった。和貴はすぐに参加したいと返信し、日時が設定された。その間は愛が買い出しに行っている時間だった。

 入会前面談の時間になった。スーパーに行くと言って出かけて行った愛を玄関まで見送った後、早速、パソコンで送られてきたリンク先にアクセスした。待機画面が暫く映っていたが、画面が切り替わり、白いシャツ姿の三十代半ばの男性と対面した。
「こんにちは」
 白い歯を惜しむことなく見せて爽やかに挨拶する男性に、和貴も「こんにちは、東雲です。今日はよろしくお願いします」と挨拶を返す。
「私はソウと言います。この度は、私の活動に興味を示し、そして賛同してくれてありがとう。僕が活動を始めた理由はサイトに書いてある通りなんだけど、もう一度説明するね。僕の妻は早逝して、立ち直れないって思っていた頃、なんとなく目に留まったヒューマノイド恋人を買ったんだ。最初はなんとも思ってなかったけど、彼女と日々を過ごす中で段々と笑顔を取り戻せるようになって、ついに結婚したいと思うようになった。でも、ほら、現状では無理でしょう?だから、サークルを作って活動することにしたんだ。ここまでは大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「よかった。えーっと、そしたら、この面談の趣旨はもう聞いていると思いますが、たまに冷やかしの人がいるからね。本気度を見極めるために設けているんだ。気を悪くしないでくれ」
「はい、承知しています」
「よし。それじゃあ、早速、面談を始めようか」
 その男性は手元に用意しているタブレットを見ながら、和貴と話し始めた。
「えー、東雲さんは、現在のヒューマノイドと暮らし始めてどのくらいたってるんですか?」
「およそ三ヶ月ですね」
「おお、結構最近ですね。うんうん、わかりました。名前はなんと?」
「愛と言います」
「いい名前ですね。お相手は愛さんね。なんで、愛さんと結婚したいと思うようになったんです?」
「愛を愛していると気づき、彼女と一生一緒にいたいと願うきっかけになったのは河原へデートに行った時だと思います」
「何か劇的な出来事があったの?」
「いえ、衝撃的な出来事があったわけではないのですが……彼女の考え方に惹かれて」
「ほう、彼女の考え方って?」
 ソウはタブレットに走り書きしながら和貴の話を聞く。
「川に入って二人で遊んでいた時、愛が水と機械は共にあれると思うかと聞かれたんです。僕は勿論と答えましたが、その時、これは単に水と機械だけを言及しているんじゃないと気づきました」
「他にも意味を含んでいると?」
「はい。水と機械のように相容れないように思えるものたちが今後、手を取り合って生きていく可能性はあるのかという風にも捉えられると思ったんです。そうだとしたら、彼女の考え方がとても素敵だと思いましたし、なんて深い思考なんだろうと」
「感激したんだね?」
「はい」
「確かに、東雲さんの恋人の、愛さんはとてもよく考える人のようだ。きっとあなたがよく考えるからなんだろうね。ヒューマノイドは所有者に合わせて変化していくのだから」
「そう、かもしれませんね。でも、所有者に合わせていくというよりは周りに合わせていくといった表現の方が正しいと思ってはいます。だって、人間もヒューマノイドもその点では変わらないですし」
 和貴の言葉にぽかんと口を開けていたソウだったが、すぐに目を細めて「そうだね、本当にその通りだ。やっぱり、東雲さんはよく考える人だ」と褒めそやした。その時、和貴は瞬間的にソウに対して違和感や胡散臭さを感じたが、次のソウの言葉でそれらはすぐにどこかへ消えてしまった。
「うんうん。君の話しはよくわかったよ。どうやら真剣なようだ」
「入会させていただけますか?」
「勿論!君も晴れて私たち『ヒューマノイドとの結婚を実現させる会』のメンバーだ」
「ありがとうございます!」
「ついてはね、今後の活動とか色々話したいことがあるから、直接会いたいんだけど、大丈夫そうかな?」
「それは勿論問題ないですが、どちらに伺えば……?」
「あ、ちょっと待ってね。今、メッセージに場所送るから」
 そう言われて暫く待っていると、メールに住所とマップが送られてきた。
「場所、わかりそう?」
「はい」
「じゃあ、こに……そうだな。来週の日曜日なんかどう?十一月になっちゃうけど」
「わかりました。時間は何時ごろがよろしいでしょうか」
「そうだねえ。あ、そうだ。その、入会の際には歓迎会と称したパーティーもやる予定だから愛さんも連れてきてほしいんだ。愛さんも都合が合う時間がいいんだけどね」
「それなら、十五時くらいはどうでしょうか?いつも、彼女と一緒に、日曜日の朝市に行くので」
「とても倹約家なんだね。よし、それじゃあ、その時間にしよう。こちらで飲食できるように用意するから手ぶらでおいでね」
「はい、ありがとうございます」
「よし」
 ソウがちらりと腕時計で時間を確認したため、和貴も時間をパソコンの画面上で確認すると、面談開始から三十分ほど経過していた。
「じゃあ、今日はここまで。東雲さんにお会いできてよかった」
「こちらこそ、光栄でした」
「また来週の日曜日に会えるのを楽しみにしているよ」
「はい」
「それでは」
 こうしてソウとの面談は無事終了し、和貴の入会は決まった。

 愛が買い出しから帰ってくるや否や、和貴はヒューマノイドとの結婚を実現させる会について説明をした。その説明を聞くうちに、愛は段々と頬を染めていき、最後には涙目になっていた。最初、なぜ彼女がそんな反応をするのか理解していない様子だったが、すぐにその会の名前が意味するところを知った。和貴は知らず知らずのうちに愛にプロポーズしていたのだ。
「えっと、あの……うん、そういうことなんだ」
「そういうことってどういうこと?」
 愛が涙目のまま意地の悪い顔をして壁際に和貴を追い詰める。彼はたじたじになりながら「えっと……」と必死に明後日の方角を見ていたがついに諦めたようだった。
「まだまだ言うつもりはなかった、というより、実現しそうってなったら言うつもりだったんだけど……」
 和貴はそこで一息つくと、愛の片手を両手で握って祈るように言った。
「ここまで言ってしまったらもう仕方ないな。愛、君のことを愛している。ずっとこの先も一緒にいたいって思ってる。どうか、こんな俺と結婚してくれませんか?」
「……はい、喜んで」
 彼女の返事を聞くが早いか、彼女の腰に両手を置いて持ち上げると、くるりくるりと数回廻った。愛は驚いて和貴の両肩にしがみついていたが、すぐに楽しそうな笑い声をあげた。
 二人は飽きるまでいつまでもそうやって喜びを分かち合った。


次回、最終話です!よろしくお願いします!

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