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『シンプルな世界』十四

十四
 河原デートから数日後、仁から唐突に電話が来た。
『もしもし』
『もしもし、和貴?今、電話大丈夫?』
『ああ、問題ない」
 上半身裸で布団の上に寝転がったまま仁の話を聞く。熱帯夜が五日連続で続いており、今年も厳しい暑さだ。しかし、和貴のポリシーでエアコンをつけっぱなしに寝ないというものがあり、いつも起きれば汗だくなのであった。
『愛ちゃんとはどうよ。上手くいっているのか?』
 鼻歌を歌いながら朝食を作る彼女を一瞥し、「まあな」と言うと『良かった!それじゃあ、今度凪を連れてお前の家に遊びに行ってもいいか?四人で遊ぼうぜ』
 またしても、仁に一方的に日時を決められ、二度目のダブルデートが決定した。ダブルデートと聞けば、斉田のことが思い起こされる。夏休みに入る前に彼女が小林と楽しそうに歩いているところを目撃したため、多少なりとも和貴のことは過去のことになっているだろうと和貴は踏んでいた。朝食をテーブルに並べる愛に、仁と凪が家にやって来ることを伝えると、彼女は楽しみだと飛び上がったのだった。和貴が彼女を友人に紹介するのはこれが初めてのことだった。

 玄関のインターホンが鳴り、和貴が扉を開けると、仁が我が物顔でズカズカと入り込んできた。控え目に凪がその後ろに続く。「つまらぬものですが」と言って、彼女が和貴に手土産を渡す。
「はじめまして」
 愛に気がついた二人が交互に彼女と挨拶をする。愛と凪の初対面に二人の男はどんな挨拶を交わすのだろうかと期待が籠もった目で注目した。しかし、人間と全く同じような挨拶の仕方であり、何の変哲もなかった。
「もっと、シェアカー乗る時みたいに交信するのかと思ったのに」
「そんなわけないじゃないですか。あれは同期するためにやるんですよ。同期したら、一応ロックはかかっているとは言え、相手側に自分たちの個人情報漏れちゃいますよ」
「え?そうなの?」
「もう、仁くんったら」
 パシパシと仁の肩を軽く叩く凪を見ていた他の二人は「お熱いことで」とじと目をしながら冷やかした。仁は「何だよ!」と言いながらも満更ではない様子だった。
「さあ、皆狭いけど座って。今お茶出すから」
 和貴が冷蔵庫から冷やしていたお茶を出すと、すぐ隣で愛がコップを用意した。そのコップにお茶を人数分入れると、仁がほうっと感心したように二人を見た。
「まるで長年寄り添ったような夫婦が見えた気がした」
「私も…!」
 凪は感激、といった風に胸の前でパチパチと拍手までする始末だ。和貴と愛は困ったように顔を合わせて照れ笑いをした。

 四人は話をしたり、ゲームをしたり、カードで遊んだりと様々なことをして時間を過ごした。そうしているうちにあっという間に夕食の時間となり、ヒューマノイドの二人がキッチンに立つ。
「ヒューマノイドが二人、、って壮観だなあ」
「嫌らしい想像するなよ?」
「してねえよ」
 男二人が戯れあっていると、冷しゃぶやら冷麺やらその他諸々の料理たちが小さなテーブルの上にひしめき合った。予め購入しておいたドリンク類はすっかり床の上へと追いやられている。
「あ、せっかくだし映画見ながら食べようよ」
 仁の提案により、部屋を薄暗くしてプロジェクターで壁に映画を映す。ワイヤレスのスピーカーも用いてさらに本格的なセッティングを終えた。適当に評価が高そうな映画を選び再生を始める。
 最初はご飯の感想を言ったり、映像に関連した話をしていたりしたが段々映画にのめり込んでいった。ラストシーンに差し掛かる頃には皆箸を置いて、前のめりになっていた。
『私は本物だよ』
 サングラスをかけた女性が車内のバックミラー越しに放った言葉。その言葉に四人が四人、全員衝撃を受けた。
(本当の「私」なんていない。「私」という存在は周囲の人々によって形作られる。周囲がいることによって存在する「私」。「私」がいることによって存在する周囲。結局、人間の自我なんてものは脆いものなのだ。記憶と同じように改竄され易く、壊れやすく、忘れやすい。また、この事実が何を意味するのか。ヒューマノイドにとってもある可能性を残すということになるのだ……。)
 再生が終わり、暗闇の中にポツンと浮かぶ青い長方形の光を四人は見つめていた。
「すごい、映画だったね……」
 和貴が感想を述べると、三人とも頭を縦に振って同意した。
「今、レビュー見てるけど、これがこの監督の処女作品らしい」
「え、これがデビュー作なの?」
 愛が驚いたように叫ぶ。
「ああ……鬼才だな。若くして亡くなったらしい」
「天才すぎて亡くなったのでしょうか。佳人薄命ならぬ鬼才薄命と言いますか」
「有り得そうだ」
 しみじみと映画の余韻に浸っていると、「あっ」と凪が小さく叫んだ。仁が「どうした?」と凪の肩を抱く。すると、時計を指差して「もう帰らなくちゃ、明日はご両親がいらっしゃいますよ」と忠告した。
「そうだった!悪い!押しかけといて難だが、帰らなくちゃいけないんだった」
「親が来るってお前……」
 仁が両親と微妙な関係だということを知っている和貴は心配そうにしている。そんな彼を見て仁は、安心させるように彼の肩にぽんっと手を置いた。何も言うべきではないと悟った和貴は、荷物をまとめて「邪魔したな!」と去っていく仁を見送った。最後まで凪は後片付けをしようとしていたが、愛と和貴が断った。凪は「すみません……」と謝りながら先に出て行ってしまった仁の後を追った。
「今日はとても楽しかった!初めて和貴の友人に会ったなあ。とてもいい人だね、仁くん。それに凪ちゃんも!」
「ああ。まさか大学でこんなにいい出会いがあるとは思っていなかったよ、俺も」
「学生時代の友人は大事だって言うしね」
「親父みたいなことを言うんだな」
「これは一般的なものです!」
 二人は仲良く笑いながら、後片付けをして眠りについたのだった。


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