見出し画像

「孫子の兵法」に学ぶスピーチ 空気に色を付け「見える化」する技術(11.九地篇)

 戦場の特性とその戦い方について、『孫子の兵法』では9種類に分類しており、それぞれの戦い方について述べている。
1.【散地】「自分の国の領内」戦いを避けるべきである。しかし、止む終えず戦うときには心を一つにして団結を図るべきである。
2.【軽地】「他国の領内であるが、自国との国境近く」駐屯するのは避けるべきである。その上で味方同士の連携を密にすることが必要。
3.【争地】「敵味方の双方とも、奪い取れば有利になる地帯」敵に奪われたら、攻撃してはならない。さらに敵の背後に回り込むことが必要である。
4.【交地】「敵味方の双方とも、攻め込むことが可能な地帯」味方同士の連携を密にした上で守りを固めることが必要。
5.【衝地】「複数の国と接しており、その地域を抑えたものが他国からの信頼を得ることができる地帯」外交交渉を活発化させ、同盟関係を結ぶことも必要。
6.【重地】「敵の領内の奥で、城壁に囲まれた地帯」必要な物資や食料は現地調達を心がける。
7.【ヒ地】「山林や要害、沼や湿地帯など軍隊を進めるのが難しい地帯」すぐに通過し、とどまってはいけない。
8.【囲地】「道が狭く、撤退するためには迂回が必要であり、敵側からすれば小部隊で大軍を破る事が可能な地帯」正攻法ではなく、奇策を用いて勝つ。合わせて退路を断ち、決死の覚悟を示すことが必要。
9.【死地】「必死になって戦わなければ、生き残ることができない地帯」生き残りを掛けて勇ましく戦うのみ。
 今あげた事柄は、スピーチやプレゼンテーションだけに限った話ではなく、ビジネス全般や人間関係全般を有利に進める上で参考にするべき内容であるが、ここで一人の人物が無名の新人として選挙に立候補し、当選するまでの過程を通じて考察したい。
 30歳の青年、中町太郎は勤めていた国の役所を退職して、郷里の市議会議員に立候補することを決意する。公務員といってもキャリアでなく、市議といっても政令市ではなく一般市である。
 人口は15万人、定数は30、いってみれば市の全域が「選挙区」である。市の地域は大きく「港地域」「中地域」「山の手地域」の三つに分けられる。
 漁港があり、漁師や水産加工品の工場に勤めている人や、家族が多く住んでいる「港地域」、住宅と商店街が混在する「中地域」、そして名前の通り山の手にあり、高級住宅街として知られる「山の手地域」である。人口構成は各地域均等に、5万人ずつとなっている。
 市議会議員の内訳だが、「港地域」と「山の手地域」それぞれに強い地盤を持つ二つのグループが8人ずつ(計16人)いる。
 両地域にはドンが1名ずつおり(港勇作、山手義一)、時に協力、時に綱引きを行うといった関係であるが、同一の会派「港山会」を形成している。
 その他には、市内全域に支持者が点在している議員が4人。(会派には所属していない)
 後の10人は、「二つの国政政党」の地方組織がそれぞれの議員団を形成している。
 さて、中町太郎の地元は「中地域」である。
 生まれ育った地域であり、同級生も住んでいる反面、「港地域」と「山の手地域」に比べれば人口の流入が盛んな地域であり、比較的「二つの国政政党」の支持者が多い反面、「港山会」の議員たちからすれば、「草刈り場」といえる土地である。
 今回の市議会議員選挙から、定数が30人から2つ減って28人で争われることになった。単純にいえば、現職が2名落選する形になり、加えて、新たな立候補者も出馬の動きを見せており、太郎はかなりハードルの高い戦いに挑むことになる。
 太郎にとっての1.【散地】「自分の国の領内」はいうまでもなく「中地域」になる。一番濃い人脈があり、本丸といえるところであるが、下手に他の候補とのさや当てをしてしまうと、逆に悪口をいわれるリスクもある。
 基本的に「好青年」と受け止めてもらえるようなさわやかな対応に徹するべきであるが、もし仮に「切り崩し」にあうような状況になれば、同級生や仲間を中心にした人脈をフル活用し、逆に他候補をひっくり返すほどの覚悟も必要になるであろう。
2.【軽地】「他国の領内であるが、自国との国境近く」は「港地域」と「山の手地域」の際ということになる。いわゆる「ご近所」の奥さん同士の交流も盛んであるだろうことを考えれば、例えばその地帯の焼き鳥屋などで泥酔して、醜態をさらしたりすることは禁物である。
3.【争地】「敵味方の双方とも、奪い取れば有利になる地帯」
4.【交地】「敵味方の双方とも、攻め込むことが可能な地帯」
5.【衝地】「複数の国と接しており、その地域を抑えたものが他国からの信頼を得ることができる地帯」
であるが、選挙事務所をどこに構えるかという観点でいえば、「港地域」と「山の手地域」のいずれにも接している、大きな幹線道路の交差点近くの建物が望ましいであろう。選挙カーを走らせるのに便利であり、他候補の選挙カーの往来が活発なことも予想される。
「港候補のご健闘を心からお祈り申し上げます」
「市政の大先輩である山手候補、お体を大切にしてくださいませ」
 タイミングよくこちらのウグイス嬢が、このような声をかけることができれば、有権者からの印象もよくなり、当選してからのつき合いもスムーズにいくというものである。
6.【重地】「敵の領内の奥で、城壁に囲まれた地帯」は個人的につながりがある「港地域」と「山の手地域」の人にピンポイントな形で、お願いに行く時に関係してくるが、例えば愛想を振りまくつもりで、その近くにある商店に通い詰めたとしても、逆に反発を買うリスクも考えられる。
 取ってつけたように、「中町太郎事務所で領収書を切ってもらえますか」などといった対応をするよりも、必要なものは地元で調達するほうがよいであろう。
7.【ヒ地】「山林や要害、沼や湿地帯など軍隊を進めるのが難しい地帯」であるが、選挙カーであろうが、徒歩で遊説を行う場合であろうが、絶対に事故を起こさないという意識の元に、万全の準備を行う必要がある。
 支援者に負担がかかるような形で、無理なルートを組んだり、交通渋滞が頻発するような場所や、時間帯を避けるような配慮を行うことも必要になるであろう。
8.【囲地】「道が狭く、撤退するためには迂回が必要であり、敵側からすれば小部隊で大軍を破る事が可能な地帯」は、物理的な場所の制約というよりも、あと1票をもぎ取るために、「港地域」と「山の手地域」の奥深くまで入り込むといった状況を想定するのが適切であろう。より頭を働かせて知恵を使うことが必要になり、かつ度胸も求められるのではないだろうか。
9.【死地】「必死になって戦わなければ、生き残ることができない地帯」は、時に「すべての場所」がそうだといえるだろう。地域的な繋がりが強いエリアを含む選挙においては、「何が何でも勝つ」との強い思いがなければ、勝利できないことはいうまでもないことである。

ここから先は

143字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?