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【小説】ぼくのともだち1

 ぼくの家のとなりには小さな森に囲まれた古い神社がある。
 ある日、その神社にお父さんとお母さん、男の子の三人家族が引っ越してきた。前に住んでいた宮司さんが亡くなってしばらく無人になっていたので、雑草が生い茂り少し荒れた神社に人が住むことはありがたいことだとぼくのお父さんが言っていた。
 
「はじめまして、どうぞよろしく」

 そう言ってぼくの家にあいさつをしに来た男の子と、ぼくはすぐに仲良しになった。
 彼の笑顔はほがらかで、物言いは人懐っこく親しみやすい。
肩まで伸びた黒いしなやかな髪は神社の石階段の脇に生えている長い竜の髭で一つにくくっていて、ぼくが夏祭りの時にだけ着るような紺色の甚平をいつも着ている。半ズボンとシャツばかりのぼくとくらべると彼はなんだかふつうとは違っていて、同じぐらいの年に見えるのにどこかとても大人びていた。
 そして彼はなぜか学校に通ってはいなかった。勉強は自分でやっていると言い、学校で習うことだけが勉強ではないと言った。彼はぼくのわからないことはなんでも教えてくれる頭の良い子だった。

 ある雨の日、ぼくはお母さんに買ってもらったお気に入りの傘を差し、ぼくが描いた絵を抱えて、となりの神社に遊びに行った。男の子は屋根のある外廊下の縁にぽつんとひとり、腰掛けていた。さいせん箱にもたれかかって薄暗い空を見上げていたが、ぼくを見つけるなり彼は笑って手を振った。

「やあ! 良い傘だね。はりがしっかりしていて丈夫そうだ。それにその色もすごくすてきだ」
「お母さんに買ってもらったぼくのお気に入りなんだ。黄色い傘は車から見つけやすいから事故に遭いにくいらしい」
「なるほど」
「それに、暗い雨の日にこの傘を差すと明るくなった気がして気分がいいんだよ」
「へぇ、いいなぁ」
「きみの傘はどんななの?」
「おれ? おれは傘なんて持ってないよ」
「持ってない? 雨の日はどうするのさ」
「どうもしないよ。雨の日は屋根の下にいれば濡れないさ。そうだな、おれがうらやましいって思ったのは傘じゃなくて、傘を買ってもらったこと、かな」

 ぼくは言ってる意味がよくわからなくて首を傾けた。彼は時々簡単そうでむずかしいことを言うけれど、彼の自信満々な笑顔を見ていると何故か安心する。

「ほら、いつも描いているきみの絵を見せてくれよ。おれはきみがいっしょうけんめい描いた絵を見るのが大好きなんだ」

 ぼくは傘をたたんで彼のとなりに座ると、持ってきた絵を見せた。ぼくは絵を描くことが好きだ。あまり上手いとは言われたことはないけれど、これからたくさん練習して上手くなってやろうと思っている。

「これはなんの絵だい? 色使いがとても良い!」
「これはぼくの部屋の窓から見えたこの神社だよ。赤い鳥居があるだろう?」
「本当だ。するとこれはおれか?」

 小さく描き込まれた男の子の姿を指さして彼が笑う。ぼくはうなずいて一緒に笑った。

「いいね、おれはこの絵好きだ」
「本当に? そんな風に言われたことないよ。学校の友達はいくら練習したって意味がないって言うよ」
「は? そんなの練習してみないとわからないじゃないか。見た人がこの絵を好きか嫌いかを決めることはあるかもしれないけど、やってみる前から無駄だって決めつけるやつなんて友達とは言わない」
「そう、かな」
「そうだよ。世界にはたくさんの人間がいるから、それだけたくさんの感じ方があるだろう?」
「うん」
「だからすべての人がこの絵を好きだというわけじゃない。それに、誰にでも好かれようと思って描く必要もない」
「そりゃそうだけど」
「でもおれは頑張ろうとしている人を応援したり、背中を押してヤル気を出させてやったりするのが友達だと思う」

 彼がそう言うので、ぼくは嬉しくなってにっこりと笑った。

「じゃあ、きみは友達だね」
「なんだ? 今頃気付いたのか」

 彼も笑う。これが友達なんだなって、ぼくはこの時気付いたんだ。


つづく