小説・この物語はフィクションです 第2話
4月15日 月曜日
新学期が始まって一週間が経った。小茄子川中学校2年B組には、とても平和な空気が流れているように見えた。坂本君という、小柄で丸顔の野球少年が、今日も机の下で何やらパソコンをいじっている。彼はいつもそうだ。ゲームをするとか、エロ動画を見るとか、大胆な違反をするのではなく、常にネットサーフィンをしているのだ。私の中で彼のあだ名はググ男君。略して「ググ」と(心の中で)呼んでいたら、ある日隣のクラスの酒井さんという女生徒が、「せんせ、ググって知ってる?あたしの推しなんだけどさ、めっちゃかっこいいんだよ!!」と目をハートマークにして力説してきて焦った。どうやら韓国の某アイドルグループに同じ名前(名前の由来は大きく異なるが)のメンバーがいるらしい。ちなみに我がクラスのググ君の風貌は、小さめのジャイアン。おばさん教師である私から見れば非常にかわいらしいが、ティーンエイジャーの女子に推されるようなタイプではない。同じ名前でも、悲喜こもごもである。
男子中学生というのは、どうしてこんなにも検索エンジンが好きなのだろう。ググの斜め前の席に座っている井下君も、検索マニア(なんだそれ)である。ちなみに井下君は元鉄オタの吹奏楽部員。眉毛がつながっていることを日々悲観しているが、私は眉毛がつながっていることはカッコいいことだと思っているので、彼がなぜあんなにも悲観するのか理解不能。
井下君は主にヤフーの検索エンジンを愛用している。というか、中学生男子の多くは、Googleよりもヤフーを利用している気がする。それはきっと、トップページにニュースやら天気予報やら、「検索しなくても」あらかじめ情報が用意されているからだろう。欲しがり屋さんばかりの男子中学生っぽいセレクトだ。素直でかわいい。
井下君のことは、別にヤフ男とは呼んでいない。だからといって、「眉毛」みたいな安直なあだ名もつけていない(ググ男は安直ではないというのか・・・?)。井下君のことは井下君と呼んでいる。みんなの前でも、心の中でも、だ。特に理由なんてない。ニックネームを付けるのに理由なんてないのだ。
井下君の特筆すべき点は、給食を食べ終わるとすぐにネットサーフィンをはじめることだ。しかも、パソコンを机の中に半分隠して使っているので、首が90度下に傾いていて、見ているだけで肩が痛くなってくる。しかも、その角度で頭を下げたまま、たまに目玉だけを左右に動かし、周りの動きや私の目線を探ってくるところがものすごく面白い。行儀が悪いことを自覚しているのか、それとも誰かに見られたらマズいようなことを検索しているのか・・・・。
ちなみに井下君には一度、「お行儀が悪いから、ごちそうさまが済むまでパソコンに触らないでね」と注意したところ、ものすごい勢いで逆切れされた。
「僕はもう食べ終わっているんですよ!!!!ただ待っているのなんて時間の無駄じゃないですか!!!!少しでも知識を蓄えたいと思ってはいけないのですか!!!!勉強したり本を読んだりするのもダメなんですか!!!!そんなのおかしいじゃないですか!!!!!!!!!!」
その瞬間、「そうだ!もっとやれ!」と思う側の人間と、「テメーの調べていることなんて知識以下だよカス」と思う側の人間と、何も思わない側の人間の間には、わかちがたい常識の差があることを、思い知ったのは担任ただ一人であった。
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