助けてタスク、怠けなまくら 23/11/20
昨日の日記更新時刻が朝6時だったから、30時間ほどnoteの編集画面に触れていなかったことになる。
しばらく書いていないことに対して、気持ち悪ささえあった。
強制的に習慣づけていった結果、未達成のルーティンにモヤモヤが残る。
終えるとそれなりに気持ちがいいし。日記を書く行為も、歯磨きみたいなものだ。
それでもパソコンの前に座って書き始めるまで15分ほどかかった。
noteを開いておすすめ記事を見て10分、編集画面を開いてお茶や軽食を取りに行って5分ほど。
書き始めてしまうと過度に集中して、1時間くらいはトイレ以外で席を離れない。そう決めているわけではないけど、席を立つことを忘れる感覚になる。
逆にそれがわかっているからこそ、白紙の状態でたじろぐことが多い。
やる気が出ないというか、やる気を出すとそれオンリーの時間が始まっちゃうんだよな……と躊躇する。
一文字目や一行目を書き始め次第、1時間はキーボードに手が釘付けになることが確定している。
「やる気は動き始めないことには出ない」なんてどこかで読んだ。
むしろ動き始めたら必要以上にやる気が出てしまって、他を忘れる。
本来なら「やる気は動き始めないと出ませんよ!」「なので最初はひたすら手を動かしてみましょう」と繋がるべき知見を、「なので動き始めて止まらなくなる状態には気をつけましょう」と読んでいる。
やる気が出ることがわかっているからこそ、やる気を出したくない。
怠けないためのメソッドを、怠けるためのメソッドに変換する才能でもあるのか。
僕は基本的に人の比じゃないほどに怠惰だ。
理由を問われれば「拘束されたくないから」だと思う。
基本的に強めのルールが苦手で、納得できない・楽しくならないのに従う義理はないと感じてしまう。
自分で理由を考えて納得させてやることで、怠惰な性格は直せる気がする。それすら面倒。診断を受けた発達障害の典型例だ。
やるべきことが手につかない。
今日は言わばタスクの締め切り日だ。
明日から自動車合宿免許に行く。
免許を取るのに合宿を選んだ理由も、怠け癖がひどすぎるからだ。
2週間以上の宿泊が控えているのに、荷造りが終わっていない。
18時間後には家を出ているのに、キャリーケースが空のまま。
昨日ようやく足りないものを買いに行ったあと、カラオケに誘われて遊び呆けていた。書けば書くほど我ながら計画性ゼロ。
あとは公募用のエッセイを今のうちに郵送する必要もある。
焦らなくていい!と肯定的に書きたいところだけど、正直焦っている。
読む人も「いや焦れよ」と思うんじゃないだろうか。
やるべきことを終わらせられずに自分を認められなかった経験が多いのも事実だ。夏休みの宿題とかあらゆる試験とか。
自分に成功体験がない理由は、ほとんど怠け癖から来ている。
必要ないと切り捨てたものにはやる気が湧かないのに、切り捨てているのは本来大切なものだ。勉学や知識の吸収や訓練行動。
楽しいか納得するかしないとやらない。
何が大切かなんて、そこまでは自分でも理解している。
常にどうでもよさが強くて、かろうじて薬を飲んでいる時は大丈夫で。
「損をするのは自分」とよく言われたが、”想像上の未来の損”と”面倒から逃げられること”が釣り合っちゃってると感じる。釣り合わなくなって初めて動ける。
面倒さと終わらなかった場合の痛みを天秤にかけて、焦りで痛みが勝ち始めた時に動き出している。
それで今、痛みが勝ち始めている。昼に起きてまず「ヒェ~」と口に出している。
とはいえ起きて最初にすることは、これを書くことだった。
書いてないこと自体が気持ち悪かったし、書いたら他のやる気も出るだろうって算段で。
実際にやる気は出ているけど、自分で自分に脅迫文を書いているような気持ちだ。
なんせ二十数万円の合宿免許講習を荷造りや寝坊や怠け癖ですっぽかすようなことがあれば、物理的に大損である。
一応書いておくと選択肢の中にそれがあるわけではなく、その事故にあいたくない!!!みたいな気持ち。
とりあえずこれを閉じて、キャリーケースを埋めるところから始めてみることにする。
この手の人の心情を素直に綴った参考文献としては、結構有用そう。でもわかりあえはしなさそう。
ノートパソコンは持っていくので、noteは更新すると思います。
こなまるでした。
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