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父親に「それって障害なんじゃないの?」と言われた話。

久しぶりに父親に会い、日常会話の流れから突如として言われた言葉。

娘が隠していた自分をさらけ出すカミングアウト!みたいなシチュエーションでもなく、ただの近況報告をしていた時のことだった。

「それって障害なんじゃないの?」

ダイニングテーブルで私の向かいに座っている父親が、少し不安そうな表情で私に尋ねてきた。

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「最近、仕事はどうだ?」

「頑張ってるよ。」

「ご飯はちゃんと食べているか?」

「朝ごはんは食べてないけど、夜は毎日自炊してる。」

「そうか。朝もちゃんと食べろよ。」

父親と会うたびにいつも最初にかわす親子のコミュニケーション。

肩慣らしのために軽くする、キャッチボールみたいなやりとりだ。

私は父に似て痩せ型のため、食べてなさそうに見えるのだろう。食は細くないが、いつも身体のことを気にしてくれている。

「お父さんは最近仕事どうなの?」

「まだ慣れないこともあるけど、雇われるって気がラクでいいね。」

祖父の代から続く歯医者の2代目として、

40年近く一人で歯科医院を経営し、昨年、テナントビルの建て替え工事をきっかけに病院を閉じた。

今は知り合いの歯科医院で、雇われの歯医者として働いている。

父が開業医だったとき、父の方から仕事の話はしてこなかったため、タダで歯をみてくれて便利だな、ぐらいにしか思っていなかったけど、

私が社会で働くようになって仕事の大変さを知り、最近は私の方から、

「大変だった患者さんとかいないの?」と仕事の話を聞くようになった。

学生の時は、「寡黙で真面目なお父さん」ぐらいの評価だったけど、

愚痴ひとつこぼさず、月曜日から土曜日まで働くことは、本当はすごく大変なことで、家族のために頑張ってくれていたんだな、と今では感謝と尊敬の念をもっている。

家事はまったくできないし、大黒柱の風格もあまりないため、

母から「だからお父さんはダメなのよ!」と何かと理由をつけて怒られているが、

娘の私からしたら大したことではないため「そんなにキツく言わなくても...」と心の中ではいつも悲しく思っている。

男が言い返さないことが夫婦円満の秘訣と聞いたことがあるけれど、その言葉のとおり、父が何も言い返さないでいてくれているおかげで、家族の平和は保たれている。

ちなみに、歯医者と言うと周りからはお金持ちと思われるが、インプラントやセラミックという値段が高い治療はやりたがらず、患者さんが通いやすいようにと保険診療を中心としていたため、一般的なサラリーマンと同じぐらいの生活水準だ。

それについても母が「お父さんは全然儲けようとしない!」とよく怒っていたので、「それがお父さんのいいところじゃん!」と私がかわりに言い返していた。

ある意味母のおかげで、父とは前よりも仲良くなり、絆が深まった気がする。

 

話が少しそれたけど、父と会うとお互いに仕事の話をするし、お互いに話を聞くようになった。

その時に、父がきまって聞いてくることがある。

「朝、ちゃんと起きれているか?」

今は別々に暮らしているけれど、実家にいた頃は、毎朝父が私を起こしてから仕事に出かけていた。

昔から私は朝が弱く、誰かに起こしてもらうことが多かった。

高校生の時までは母から起こしてもらい、社会人になると一番最初に家を出る父が起こしてくれていた。

自分で目覚ましをかけて起きるようになったのは大学生の時で、県外で一人暮らしをするようになったからだ。

学校の読書の時間で「朝の時間活用術」のようなタイトルのビジネスマンが読むようなハウツー本を中学生の時に読んでいたぐらい、朝早く起きて有意義に過ごすことに憧れを抱いていたけれど、間違いなく夜型の人間だったため、気がついた時には諦めていた。

私とは真逆に、父は朝、余裕をもって起きる人だ。

自分でトーストとコーヒーを準備し、新聞を読みながら朝食をすませて、余裕をもって家を出る。

父が朝バタバタと準備をしているところは今までで一度も見たことがない。

その性格のため、私が遅れずに会社に行っているのか心配しているようだ。

「ちゃんと起きて会社に行ってるよ。」

そこまでは何も問題はなかったが、空気が変わったのはその後だった。

「グループの中だと一番最後に席に着くけど、2、3分前には着いてるよ。」

私の中では父を安心させる言葉のはずだった。

「1番年下なら10分前には行かないといけないだろ。」

余裕をもつ父であるため、その返答がくることは予想がついていた。そして、その場しのぎでも「分かった」と答えればよかったものを、その時の私はなぜか話を続けた。

「会社が始まる前にはいるんだよ?新入社員ならまだわかるけど、もう中堅社員の歳だから何も言われないよ?」

「でも、1番年下っていうことにはかわりはないだろ。」

共通点も多く、話が合う父であるけれど、唯一理解しあえないのが、時間に対する考え方だ。そして、私の中で苦手意識をもっていることもまた「時間」である。

子供の時から2、3分の遅刻をすることが多かった。なぜかわからないけれど、少し時間を早めて行動することがどうしても難しかった。
時間をかけて自分なりに考えながら、今では2、3分前には会社や待ち合わせ場所に着けるようになった。
自分なりに努力した結果が、少しではあるが成果になった。

その努力を父に認めてもらいたかったのか、私にもわからない。ただなぜか父にわかってもらいたいと思い、私の性格について話をした。

「私はいつもどおりに起きても1時間早く起きても、家を出る時間は変わらないの。会社が始まる時間が決まってるなら、その時間に意識が向くの。だから早く行けないし、遅刻もしない。」

「それを10分早めるだけでいいだろ。」

「それができないの。普通の人ができることができないの。」

目上の人と待ち合わせるときや、初めて誰かと会うときなどのシチュエーションでは、自分なりに考えて10分前に行動できる。しかし、会社では10分前が常識という括り方をされた途端難しくなる。

このことを自分でもどう表現をすればいいのか分からなかった。ただ、10分前に行くための明確な答えがなく、なおかつ自分が納得できなければ行動することがかなりのストレスになる。

父はその性格をまったく理解できなかったのだろう。

しばらく話したのち、深刻な面持ちでこう言った。

「...それって障害なんじゃないの?」

それ以上、話を進めることができないフレーズだった。

おそらく、私は固まっていた。

正面に座っている父になんと返せばいいのか、分からなかった...

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その特徴を「障害」と括るならそうなのかもしれない。

だからといって、じゃあ私が障害を抱えているとしたら、一体どうするのだろうか?

ADHD(注意欠如・多動症障害)やHSP(敏感・繊細気質)という言葉は最近よく耳にするが、病院にいって仮にそういう診断を受けた場合、自分への接し方が変わるというのだろうか?障害なら仕方ないと思うのだろうか?

率直なところ、私は「別にどうでもいい」と思った。

私が障害と診断されようがされまいが、どうでもいい。ただ、価値観をひとくくりにしたり、ラベリングされることに苦手意識があるため、私は自分から診断を受けにいくことはしない。

そして、日常生活でもそこまで不自由に感じているわけではないため、たまにこだわりが出る人、ぐらいにしか自分のことを思っていない。

性の価値観がLGBTといった多様性に溢れている世の中で、性格や個性もグラデーションみたいに様々なのだから、病院で診断を受けようが受けまいが、「自分」であることにはかわりはない。

父は自分が理解できないことを、何か別の原因のせいにしたかったのかなと感じた。

私がもし理解できない考え方に触れたとしたら逆に、私と違う考え方で面白い!と感じたと思う。いや、父にそう思ってほしかったというのが本音だ。

少しショックだったことは、障害とひとくくりにすることで、少数派だと思われる私と一定の距離を保とうとしたことだ。

多数派に乗り換えようと行動できればいいのだけど、そこが簡単にできないのが不器用な性格だなとつくづく感じる。

ウマがあったり共感することが多い相手であっても、その人を形作っているエゴが違えば、どんなに話し合っても理解することはできない。

そのことの例を挙げるとしたら、生理がしっくりくるような気がする。
女性が男性にどう説明しても、男性側がどんなに頑張って理解しようとしても、生理の痛み、カラダのだるさを完全に理解することはできない。こればかりは女性になってみないとわからないものだ。
しかし、私からしたら、痛みを分かってほしいと思っているわけではなく、ただ単に「辛そうだね」とそっとしてくれるだけでいい。

自分が理解できないことに対して、腫れ物に触れるような気まずさが男性側にあることはなんとなく分かるため、生活している中で私からこの話題を出すことはないけれど。

ちなみにそんな中、サラッと私に「初潮いつだったの?」「ナプキンって何?」と、今日のご飯は?っていうようなテンションで昔聞いてきた兄は、なかなかファンキーだなって思ったけど、私に興味をもってくれているようで、嬉しかったし、面白いお兄ちゃんだなと、好印象だったことは覚えている。(相手との距離感やキャラもあることなので、この話題の取り扱いには充分注意してください。)

父の中では、理解できない私の性格を、障害とすることで遠ざけたかったのかもしれない。
生理が病気ではないことは世の中に浸透しているし、LGBTやADHDも病気ではなく特徴と捉える風潮になっているけれど、父の言葉からは、私の性格が病気であるというような印象を受けた。

しかし、その性格の私からしてみれば医学的な診断名をつけるかつけないかはどうでもよくて、この性格で人生をサバイブしていかなければならないのだ。

女性の身体の変化を「生理」という診断名をつけるかどうかはどうでもよくて、「お腹が痛くてあらゆることのモチベーションが下がる」という状況に対して、うまく自分の身体と向き合い、日常生活との折り合いをつけていくことの方がよっぽど重要で、クリアしないといけない課題だ。

父親から「それって障害なんじゃないの?」と言われるよりも、「なんか理解できないけど、無理しない程度に頑張れよ」と言ってほしかった。

まあ、ぶっきらぼうにものを言う所も父らしい。

父からは、私が障害をもっているように見えているのかもしれないし、仮にそう思われていたとしても、

私が父に対して思っている、真面目なお父さん、優しいお父さん、家族を大事にするお父さんであることにはかわりがなく、たとえ父が私のことを理解してくれなくても、感謝の気持ちが薄れることはない。

いつか、私の性格のことを諦めて「仕方ない」と思ってくる日が来てくれたらいいな、と思うぐらいである。

ということで、父への感謝の気持ちを忘れずに、車貸してというお願いや、歯が痛いんだけどどうしたらいい?っていう相談を、これからも父に甘えてしていこうと思う。

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