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私にヨガの先生はできません!【第十五話】ハンドメイドはやめたんだ

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【第十五話:ハンドメイドはやめたんだ】

 次の日曜日、六月九日は曇りだった。
 ジルコニアが煌めくネックレス、夏のワンピに映えそうな大きなフープピアス、ハート型のワンポイントが愛らしいブレスレット。ぱっと目を惹くアクセサリーが、丸いテーブルいっぱいに広がっている。
「これを、こっちの透明の袋につめていく感じね」
「うん。ほんま助かるわ。仕入れサイトから届いた状態のままやと、さすがに売り物として出せんくてな。慌てて台紙とOPP袋っていうその透明のやつ買いたしてん」
 友人の詩丘しおかカレンは、近くにあるダンボール箱から、届いたばかりと思われるアクセサリー商品を引っ張り出して見せてくれた。
「あー、なるほど」
 少しくすんだ透明の袋にアクセサリーが入っている。仕入れサイトから到着したばかりのはずなのに、台紙がないものだから、チェーンは袋の底でぐちゃぐちゃになり、銀色の塊と化している。ブレスレットなのか、ネックレスなのかもよくわからない。
 これじゃ、注文してくれた人の家へ配送する途中でもっと絡まる可能性もあるし、なにより見栄えがよくない。
「せっかく買ってくれた人にさ、開けてがっかりしてほしくないやん? やから、綺麗にラッピングし直そうって思ってん」
「たしかに、こっちの方が可愛く見える」
 私はカレンが黒い台紙にセットしたネックレスを丁度いいサイズのOPP袋に詰めていく。こうやって、ひと手間かけてセットするだけでうんとおしゃれに見える。
「そやろ」
 カレンが得意げに言った。
「うん! でも、この作業、地味に大変だよね」
「そやねん。一人でやってたんやけど、追いつかんくて……。ほら、注文あった後のやりとりとかもしなあかんからさ。いと葉が手伝ってくれるん、ありがたいわ」
 カレンは細長い台紙にネックレスをセットしながら言った。
「へえ! 凄い。売れてるんだね」
 私が声を上げると、カレンはうーんと唸った。
「数でいえばぼちぼちなんやけどなあ」
「ダメなの?」
「販売価格から、仕入れ値とか、ネットショップの手数料、送料とか引くと、全然残らん感じや。あたしの作業時間言えると、むしろマイナスかもしれんわ」
「じゃあ、価格を上げるとか?」
「そうしたいのは山々なんやけど、売れへんようになるやろなあ」
「そういうもんか」
「同じところから仕入れている人らが多いねん。つまり、まったくおんなじ商品がいろんなショップから出てるってことや。それやと、価格が一番安いお店から買うやろ?」
「うん。私もそうすると思う」
「やから、価格は上げられへん。でもなあ……。このままじゃ、仕事にならんよなあ。他に、なにかいい感じの商品あればいいんやけど」
 カレンがため息を吐いた。
 私はふと、思い出す。学生時代、カレンの実家に行くと、彼女の部屋の棚のところには、羊毛フェルトで作られたぬいぐるみが飾られていた。小さくてころんとしたフクロウやヒヨコ、ヒツジたちがお行儀よく並んでいたっけ。どれも可愛くて目を惹いたから覚えている。
「ねえ。そういえばさ、カレンって昔ハンドメイド? みたいなのやってなかったっけ? バスケ部の必勝のお守りみたいなのも、オリジナルデザインで作ってたよね」
「……ああ」
 私の言葉に対して、カレンは小さく声を漏らした。さっきまでよりも明らかにテンションが低くなった。
「ああいうの、欲しい人いるかもよ? フリマアプリでも見かけたことあるから。マスコットとか髪飾りとか、あと、アクセサリーも! カレン、デザインセンスあるから、売れるような気がするんだけど……」
 私はおずおずと尋ねてみる。
「もう、ハンドメイドはやってないねん」
 カレンはぽつりと言った。
「そうなの? 得意だったよね? どれも可愛かったし」
「まあ、あんときは、好きでやってたからな」
「ってことは、今はあんまり?」
「そやなあ。趣味みたいな感じやってんけど……。似合わんて言われてん」
 カレンはそう口にしながらも、黙々と手を動かし、作業を続けている。
「ええ?! 誰に?」
「ほら、あたしがさ、高校三年のときに付き合ってた先輩」
 たしか、当時大学生だった元バスケ部の……。
「ああ、鈴本すずもとさん」
「あ、覚えてるんや」
「うん。一応、名字だけだけど」
「あの人にさ、全然顔に似合わんって笑われてもうたから……。そういや、笹永さんの趣味ならわかるけど……みたいなことも言ってたわ。……言われてみれば、たしかにいと葉の方がハンドメイドって似合うよなあ。ほんで、なんの話やったっけ? ああ、そうそう。それで、そんときからは一切やってへんの。興味も薄れてしまったわ」
 カレンは視線を作業中の手元に落としたまま、淡々と言った。
「そ……」
 そんなことで? と言おうとして、ぐっと堪える。これじゃ、私がされてイヤだったことをカレンにしてしまう。
 あのとき、私の悩みに対して「そんなことを気にするなんて」と、すぱっと言ってしまったカレンの気持ちが、今になってやっと、ちゃんとわかったような気がした。
「そうなんだ」
 私は角の立たない言葉を選んで、相槌を打つ。
「だから、ハンドメイド作品を作って売るんは、却下やな。……まあ、実家にはまだ道具は残ってるかもやけど……」
 カレンの目が一瞬、泳いだような気がした。
「もし……。もし、また作ったら見せてね」
 どんな言葉をかけるのが正解なのかわからないから、私は当たり障りのないことしか言えない。なんて、もどかしいんだろう。
「そやな。とにかく今は、せっかく仕入れたこの子らをイイ感じに売ること、考えるわ」
 カレンはラッピングし直したアクセサリーの袋をひと撫でする。
「うん。でも、どうやするの?」
「これでも、一通りネットやら本やらで調べてみて、アイデアは何個かあるねん。セットにして販売するとかさ。そやから、プロに相談してみるんが早そうやな」
「聞ける人、いるの?」
「まあな。お金はかかるんやけど。この仕事やるとき、いろいろアドバイスのってもらってん。ネットショップの立ち上げの相談役してる人にな」
「へえ。そういう仕事もあるんだ」
「あたしも初めて知ったんやけど、オンラインのツールで気軽に話せるから、けっこう心強いで。経験者の体験談聞けるだけでも勉強なる」
「へえ」
 経験者、という言葉が脳裏に残る。
 私もえりかさんに相談してみようかな。
 ダメなところを聞くのって、怖くて勇気がいるけれど。

第十六話:「えりかさんの反省」へ

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