私にヨガの先生はできません!【第二十一話】物販って大変だ!
【第二十一話:物販って大変だ!】
七月五日。
ホットヨガスタジオ・Vegaの店内は、ささやかながら七夕イベントモード。
今月末までの期間限定でフロント前には、笹を飾っている。手続きをするテーブルの端に、短冊やカラフルなマジックを置いてあるから、誰でも願い事を書いて、笹の葉に吊るすことができる。
『料理が上手くなりますように』
『お金持ちになりたい』
『国家試験に受かりますように』
『年内に結婚する!!!』
青々とした笹の葉に吊るされた色とりどりの短冊には、さまざまなフォントであらゆるジャンルの願望が書かれている。
こういうのって、見ているだけでも楽しい。
私は心の中でひっそりと願う。
『もっと多くの人にレッスンを楽しんでもらえますように』
七月からホットヨガスタジオ・Vegaのレッスンプログラムは新しくなった。私はというと、六月までと同じ時間帯でレッスンを持たせてもらっている。
本社会議の日、片井さんと会ってからは、より一つひとつのレッスンに丁寧に向き合っている……つもりだ。
レッスン中には、より語り掛けるようなニュアンスを大切にしてみたり、参加してくれた人をお見送りするときには、初めての方や慣れていない方にお声掛けしてみたり、思いつくことはどんどんやった。
でも、人数は少し増えてきたかな? 程度。
えりかさんも何度かレッスンを受けてくれたけど、ここがダメというところは見当たらないという……。
理由がはっきりしないからもどかしい。やっぱり、コツコツとできることをするしかなさそうだ。
自信を失いそうになるたびに、片井さんとの会話を思い出し、自分を励ましている。
「ルイボスティー、一個売れたみたいね。あたしも買ってみるわ」
えりかさんは帰り際、そう言って、ひとつルイボスティーをお買い上げしてくれた。
「ありがとうございます! さっき、やっと一個売れたんです。なんとかして、売れる方法を考えないと……」
すでに販売スタートしてから三日が経っている。
駆け出しが良いとは言えない状況だ。この物販は、会社から私への信頼回復だけじゃなくって、片井さんの営業成績もかかっているというのに……。
「いと葉なら、大丈夫よ。思うようにやってみればいいわ。今まで本格的に物販って担当したことがないから、アドバイスできることがなくて申し訳ないのだけれど……」
えりかさんの眉がカタカナのハの字になる。
以前、サンプルとして持ち帰ったマッサージボールも、岩倉店長を含めて話し合った結果、一旦、店舗での販売は保留になっている。イマイチ、売り方が見えてこず、労力を費やしたとしても利益が見合わない可能性を考えてのことだ。
「気にしないでください。私の担当ですから、自分なりに考えてみます」
「何か、協力できることがあったら、遠慮なく言ってね」
えりかさんは、そう言って去って行った。
さっきは考えてみると言ったけど、正直ネタ切れ感がある。すでに、ルイボスティーをアピールするためのポップを作ってロッカールームやお手洗いに貼り付けてある。
つい、たくさん印刷してしまった。えりかさんから「気持ちはわかるけどちょっと多すぎるから、もう少しだけ減らしましょう」と遠慮がちに言われてしまったくらいだ。
入会者に案内するようにと、期間限定の対応としてマニュアルにも追加したし、他のスタッフたちには効果などの情報を共有して、試飲用としてもらった個包装のものを一つずつ配った。
ブログも更新したし、フロントのカウンターに実物を並べて目立つようにした。
「じゃあ、お先に」
「お疲れ様です!」
えりかさんの背中を見送りながら、これ以上、何ができるだろうと考える。そもそも、みんなルイボスティーのことを知っているのだろうか?
名前は聞いたことがある、といった感じかもしれない。私はそうだったし、会議では「飲みにくいイメージがある」と話題に挙がっていたっけ。
それなら……。
私は、姉妹店のフィットネスクラブ・Altairへと電話をかけた。岩倉店長にとりついでもらい、さっそく要件を話す。
「あの、ルイボスティーの試飲会をやってみたいんです。ちょうど、七月には祝日があるのでこの日にしたら、特別感がでていいかなって」
フロント前に小さな特設会場を作って、試飲会をやってみたら面白いんじゃないかと、ふと思ったのだ。
「ああ、いいと思うぞ」
岩倉店長はさらっと答える。
「それで、販売用の一箱か二箱、試飲用として使いたいなと思ったんですけど、念のため問題ないか確認しておきたくて」
普段、私もえりかさんもわりと自由に仕事を進めている。やってみたいことは、何でもやっていいよ、というのがこの会社の風潮だ。
だけど、お金が関係することは、岩倉店長に相談するというのが決まりだった。
「なるほど……」
岩倉店長はそう言って黙り込んだ。想像していた反応と違っていて、あれ? と首をかしげる。
「ダメ、ですか?」
「いや。アイデアはいいと思う。それさ、片井さんに連絡して、試飲用として無料でいくつかもらえないか聞いてみたらどう?」
岩倉店長が言った。
「え」
それって、ちょっと図々しくないだろうか。
私の頭の中に浮かんだのは、そんな感想だった。
「ダメなら仕方ないけど、たぶん、大丈夫そうな気がするんだよな。むしろ、試飲セットとかありそうなもんだけどな」
岩倉店長はこちらの心境を悟ったのか、そう付け加えた。
彼が言うのなら、そういうもんなのだろうか。
「一度、聞いてみます」
もう、六時を過ぎてしまっている。明日はお休みだから、明後日、電話してみよう。そう思った。
「そうしてみてくれ。ああ、それから片井さん、どこかで見たことあるなって思ってたんだが……」
「え? ご知り合いだったんですか?」
驚きのあまり、声がひっくり返る。
「違う、違う。多分なんだが、前に大学のバレーボールの全国大会に出場してたと思う」
「そうなんですか?」
たしかに、片井さんは長身だし、学生時代にバレーボール部員だったといわれても、納得だ。
「おそらく。甥っ子の試合を見に行ったときに、凄い奴がいるなって思ったんだよな。こう、プレイで目立つわけじゃないんだが、空気の流れを変えるタイプの」
「へえ」
「印象に残ってるんだ。雰囲気や声的にも彼だと思うんだよなあ。……笹永、ちょっと、聞いてみてくれないか?」
「ええ?!」
「ずっと気になっててさ」
直接、岩倉店長と関わることはあんまりない。けど、一度気になったら調べないと気が済まないタイプだということは、なんとなくわかる。
ナルシストな追求型タイプ?
「まあ……。そのくらいなら、聞けると思います」
私は了承することにした。
「ああ、頼むよ」
岩倉店長はあまり出さない嬉々とした声で言った。こういうところは少年みたい、だなんて、私はちょっぴり失礼なことを思った。
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