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読んで泣く

先ずはこれを読んで欲しい。もう既に目にした方も多いかも。


何年かに一度、こう言う生きてて良かった。きっとこれからの日本もいい国になりそう。って思える若者の活動。

何より圧倒的な文章力。
その構成、抽出された一つひとつの言葉。
どれだけの語彙から選ばれた言葉なのか。
ここに一つ、答辞と言うカテゴリーに於いて完成形を見たと言って過言ではないと思う。

実は私も中学の時に生徒代表で答辞をしたのです。
もう何を言ったのかも覚えていないけども。

この方が将来どんな仕事をして、何になるのかはまだまだ分からないけど、世界でも類を見ない複雑で繊細な日本語をここまで操る人は、きっとどんな事をやっても成功すると思う。
よく言われているが、数学をするにも先ずは国語力が必要。
思考は言語。
もちろん、これからの世の中なのでそれを英語でする事に問題もない。
が、しかし季節によって色を分け、それぞれに名前を付けて分類をする民族の末裔であり、その繊細さは日本語の難易度であり、無限の表現力である。
時に外国をカタカナでいとも簡単に取り込み、漢字で表意を行いながらもひらがなで口語とする。
同音異義語を口語で音だけなのに文脈からいとも簡単に共有できる稀有な民族。

やはり自由から創造性は生まれてくるのだと、つくづく感じる。
結果、世間で言う所の頭がいい学校にも行ける。
詰め込んで、吐き出すことが勉強だと言う時代はしっかりと終わっているのだと感じた。
これは本当に喜ばしい。
何十年も遅れを取っている事は否めないけども。

この作者のように、自由に羽ばたく若者が壊される事がなく動ける場を海外でなく、日本で作ってあげられればいいのに。

どうしても、まだ俗に言う”老害”的な価値観に染まっていることが多くて、遠くに、高くに飛べる子ほど日本は窮屈だ。
ダメな大人がダメな日本にしたのも事実だ。
ある意味、この失われた数十年は第二の敗戦なのかもしれない。
日本は何も残ってない。
目に見えない焼野原なのだ。

そんな中、やはり原爆の後に広島で新芽を出した植物のように、人の想像を超えるのは常に若い人。
納税もせずに滑稽な言い訳を毎日全国に放映されても平気な大人達を尻目に、未来に向けて立ち上がる。
卒業は旅立ちなのだと、改めて感じさせる出来事でした。

18歳に人生を教えられました。
きっとたくさんの人がそう感じるはず。
彼の人生はそんな人たちの感謝と祝福に溢れている。
幸せにならないはずがない。

4月から鬱を卒業して、娑婆に戻ります。
こんな若者が生きてる世界なら、せめて先に雑草をむしっておく位の私の力があってもいいのかな。
きっと、彼らが良き道を作るはず。

自己肯定が爆上がりします! いつの日か独立できたらいいな…