濃淡に導かれて”どこでもないどこかへ”
紙と鉛筆1本で、こんなにも深い世界に!
ちひろ美術館・東京で現在開催中の展示『ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ』を観に行ってきました。
西武新宿線に乗って上井草駅へ。電柱の案内の通りに道を曲がれば、緑に囲まれたちひろ美術館が顔を出します。
2階建て、お庭付きの可愛らしい美術館。いわさきちひろさんの絵が飾られている常設展や、ちひろさんの作業部屋も観ることができます。
絵本カフェも併設されていますよ。おやき食べたかったなあ。
さて今回の展示はショーン・タンの日本初個展。
そもそもショーン・タンって、だあれ?
ショーン・タンとは
1974年オーストラリア生まれ。イラストレーター、絵本作家、さらには自身の作品が映画化した際には舞台監督まで、彼の活動の幅はとにかく広い!ピクサーの『ウォーリー』にもコンセプト・アーティストとして参加しています。お父さんは建築家でお母さんは画家。小さい頃から絵を描くことが好きで、高校生の頃にSF雑誌の表紙を描いて、それが初めて絵で収入を得た経験なんだとか。
彼の作品はどこか奇妙なんです。現実世界と不思議な生物や街が溶け込んでいる。こう書くとファンタジーという単語が思い浮かぶけれど、個展では一切その文字を見ませんでした。それにそう思うことも無かった。
どちらかというとわたしはパラレルワールドに近い感覚を抱きました。人間が中心の世界だって思っているのはきっと人間だけだよね、なんて考えたことがあるひとはきっと好きな作風なんじゃないかしら。
絵のバリエーションが豊か
絵が詳しくないひとにも楽しめる展示だと思うんです。
「これもショーン・タンが描いたの?」
そんなことを思いながら展示を観て回りました。
絵本ごとにいくつかの絵が展示されているので、自分のお気に入りの一角というものに出会えるのではないでしょうか。
最初に観た『内なる町から来た話』は100×150cmの油彩。大きなキャンバスに描かれているのは人間と動物。これは都市を舞台にした現代の寓話。
一番最初に飾られていたのは明るくない絵。白とグレーが全体を大きく占めている『クマとその弁護士』がとても印象的でした。クマの手を引くのは人間だけど、この絵にはクマが多くの訴状を持って人間を訴えるというストーリーがあって。キャプションを読む前に感じる絵のイメージとキャプションを読んでから感じる絵、どちらも好きだった。
恋人は『ムーンフィッシュ(キンカガミ)』が展示の中でもいちばんのお気に入りだったようで、家にミニキャンバスアートがやってきました。
15×20cmの小さなキャンバスに油彩で描かれた世界各国の都市も素敵だったなあ。油彩画こそSNSの写真や図録と本物で大きく差があるものだと思います。近付いてみたり、離れてみたり、それだけで観えてくるものが変わってくる。
近くで観てもよく分からないぐにゅぐにゅの形が、遠くから観れば坂道を降りてくるカラフルな車になるんだよ。おもしろいなあ。
『アライバル』目当ての方、多かったんじゃないかしら。
5年の歳月を経て描かれた6章からなる移民の物語。
全128ページの字のない本。
制作過程が素晴らしかったんです。
油彩画を観た後だったから、モノクロの緻密で写実的な絵(だけど奇妙な世界だし奇妙な生き物もいる)を観てびっくり。なんだこれ。え、鉛筆で描いているの?
現実には無い世界。それを作り出すために新聞や雑誌でコンセプト・コラージュを作ったり。自分自身をモデルに写真撮影をして絵を描いたり。
あと絵コンテがとっても綺麗。字のない本だからこそ、絵コンテには余白にいっぱい文字が書かれていました。この字も綺麗だったなあ。走り書きじゃないんだね。
鉛筆一本で描かれた世界だとは思えないほどに深く、魅力的でした。鉛筆の濃淡が生み出すショーン・タンの絵はじっと眺めていると吸い込まれそうになります。カメラのピンボケのような表現も印象的だったなあ。
キャラクターが好きなひとなら『エリック』がお勧めです。
エリック、可愛いんですよ。
ピーナッツを鞄代わりに手に持ってやって来るエリック。実は交換留学生なんです。なんて愛らしいんでしょう!
鉛筆で描かれる原画はどれもこれも可愛らしかったのですが、そのなかでも鉛筆と色鉛筆で描かれた1枚の絵が特に好きでした。色鉛筆の色でこんなにも明るいって思うんですね。眩しいって感じられるんですね。
原画はもっときらきらと光っていました。綺麗だなあ。
『エリック』は『遠い町から来た話』にも収録されています。
最新作の『ロスト・シング』はアニメーション寄りの絵。実際にCGで短編アニメーション化もされていて、さらにはアカデミー賞短編アニメーション賞も受賞しています。
日本でも話題の『セミ』は粘土の立体作品もありました。
わたしが好きな作品は『夏のルール』です。
ふたりの少年が過ごした夏の経験と、そこから学んだルールが描かれています。絵に対して書かれている言葉の組み合わせがとても好き。
せっかくの計画を台なしにしないこと。
たくさんショーン・タンの作品を観て、わたしがいちばん印象に残っているのは美しい犬の絵。
綺麗な色使いだなあと思って観ていたのだけれど、この絵のストーリーを知ってしまうと犬の背中が寂しく映るんですよね。
綺麗な色のお花が咲き乱れる草原にいるわけではなく、この赤は火の粉なんだなあ、と。燃えている家を見つめる犬だったなんて。
1枚の絵から感じる独創的な物語。わたしがショーン・タンの絵を好きだなあと思う理由って、この部分なんだろうなあ。
ちひろ美術館・東京では7月28日までの開催ですが、このあと巡回展も行うみたいなのでお近くの方はぜひチェックしてみてくださいね。
いま人気の体験型じゃなくても「楽しかった!」とにこにこして帰れる、そんな展示でした。
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