Komorebi_essai

フランスの厳しい外出規制で人と触れ合う機会が一旦失われて初めて、人との関わりがいかにか…

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フランスの厳しい外出規制で人と触れ合う機会が一旦失われて初めて、人との関わりがいかにかけがえのないもので、いかに一日の活力の一部をなしていたかということを痛感した。そこで、私という人間から見える日常の富を文章に留めようと思い立った。読んで下さる方の心に響くものがあったら幸いです。

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自分の正義と他人の正義

ある人と関わった。いまだ会ったことのない類いの人間だった。本人が言うこと、書くこと、他人から聞く話、必ずどこかが矛盾しているのだが、本人はまるで気づかない。いや、意図的か。だとしたら、破壊的だ。 物事を進めようとするとき、やはり、矛盾のない、筋の通った判断をしたい。そう考える自分と折り合うはずがない。難儀した。幸い、仲間に恵まれ、何とか乗り越えた。 暗闇にひとつの球体が浮いているとする。それが真実だとすると、ある人からはその球体を照射した箇所のみが見えている。またある

    • 目に見えない宝物 ~小澤征爾パリ公演の思い出

      2015年7月初旬のこと。前年パリ市内に開館したばかりの、Louis Vuitton 財団の音楽ホールへ向かった。建築家フランク=ゲーリーが手掛けた、帆船の形をしたアートと音楽の発信地である。その地で小澤征爾が指揮をするという。それが私にとって生涯忘れがたい、最初で最後の小澤の公演となった。体調の悪化で直前のスイス公演がキャンセルになり、パリ公演も危ぶまれたが、無事開演してくれたことに心から感謝したい。 演奏者は、2004年に小澤が創設した音楽塾「小澤征爾スイス国際アカデ

      • 痛み止めの服用にまつわるミニ考察

        膝を痛めた。歩くと膝下の関節あたりが疼く。不意に膝を打ったか、もしくは運動で酷使したか。覚えがない。子供を森に遊びに連れて行った帰りに、スーパーに寄った。無理して階段を下りたら激痛が走った。エレベーターに乗ればよかったと後悔したが、時すでに遅し。その夜、鈍痛が続き、よく眠れなかった。痛くて寝返りが打てないからだ。 翌日、夫が頭痛薬を勧めたが、服用しなかった。というのも、膝の痛みは身体のSOSサインであり、それを受け止める(=休む)べきだと考えているからだ。痛み止めを飲むこと

        • 負の感情から抜け出すには 〜音楽の力

          自分の努力に対して、恩を仇で返すような仕打ちをされ、珍しく落ち込んだ。考えれば考えるほど気が沈む。暗く深い霧の中に迷い込んだようだった。 自分は何をしたのだろう。あの人はなんと器が小さいのだろうか。そしてこの器の小さい人から受ける影響はなんだろう。憤りさえ感じ始めた。子供が私の頭を撫で、慰めてくれた。少し癒やされた。 それでも不快な気分は留まったままだった。負の感情の渦に巻き込まれていきそうになる。 耐えかねて、偶然目にした坂本龍一の「美貌の青空」を再生した。1音1音が

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        自分の正義と他人の正義

          席を譲ることの難しさを考える

          外出からの帰り、バスに乗り、後部座席に腰掛けた。日が暮れ、車内は薄暗い。しばらくすると、70代くらいの男性が私の席のすぐ横に立ち、つり革につかまった。少しふらついたように見えたので、私は男性に声をかけた。 ― お席どうぞ ― え?あ、私?いや、大丈夫です。 ― どうぞ、どうぞ。 (私は席を立ち、反対側に移動した) ― いや、ほんとに大丈夫ですよ。 ―  私、次の次で降りますから、どうぞ。 ― ( すると男性が私の顔を覗き込み) 僕、そんなに年寄りに見える? ―

          席を譲ることの難しさを考える

          善とは 〜魚屋での出来ごと

          高台にある幼稚園へは朝夕なるべく歩いて行ったが、雨が降ると車でわが子を送った。道中、細い道があり、大幅に減速しなければ車がすれ違うのは難しい。 ある雨の朝、この細道を下って来た車が、上る私の車に気づきながら、停止線で止まらず、こちらに突っ込んできた。やっとの思いですれ違っても、運転手はお詫びの意思表示に片手を挙げることさえしない。「あの車ダメだねー」とわが子が小さな声でつぶやいた。天気がよいと人は機嫌が良いからか、人や車に道を譲る心の余裕が生まれるが、雨が降るととたんに運転

          善とは 〜魚屋での出来ごと

          夜の車内で聞いた身の上話

          8月のある夜、私は、我が子と羽田空港行きのシャトルバスを待っていた。すると、寡黙そうな若い外国人男性が、私たちのいるバス停付近のベンチに腰掛けた。手ぶらだったので、羽田空港から来るバスを待っているのだろうかと思案していたら、定時を過ぎた。バスは来ない。それから25分経った。私はさすがに焦り始め、その男性に話しかけた。空港行きのバスが来なければ電車で行くと彼が言うので、タクシーをシェアしないかと持ちかけたら快諾してくれた。その男性が呼んだタクシーに乗り込む。こちらは子連れにスー

          夜の車内で聞いた身の上話

          災い転じて福と為す ~車の故障から考える

          いつ自由というものを感じるかと聞かれ、運転する時と答えたことがある。車があれば自分の好きな時に行きたい場所へ行ける。お気に入りの音楽を聴きながらハンドルを握る車中は、さながら動く自室のよう。 ある日の午後、快適に国道を走っていたら、ハンドル横の表示画面に突然、見たことのない警告の文字が表れた。足下から小刻みな震えを感じる。どうやらエンジンから来ているようだ。何かがおかしい。ハザードランプをつけたまま、のろのろ運転で帰宅した。 表示された警告内容を車の付属冊子やインターネ

          災い転じて福と為す ~車の故障から考える

          ボイスメッセージ

          ボイスメッセージを残すのが苦手だ。録音ボタンを押していざ話そうとすると妙に構えてしまい、的確な言葉がなかなか出てこない。感じたことを瞬発的に言葉にするのが不得手だからだろう。たまに、話す相手が深く考えることなく、感じるままに感情や考えを口にするのを聞いて、感心したり、驚いたりすることがある。 書く方が気が楽だ。心の中にあるもやもやとした感情の渦が、文字にすることで少しずつ姿を現す。そこでようやく、自分が感じていた何かを認識する。認識するのに時間がかかるのだが、書くことで救

          ボイスメッセージ

          本より経験の方が大事? 〜車中の哲学対話

          よく分からないことがあると小学生の我が子に尋ねてみる。 ある朝、学校へ送り届ける車の中。 私:お友達に本が好きじゃない子っている? 子:いないよ。 私:へー、いないんだ、いいなあ。ママは本が好きじゃない人と話したことがあってね。ママが森鴎外という昔の作家の本が好きでハマっていると言ったら、その人は、本を読むより経験する方が大事だと言った。経験はéxperienceのことね。つまり、家で本を読んでいるより外に出ていろんなことを経験する方が大切だって言うのよ。ママはそ

          本より経験の方が大事? 〜車中の哲学対話

          ようやく見つけた私のドルチェ ~音探しの旅

          どうしたものだろう。演奏会まであと1週間しかないというのに、曲の中盤が合っていないとピアノ伴奏者に言われてしまった。何回やっても彼女は頭を横に振った。前回noteに書いた例のドルチェdolceのくだりだ。私はこのドルチェが曲の要だと思っていたから、伴奏者の違和感をどうしても払拭したかった。自宅で譜面を読み直し、何度も録音を聴いた。違和感の元はどうやら、相方のフルーティストとのドルチェに対する解釈の違いにあった。 ドルチェに至る前の箇所は、piu animatoとある。イタ

          ようやく見つけた私のドルチェ ~音探しの旅

          私のドルチェ 〜音探しの旅

          人の思いがけない一言に虚をつかれたことはないだろうか。 私は、あるコンサートに向けて練習を重ねている。先日、ピアノ伴奏者の自宅で初顔合わせをした。グランドピアノが置かれた部屋の壁には額に入ったコンクールの賞状が所狭しと掛けられている。合わせ練習を始め、曲の中盤にさしかかった頃、その一言は発せられた。 「ここはドルチェdolceよ。あなたのドルチェはずいぶん現実的réelね」 現実的。彼女の鋭い指摘に思わずはっとした。自覚がある。そのドルチェの箇所は演奏していて気持

          私のドルチェ 〜音探しの旅

          しのびよるエネルギー不足の影

          郵便受けを開けると、小さな紙が一枚入っていた。冬の暖房に関する管理組合の提案書だった。10月中旬からレジデンス一帯の暖房の設定温度を18度に下げるという。 昨今の国際情勢により、深刻なエネルギー不足に直面する欧州。今月初めにフランス政府が国民に対して発表した省エネ対策の一つが、暖房温度を19度に設定するというものだ。組合の提案はこれを受けたもの。1度下げると7%のエネルギー消費削減になるそうだ。 先日知り合いと立ち話した際、エネルギー不足が話題に上った。エネルギー価格

          しのびよるエネルギー不足の影

          真夏の夜の夢~野外音楽祭

          初夏のこと。ある音楽祭が地元で初めて開催されることを市報で知った。演目を見ると、なんと、あの伝説のピアニスト、マルタ=アルゲリッチが来るではないか。彼女の演奏を生で聴いてみたい。でもその日は学年末で忙殺されていて無理だろうと、はなからあきらめていた。ところがコンサートの当日、ピアニストの友人からメッセージが届いた。「今朝サイトを見たら、チケットが残っていたから即買ったわ。息子も一緒に行く」激しく心が揺れた。これはもう行くしかない。出先だったため、必要な情報が手元になくオンライ

          真夏の夜の夢~野外音楽祭

          生きているという実感 〜心臓の鼓動から考える

          ベッドに横になっていると、我が子がよじ上って来た。私に背を向け、くの字になる。後ろから抱っこすると、私の手がちょうど子の心臓の上に来た。「昔ママのお腹にいた時、パパと初めてあなたの鼓動を聴いたのよ。精悍な馬が草原を駆け抜けるような、速くて力強い音でね。驚いたわ」と私が言った。すると、「ママ、心臓の音を聞いてみて」と言うので、子供の背中に耳を当てた。結構な速さでドクドク言っている。「ママの心臓の音も聞いてみてよ。どっちが早いかな」と私が言うと、我が子は私の鼓動に真剣に聞き入った

          生きているという実感 〜心臓の鼓動から考える

          公園での出会い 異国の地で母親になるとは

          パン屋でサンドイッチを買い、子供と公園に向かった。敷地内の大きな花壇のまわりに、白い石のベンチがいくつも設置されている。そこでランチをしようと考えた。ところが、唯一空いていたベンチに、ベビーカーを押しながら前を歩いていた女性が先に腰掛けてしまった。少し逡巡した末、隣に座って良いか尋ねた。すると「英語話せますか。フランス語が分からなくて」と困惑した表情で彼女が答えた。相席して、バゲットをほおばりながら話をした。聞けば、一週間前にフランスに来たばかりだと言う。私がフランスに来たて

          公園での出会い 異国の地で母親になるとは