自由と混沌のバランス ~公共プールにて
受付を通り、更衣室手前のベンチに腰かけて靴を脱ごうとしたら、そこでおしゃべりしていた高齢女性や男性が、やおら服を脱ぎ始めた。
自宅で水着に着替えて来たから更衣室に行かなくてもいいということなのだろう。太ももが露わになっている。フランスに住む彼らの大胆さと合理的な考えに妙に感心しながら、私はロッカールームに向かった。
すると今度は、水着姿の女性が全身ずぶ濡れのまま階段を下りてきて、受付の方へ出て行った。今日は妙な日だなと思いながらロッカーに荷物を入れようとしていると、通路でズボンを脱ぐ高齢女性や男性が目に入ってきた。もう見慣れて何とも思わない自分に気づく。
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ある日のこと。「痛い、痛い!」と手の甲を抱えて悶絶する中年男性がいる。どうやら、水泳中に前を行く大柄なおじいさんに手を蹴られたらしい。過去に同じ経験があるので辛さがよく分かる。手の甲に鈍痛が走るのだ。おじいさんに文句を言ってやろうと彼が壁際で待ち構えている。
「ムッシュー、ムッシュー!」
ゆっくりと水中をUターンするところに懸命に声をかけるが、おじいさんは一向に止まる様子がない。大きな亀の甲羅のような背中を見せながら、何事もなかったかのように静かに岸辺を離れていった。
怒り心頭の彼は、急いで脇のはしごを上り、早歩きで反対側の壁まで行き、おじいさんを制止しようとするも、失敗。聞こえないのか、無視ししているのか。中年男性は元の場所に戻り、またおじいさんに大声で抗議するも報われない。結局、彼は諦めてその場を立ち去った。
私の場合、完治まで1か月かかったが、彼のあの痛そうな様子を見るともっと長くかかるかもしれない。
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またある日のこと。シャワー室に行くと、60歳くらいのおばさんが腰を曲げて足を洗っていた。よく見ると、水着の肩紐を腰まで下ろしているから、太ももに押しつぶされた右胸が露わになっている。
しばらくして、タオルを取りにシャワー室の出口に並んでいるフック掛けに行き、全身を拭きながらふとシャワー室を見ると、なんと、全裸のおばさんの後ろ姿が目に飛び込んできた。右手を垂直に伸ばして、脇の下を悠長にタオルで拭いている。壁を挟んで右横には、それとは知らずにのんびりシャワーを浴びている男性がいる。
あまりのカオスぶりに頭がくらくらした。
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自由と混沌の境界線はもちろん、人によって異なる。が、目の当たりにするとなかなかの衝撃だ。限界だと思っていた自分の境界線が、他者によってまたぐっと広げられた。それはバランスというのか。単なる免疫か。
また全裸のおばさん以上の何かを目撃したら、いったい自分はどう感じるだろう。常に試されている(気がする)。