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愛と美と官能の女神アプロディーテ― ~変容と成長をもたらす錬金術師 ギリシャ神話編⑧

ギリシャ神話の女神シリーズもいよいよ終盤。7番目に登場の女神はアプロディーテ―です。アプロディーテ―という名前にピンとこない人もヴィーナスと聞いたらお分かりになることでしょう(ローマ神話ウェヌスの英語呼び)。愛と美と官能の女神です。

アプロディーテ―は、今まで取り上げた自律的な処女神たち(アルテミス、アテーナ―、ヘスティア)、関係性重視の女神たち(ヘーラー、デーメテール、ベルセポネー)の両方の性質をいくらか持ちつつもどちらの女神グループにも属さない、独自の特徴を備えています。

なにものにも縛られず、自由に好きなことをするという点では自律的な処女神たちと似ています。しかしアプロディーテ―は自ら関係を求め、男神らと結ばれたり、子どもを持ったりします。その点では関係性を重視する女神と似ています。しかしアプロディーテ―は自分が望まない相手の犠牲になることはなく、関係に縛られたり、執着することはなく、常に自由にふるまいます。

つまりアプロディーテ―にとって魅力ある相手との関係は重要ですが、その関係のあり方は長続きするものではなく、ある種の化学反応のようにいっとき強烈な欲望を燃え上がらせ、新しいものを生み出すと次へと移っていくのです。

彼女の愛の表現は性的なものに限られません。互いをもっと深く知りたいという欲求に基づき、プラトニックな愛、魂のふれあい、深い心の交流という形でも表され、関係性のなかで互いの創造性を刺激し、成長や変容をもたらすものでもあるのです。


【アプロディーテ―の神話】

アプロディーテ―の出生についてはホメロスとヘシオドスの語った2説があります。ホメロスでは、ゼウスと海のニンフであるディオーネ―の娘であるというシンプルなもの。

ヘシオドス版は異色です。オリュムポス第一世代のクロノスが(第二世代ゼウスの父)その父ウラーノスの男根を斧で切り落とし、その精液が海の水と混ざり白い泡となって、そこからアプロディーテ―が生まれたと言われています。

海に孕まれ成熟した姿で生まれたアプロディーテ―を西風ゼフィロスがキュプロス島に運びます。ルネッサンス時代に描かれたボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」はその場面を描いたものと言われています。

そしてキュプロス島の女神たちにオリュムポスに連れていかれたアプロディーテーはオリュムポスの神々の仲間入りをしました。あまりの美しさに多くの神々が心奪われ結婚を申し込みましたが、アプロディーテ―は足の悪い職人の神、鍛冶場の炉の火の神ヘーパイトスを伴侶に選びました。彼らの結婚は美と職人の統一を象徴しており、そこからさまざまな芸術が生まれたと言われています。


しかしアプロディーテーは夫だけでは満足せず、夫以外にもさまざまな神々と情事を重ねます。軍神アレースとも結ばれ、愛と戦いの結合の結果、ハルモニア(調和)、デイモス(恐怖)、ポポス(敗走)が生まれます。また神々の使者ヘルメースとも結ばれ、両性具有の神ヘルマプロディートが生まれます。


またアプロディーテ―は人間の男たちとも情事を重ねたり、ときには助けたりしています。詳しくは触れませんが、神々しい肉体を持ったアンキセースを誘惑し、のちにローマ建国の祖となったアイネイアスを孕んだとも言われています。

また若くてハンサムな狩人アドーニスをベルセポネーと奪い合ったと言われています。アドーニスはアプロディーテ―といることを好み、それを不満に思ったベルセポネーはアプロディーテ―の恋人軍神アレースを焚き付けます。アレースは獰猛なイノシシに化けてアドーニスを殺してしまいます。


またアプロディーテ―は、人間の女たちにもさまざまな影響を与えました。とくに、自分への崇拝を怠ったものや、アプロディーテーの美にもまさるといわれているような女性に対しては手厳しく罰を課したり、試練を与えたりしています。

そのなかでもプシュケーの話はよく知られています。この話「アモールとプシュケー」はまた別の機会にお話しすることにしますが、アモールの母であり、プシュケーの姑であるアプロディーテ―は夫アモールを取り戻したいプシュケーに対して厳しい試練の数々を与えます。

プシュケーはすべての試練を乗り越え女性として成長し再びアモールと結ばれます。美しいプシュケーに嫉妬し、いじわるな側面をみせるアプロディーテ―ではありますが、プシュケーに成長と変容をもたらす存在でもあったのです。

【アプロディーテ―元型の特徴】

アプロディーテ―は生殖と豊穣の女神とも言われています。すなわちアプロディーテ―元型は女性の創造的営み生殖本能の両方に関わっています。女性が恋に落ちるとき、性的な欲求が湧いてくるとき、まさにその人のなかでアプロディーテ―元型が働いているということです。

生殖本能については、デーメテールタイプのように母になりたいという気持ちに突き動かされてというより、もっと官能的な性に対する欲望や衝動に基づくものです。


アプロディーテ―が活性化されていると、何かに魅力を感じるとそれを自分のなかに取り込みたいという衝動がおき、それを取り入れ自分の内にあるものと溶け込ませることによって、新たなものが生まれてくるというプロセスを辿ります。


それが体レベルで起きると子を宿すことになり、体レベルではないところでは、なにかしらの創造的な成果物、アイデア、音楽、アート、発明、文学などが生み出されるということになります。

心惹かれるものに夢中になっているとき、なにかしらのクリエイティブな活動に没頭しているとき、あらゆる感覚が目覚め、ゾクゾクするような快感、イキイキとした喜びを感じることはありませんか?

このように感覚的、官能的なあり方で、なにものにも縛られず、開かれた感覚に身を委ね、身も心も生きている喜びに満たされるような恍惚感を味わうなら、まちがいなくアプロディーテ―元型が強く働いているのだと言えるでしょう。


【アプロディーテ―元型を生きる人の特徴】

アプロディーテ―元型を生きる人の典型的な特徴は、持って生まれたカリスマ的魅力です。本人は周りの男性を誘惑しているわけではないのですが、彼女の魅力に周りの男性が磁石のように吸い寄せられてしまうのです。


小さい頃から、どんなふうにすればみんなが喜ぶのか本能的にわかっています。恥ずかしがりやではなく、みんなの関心の的になったり、ちやほやされることを好み、楽しみます。「可愛いおませさん」といった女の子のイメージでしょうか。男親を夢中にさせ、どこへ行くにも自慢の娘を連れ歩くかもしれません。


思春期になって、セクシュアリティーが前面に現れてくると少し様子が変わってきます。父親は性的な魅力を持ち始めた娘に戸惑いや不安を感じて、娘のボーイフレンドに神経を尖らせたり、行動や服装などについて干渉し、厳しくコントロールしようと過剰反応してしまうことがあります。

母親は娘の魅力に脅威や妬ましさを覚え、まざままな形で張り合ったり、妨害したり、貶めたりして娘を傷つけてしまう場合もあります(まるで白雪姫の継母のように)。

アプロディーテー元型を持つ女性にとって思春期~十代後半は、非常に大切でしかも難しい時期です。内側から沸き起こってくるアプロディーテ―の力、つまり性的な衝動や欲求をどう扱えばよいのかわからないからです。抑制がきかなければ、異性との関係も思ってもいない方向に展開したり、望まぬ妊娠を招くことにもなりかねません。

また社会的文化的背景によっては、自分のセクシュアリティーからくるもろもろの情動に罪悪感を抱き、抑圧してしまう場合もあります。その場合は、性的魅力を振りまく同性に対して、嫌悪感を持ったり、批判をするなど、アプロディーテ―元型は影(シャドウ)として歪んだ形で現れるでしょう。


もし、親が娘のアプロディーテ―の性質に過剰反応せず、おだやかに肯定的に受け止め、適切なガイダンスや制限を与えるならば、それは娘にとって、この難しい時期を切り抜ける必要な守りとなります。


アプロディーテ―元型がヘーラー元型と共に働くと、アプロディーテータイプの女性は結婚へ導かれ、安定した関係性のなかでセクシュアリティーを表現していくことができ、円満な夫婦関係が築かれていくことでしょう。


しかしアプロディーテ―元型が強く、ヘーラー元型が働いていないと自由奔放な恋多き女として次々と相手を変えていくことになり、特定の人との安定したパートナーシップを築く方向にはいきません。
情熱の向かう先が、男性ではなく、なにかしらの創造的な活動に向いていて、伴侶がそれを理解し、彼女が自由に活動できるようにサポートしているなら別ですが。


アプロディーテ―が、ヘーパイトスやアレース、ヘルメースなど、創造的で個性的ではあるけれど、性格的に癖があり難しい男性神と関係を持ったように、アプロディーテ―タイプの女性も、個性的だけれど癖のある男性を選びがちです。そもそも安定した関係を望んでいるわけではなく、互いの魅力に惹かれ合って刹那的に情熱の火花を散らす、そんな関係性のあり方なので、長続きはしません。


アプロディーテ―タイプの女性が男性と真に関係を育んでいきたいと思うならば、刹那的に相手を求めるのではなく、不完全な相手を受け入れ愛することを学んでいく必要があります。


アプロディーテ―タイプの女性が母親になった場合、子ども目線に立ち、子どもと一緒に楽しむことができます。子どもの個性を決めつけず大切にし、可能性の芽を伸ばします。子どももそのようなアプロディーテ―タイプの母親が大好きで、情熱的に褒められることで自信を得ます、ただし、母親自身の情熱のあり方次第で、子どもに気持ちを向けたり、向けなかったりするなど関わりに一貫性がない場合は、かえって子どもを混乱させ、健全な愛着関係を育むことができません。子どもの育ちに大切な一貫性と安定性は、デーメテール元型が共に働いていることで得られるのです。


自分の本来の魅力が外見上のものだけではなく内面によるものだと気づいていないアプロディーテ―タイプの女性は、中年期になると外見上の若さや美しさが色あせることに対して怖さや焦りを感じます。

男性以外に情熱を傾けることができる対象、例えば創造的な仕事や活動をしているアプロディーテ―タイプの女性にとって、中年期はそれほど困難な時期ではなく、むしろ油がのっている時期と言えます。年齢を重ねても興味をひくことに対して夢中になることができ、経験を積むことによってさまざまなスキルも表現力も増しているからです。


いくつになっても美しいもの愛するものに心をときめかせることができるという自身の内面の魅力に気付いているアプロディーテ―タイプの人は、晩年になっても内なる創造性を様々な形で発揮しながら、心豊かに生きていくことができます。


アプロディーテ―元型の難しさは、自らに湧きおこる性的な結びつきに対する抗いがたい欲望と、他者のなかに官能的なエネルギーを生み出す傾向があることです。アプロディーテ―に同一化してしまうと、欲望のままに振る舞うことで社会的な枠を外れ、そのことで非難されたり、男をたぶらかす悪い女と見られて、自尊心を傷つけられる場合があります。


また、セクシュアリティーに対して否定的な環境で育つと、自分の性的な興味や魅力を良くないことと捉え、それらを抑圧し、極力表に出さないようにしてしまいます。そうして意識から自らのセクシュアリティーや官能性を締め出すことで、本能から切り離され、本来の生命感を失ってしまいます。


もし、すぐに誰かを好きになってしまったり、性的な欲求に流されやすいことに悩んでいる女性がいるとしたら、罪悪感や自己否定の気持ちを持つ必要はありません。アプロディーテ―元型のパターンがあなたのなかに強く働いているのだと知ってください。

知らないままだと元型に振り回され続けますが、いったん、そうした元型が自分の内側で働いているのだとわかると、罪悪感から解放され、それとうまく付き合っていく方法を意識的に模索していくことができます。

余談ですが、アプロディーテ―元型の人というと、私の頭のなかには、瀬戸内寂聴とオノヨーコが浮かびます。瀬戸内寂聴は出家することで、アプロディーテ―の力を意識的に創造的な作家活動に向けていったのではないかと思うのです。

オノヨーコとジョン・レノンは互いにその結びつきによって化学反応を起こし、さまざまなものを生み出していきました。なにものにも縛られない自由さで、晩年になった今も心の向かうままにクリエイティブな活動を続けているオノヨーコの姿にはいつもアプロディーテ―を感じてしまいます。


アプロディーテー元型に限らず、ひとりの女性の中でかりにひとつの女神元型が支配的であるとしても、他の女神元型も実は潜在しています他の女神を意識してみることは、他の女神の協力を得るということ。ひとつの元型に過剰に支配されず、他の女神の要素を補ったり、修正を加えつつ、主になっている元型の特質を活かしていく道もあるのです。

私たちは、文化や社会といった外側からの影響を受けるだけではなく、内側に働く元型からも多大な影響を受けています。

そして心の奥深くで息づいている目に見えない元型の不可解な働きは、こうしてギリシャ神話の女神になぞらえることで、生き生きとした形で捉えられるように思います。

女神たちは、女性たちひとりひとりの心のなかで主導権を握ろうして、戦うこともあれば、手を携えることもあります。今まで君臨していた女神が別の女神に席を譲るということも起きてきます。

葛藤に苦しみ、悩んでいるときは、「今、私のなかの女神たちはどうなっているのだろうか?」という視点で捉えてみると、解決の糸口が見えやすくなるのではないかと思います。

最後に、今回のテキスト「女はみんな女神」(ジェーン・シノダ・ボーレン著 村本詔司・邦子訳)から女神を呼び出す祈りを紹介します。

「ホメロスの賛歌はある女神の外見や性質や行いを述べることによって聴き手の心のなかにイメージを作り出す。そうすると女神は招かれ姿を現し、家の中に入って祝福を与えたりする。古代ギリシャ人たちは今日の私たちにとっても参考となるものを知っていた。すなわり女神たちはイメージすることで呼び出せるのである・・・・ 意識的に努力して、彼女の存在を見、触れ、感じ、創造を通して彼女に焦点を当てて~彼女の特別の力を頼むのである、例えば次のような祈りである。」

アテーナ―よ、いつまでのこの状況ではっきりものを考えられるように力をお貸しください。

ベルセポネーよ、私が心を開いて受け入れられるように力をお貸しください。

ヘーラーよ、本気になって関わり、忠実であれるように力をお貸しください。

デーメテールよ、辛抱強く寛大であることを教えてください。良い母親であれるように力をお貸しください。

アルテミスよ、遠くにある、あの目標に集中していられるようにしてください。

アプロディーテ―よ、私のからだを愛し、楽しめるよう力をお貸しください。

ヘスティア―よ、おそばにいてくださり平和と平穏をもたらしてください。     


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