乙女コレーから成長し冥界の導き手となったベルセポネー ~永遠の少女から老賢女への変容 ギリシャ神話編⑦
無料マガジン「神話と物語から生きる知恵を汲む」では、現在「女はみんな女神」(ジーン・シノダ・ボーレン著、村本詔司+邦子訳)をテキストにして、私たちのカウンセリングルームで昨年度行った講座をまとめたものを順次アップしています。
概要については下記をご覧ください。
前々回から関係性重視の傷つきやすい女神たちを取り上げています。
前回は突然娘コレ―をさらわれて、深い悲しみの彷徨から、娘との再会を果たし、復活した母親元型としてのデーメテールのお話でした。
今回は、その娘コレ―、のちに冥界の女王となったベルセポネー(冥界に行ってからの名前)についてです。
【ベルセポネーの神話】
乙女コレ―(ベルセポネー)はある日、野原で妖精たちと花摘みをしていました。美しい水仙の花をみつけ、その花を摘もうとしたその時、突如大地が裂け、黒い馬に乗った冥界の王ハーデースが現れ、地下世界に連れ去られてしまったのです。
娘の叫び声を聞いた母デーメテールは急ぎ駆けつけますが、時すでに遅く、娘の姿は消えていました。
その後のデーメテールの深い悲しみと彷徨については、下記をお読みいただければと思います。
一方冥界に連れ去られたベルセポネーは丁重に扱われますが、自らの意志で暗い冥界に来た訳ではないため、ハーデースの求めを受け入れようとはしませんでした。
そのことに痺れを切らしたハーデースはザクロの実を渡し、空腹のベルセポネーはそれを食べてしまいます。
神々の間では冥界のものを口にしたものは冥界に住まなければならないという掟がありました。
一方、悲しみに暮れたデーメテールは穀物の女神としての働きを行わなかったため、地上には何も実らなくなってしまいました。
この状況を黙って見ておられなくなったゼウスは、使者ヘルメスをハーデースの元に遣わせ、ベルセポネーを母の元に戻すよう命じます。
この命令によって、ベルセポネーは母の元に戻ることになりましたが、すでに冥界のザクロを1/3食べてしまっていたために、完全に地上に戻ることはできませんでした。
一年のうち2/3は母のいる地上で暮らし、1/3は冥界でハーデースの妻、冥界の女王として暮らすことになったのです。そして冥界を訪れる者たちを案内したということです。
ベルセポネーが地上へ戻ると、母娘の再会の喜びで荒れ果てた大地が蘇り、植物が芽吹きます。しかし、ベルセポネーが冥界へ去ると大地は枯れ果て冬が訪れます。
ペルセポネーが四季を作った女神、春の女神と言われる所以です。
【ペルセポネー元型の特徴】
そんな女神ベルセポネーの元型には二つの側面があります。
ひとつは冥界に行くまでの乙女コレーとしての側面であり、若さ、生命力、新しい成長に向かう潜在力、母との密着、受動性と依存性などです。
もうひとつは、冥界に囚われの身となり、犠牲者としての辛い経験から成長し、運命を受容し、冥界の案内人となったベルセポネーとしての側面です。
冥界とは、死後の世界、あの世と言われますが、心理学的には、心の深い層、無意識の世界と考えてみるとよいと思います。
つまり、ベルセポネーの元型のもうひとつの特徴は、無意識の世界についての感受性を持っていること。そして、その深い心の層との繋がりを保ちながら生きるということです。
さまざまな記憶や感情が埋め込まれた無意識の世界にはまり込んでしまうと現実との繋がりが保てなくなることがあります。心に深い傷を抱え、不安定な状態にある人は、無意識の世界に取り込まれやすいところがあります。
また感受性が豊かで直観的に無意識の世界を知り、その世界の虜になってしまう人がいます。いずれにしても深い心の層を彷徨っても現実の世界に戻ってくることができる人は、ベルセポネー元型を生きている人であり、心の深い層にはまり込んで戻れなくなってしまった人を導き助けることができます。
【ベルセポネー元型を生きる人の特徴】
人生の前半は、母親と密着しており、母に従順で、なんでも母の意向に沿う、主体性のない「乙女コレ―」としての生き方が特徴的です。
その後の人生では、そのまま「乙女コレ―」に留まる場合もありますが、さまざまな局面でヘーラーやデーメテール、アプロディーテ―などの女神元型が活性化されて、晩年にはベルセポネーの痕跡がほとんどなくなってしまうこともあります。成長や変容への潜在力を秘めているといえます。
子ども時代は、かわいいお人形さんのように親の意に沿って従順におとなしくふるまいます。自分の望みや意志が明確ではないので、なんでも母親の言う通りにするか、周りの様子をみながら慎重に自分の行動を決めるところがあります。
このような特徴をもつので、例えば、デーメテールタイプの心配症で世話焼きな母親であれば、過干渉になりがちです。娘は、かりに母の意向に違和感を覚えたとしても、それは口に出さず、ただ母親が喜ぶようにその意に沿っていきます。受動性や依存性がますます強まる方向にいきがちです。
また母親が意志が明確で主張的なアテーナ―タイプやアルテミスタイプであると、一見決断力に欠けるようにみえる娘に対していらだちを覚えたり、もっとしっかりしてほしいと自立を強く求めたりしがちです。それはコレ―タイプの娘に必要な発達を促すことにもなりますが、一方で、彼女の発達のペースを超えてしまうと逆に不全感をもたらすことにもつながります。
コレ―タイプの娘は、押しつけや強制などの圧力をかけられず、ゆっくり見守ってもらうと、自分がどうしたいのかを少しずつ理解していけるようになり、持って生まれた受容的なやり方を大事にしながら自分なりのやり方で自分のタイミングで決断を下し、歩んでいくものと思われます。
同性関係を心地よく感じ、女の子同士のなかでは、かわいい妹的な存在となり、世話されたり、かわいがられたりします。どちらかというと人の後をついていくタイプです。
また根気のいる仕事は好まず、仕事そのものよりも、職場の人間関係を重視しがち。互いがしのぎを削るような厳しい職場環境では、雰囲気を和らげる緩衝的な存在になるかもしれません。
受動的、依存的特性は「乙女コレ―」の核でもあり、男社会からは、可愛らしく、淑やかで、優しいと映り、男性が自身のアニマ(男性の内に秘められた女性性)を投影する格好の存在となり、男性の心を掴み、喜ばせます。女性自身の内なる世界は、未分化のままであり、自分がどうしたいか、どうありたいかがわからないまま、男性の望みに応えてしまいがちです。
このようなことから、乙女コレ―としての特性が強い女性にとって、結婚は身に降りかかってくるものであり、結婚は当然するものだという社会的通念に流されて、それを受け入れるのです。ヘーラー元型の強い女性とは違って、幸せになるための主体的選択というよりは、気の進まない成り行き上のものであったりします。そういう場合は夫婦の絆を育むことよりも、実家の母との絆が優先し、しょっちゅう実家を行き来し、母と過ごす時間が多くなります。結婚しても未だ娘のままでいるのです。
結婚を機にヘーラーやアプロデイーテーなどの他の女神元型が活性化することもあります。そうなると乙女コレ―から抜け出し、大人の女性として新たな人生が展開していくでしょう。
乙女コレ―の要素が強いと、結婚して母となっても、母性の面は弱く、子どもの要求をうまく汲み取って対応できず、むしろ、子どもに依存してしまい、「まったくお母さんはしょうがないわね、私がやってあげるよ。」という風に、母子の立場が逆転したり、子どもに夫の愚痴を聞いてもらうなど精神的なケアを求める側面も生じます。コレ―に同一化したまま中年期を迎えると、歳をとっていく現実が受け入れ難く抑うつ的になります。
このように乙女コレ―の元型とあまりにも同一化してしまうと、人や事にコミットしない「永遠の少女」として生きることになります。自ら抱える受動性や依存性に気付くことができなければ、怒りや違和感を抑圧したまま抑うつ的になります。
主体性をもって人と関わることができないと現実世界は生きづらく感じ、自分の世界に逃げ、閉じこもり、孤独のまま現実適応ができなってしまう。
「乙女コレ―」に留まることはそういう危うさがあるのです。
そうならないためには「乙女」の部分と闘う必要があり、仕事や結婚など、人生の大切な局面で、さまざまな他の女神元型を呼び起こし、その力を借りながら、「今自分はどうしたいのか、どうすべきなのか」という問いを自らになげかけて、自分の人生を自分で歩くことを意識していく必要があるでしょう。
一方、多感な時期を迎えると自ずと創作、心理学、宗教などの分野に興味をもち、そうした世界に入っていく人もいて、自然と冥界の女王ベルセポネーへの道が開かれていく場合もあります。
また否が応でも、さまざまな出来事に遭遇し、ときに辛く、しんどい経験を重ね、それを受容し、背負って生きていくなかで、乙女コレ―から冥界のベルセポネーへと変容を遂げていく場合もあります。生と死の意味を知り、人生を深く生きる「老賢女」として成熟していくのも、この元型の特徴です。
このようにベルセポネーの元型は、他の6人の女神元型に比べ、「こう生きたい」という強い方向性や衝動を持っていないのが特徴で、流動的な感じがします。それだけに置かれた環境に影響を受けやすく、7人の女神たちのなかでは地味でありながらも変容や成長の可能をもっとも秘めているのかもしれません。
最後までお読み頂き頂きありがとうございました。
立春も過ぎ、梅もチラホラ咲き始めました。
春の女神ペルセポネーもまもなく地上に戻ってくることでしょう。
寒い日々がまだまだ続いておりますが、どうかお健やかにお過ごしください。
次回はこのシリーズ最後の女神 アプロディーテ―の登場です。
またお越しいただければ嬉しいです!
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