江戸時代の男子教育の内容とは?健康管理とこの世の道理編。古文書『前訓』を訳してみた
男子教育編の最終回です。最後は健康に注意すべきことと、この世の普遍的な物事に関する意味、そしてそれに伴った適切な行動について詳しく語られています。全部まるっと一言で「哲学」です。健康に関することも、すべてはこの世の道理に結びつくことがよくわかります。
口教4
1.毎月一度、お灸をしましょう。
これは孝行のためと心得ましょう。
これはなぜかといいますと、
毎月お灸をすれば、お父様・お母様ともに
この子はよくお灸をするから
流行り病にもかからないないだろう、
食あたりもしないだろうと
安堵するからです。
熱さに耐える少しの間だけで、
ご両親の心痛を和らげ、
大きな孝行となります。
その上で、孝行するかしないかは、
このお灸が良い例でしょう。
もしお灸をすることがなければ、
早くに不孝者になってしまうだろうと
知りましょう。
お灸をするのは何でもないことです。
それさえすれば、ほかはどんなことが
孝行といえるのでしょうか。
諦めてはいけません。
お灸は身体の病のためとわかれば、
効かないときはしないようになるものです。
格別の理由がないのなら、お灸をして
効かなくても、ご両親の気休めと思って
すれば良いのです。
2.食べ物・飲み物で腹をこわさぬようにし、
また、総じて怪我をしないように
注意しましょう。
まず、飲食で腹をこわさぬようにと思えば、
おのずからげてもの食いをしたり、
または暴れ食いなどはしないものです。
飲食は命をつなぐ大切な宝なのですから、
礼儀のはじめはここから起こるといっても
よいでしょう。
頑なに飲食のことに無作法なのは
大いに悪しきことで、さらに胃腸をこわして
病になったりするかもしれません。
また、怪我をしないようにと気をつければ、
これもおのずから喧嘩や口論など
争いはしないものです。
自分の身体は当然ながら、髪や爪までもが
親からの預かりものなのですから、
少しも傷つけないのが孝行の始めだと
孝経※でも説かれています。
※孝経=儒教経典のひとつで
孝について述べている
3.善悪ともに自分に返ってくるのは
逃れられないということを理解しましょう。
昔からの言い伝えにありますが、
仰向けで唾を吐けば
間違いなく天に吐き掛けることはできず、
逆に落ちて自分の身を穢すといいます。
孟子も自分を侮って、
のちに人からも侮られるようになりました。
自分を貶めると、後に人から貶められると
いうことです。
ですから、悪事をすれば、あっという間に
悪いことがやってくるでしょう。
善事も同じことで、良いことをすれば、
また良いことがやってくるのです。
これはつまり、形と影のようなものです。
このことをよく理解しましょう。
報いは恐ろしいものですから、
決して悪いことをしてはなりません。
4.この場も大勢の子どもたちがいますので、
ご両親のいない子もきっといるでしょう。
しかし、必ずご両親の代わりとなる
人がいるものです。
その代わりとなった方をご両親と思い、
大切にお仕えしましょう。
たいていは、ご両親のいない子でも、
その代わりとなるおじい様・おばあ様が
いるでしょう。
それもいなければ、おじ様・おば様か、
お兄様・お姉様がいるでしょう。
それもいなければ、古い手代衆や
もしくは世話人などがいるでしょう。
これらはその人、すなわち、
ご両親の代わりなのです。
もっとも、手代衆などを親という
わけではないですが、親たちの心に
成り代わり、世話をしていただくので、
すぐに親と思うようになります。
ですから、彼らに従い、きっと大切に
お仕えしなければならなくなるだろうと
心得ておきましょう。
5.何に限らず、心でこれは悪いと
思ったことは、決して口にせず、
また、しないようにしましょう。
これは簡単なことではありません。
幼いころから成人した後までも、
学問の最上の境地というものは、
特別なことではないのです。
ただこの悪いと思うことを
口にしない・やらない以外にない
ということです。
ですから、そのやってはいけないこと・
口にしてはいけないことを
おおよそ次に記します。
●主人・親・兄・夫などへの口ごたえ
●人に対して好き勝手な言葉
●あるまじき嘘
●色事の話 または 噂
●大口
●男女の間での悪ふざけの言葉
●むごい言葉
●おごり高ぶった言葉
●いやらしく気味悪い言葉
●意地悪い言葉
●無理非道な言葉
それぞれの所作は述べませんが、
このほかこのような言葉や所作は
たくさんありますから、すべては
言い尽くしがたいのです。
ですから、自分で判断して吟味し、
それを習慣にして慎むようにしましょう。
とかく万事我慢が大事です。
ある狂歌にこう詠われています。
堪忍の なる堪忍が 堪忍か
ならぬ堪忍 するが堪忍
この歌の心になれば、堪忍袋の緒が切れる
ということはなくなると心得ましょう。
この袋の緒さえ切れなければ、
悪いことはできません。
たいへんありがたい教えでしょう。
以上、これまで順を追ってお話した数々は、
小さな子どもでも実に覚えやすく、
努力しやすいようにと、
人の道のほんのわずかな部分を
少しばかりわかりやすく述べたものです。
詳しくは小学をはじめとして、日中の書物に
出ていますので、徐々に学んでください。
孝行の道に進まれることを、切に願っています。
ひとつの孝はやがて
すべての善行となるといいますが、
それは父母への孝行から他事に至るまで
悪い人は一生孝行をしないものです。
このことをよくよく理解し、覚えてください。
そして、しっかり精を入れて
ご両親へ孝行しましょう。
最近の狂歌にこうしたものがありました。
無二孝や 万能膏の 奇特より
親孝行は 何につけても
【たまむしのあとがき】
すべての行いの原点には「愛」がある。
それに尽きますね。
孝に始まり孝に終わった感じですが、江戸時代の教えはこうした親のためといった部分と、自分のためといった部分が混在しているようです。
しかし、親のために何かをするということではなく、すべては自分のためということを、現代のわたしたちはきちんと知る必要があると感じます。
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