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中央線の朝  #短編小説

朝7時

駅を出てすぐのコーヒーショップに入る。
年配の男性が新聞を読みながら朝食をとっている。
ミカもパンとコーヒーを注文し、窓側のカウンター席から、朝日が差し込む白いビルを眺める。

地方の会社から東京へ出向してきて1か月。地元では、仕事前にカフェで朝食なんてありえない。とても新鮮な時間だ。会社の時間を気にしながら、20分くらい本を読む。

満員電車に耐えられず、少しでも空いているほうがいいと思い早めに家を出た。それでも、ぎゅうぎゅうではないけど、ほぼ満員だ。中央線は一番混む路線だという。そんな中で、文庫本を読んでいたり、新聞を小さくたたんで読んでいる人がいるのは、かなり驚きだ。

乗換駅の向側のホームで、とても上品な女性を見た。柔らかいグレーのスーツ、仕事の書類が入っているのか、大きめではあるが、かっちりした革のバッグ。ヒールの靴で、ゆっくり堂々と歩く。どんな仕事をしているのだろう? 大企業に勤めていて、かなり地位も上の方なのだろうか?

ミカも東京では、普段しないアイメイクをして口紅をひき、スーツの男性社員ばかりの職場から浮かないようキレイめ服を着て、ヒールを履き、思いっきり背のびをしている。

先日、駅ビルでベージュのスーツを買った。いくつか試着して、柔らかくて軽いジャケットとスカートに決めた。帰り際、店員のお姉さんに、
「がんばってくださいね!」
と言われ、はっと振り向いてしまった。
あれ?わたし、そんなに疲れて見えたのか?
それとも、気合い入れる服を探しているように見えたのか?

仕事では、数十億円の仕事がとれるかどうかの瀬戸際にいる。
あるオフィスビルのリニューアル計画について、出向先の建設会社と一緒に何年も前から営業をかけてきた。この会社の特許技術での耐震補強を提案している。
ところが、結局、どの建設会社に発注するかについては、設計コンペで決められることになった。

ここまできて他社に仕事をとられるわけにはいかない。どうすればより良いプランになるか、日々、構造計算したり、工事方法を考えたり、頭を使っている。
ある時、ふと、これはビルを建て直した方が、経済的でスッキリとしたデザインになるのではないか?と思ってしまった。しかし、それではこの特許技術が使えない。
そのことを上司に伝えると、彼はまっすぐな眼差しでミカをにらみ、言った。
「それは、 絶対、 ありえない」

よし、行こう。
ミカはコーヒーショップのイスから立ち上がる。
眩しく光る、白いビルを見上げながら歩く。