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もうひとつの名前 #短編小説

 優樹のおじいちゃん昭一(しょういち)は、昔からケンカが強かったらしい。夏はいつも泳いで近くの無人島を1周していたから、高校の時には水泳でインターハイに出場。頭も悪くなく、工業高校ではいくつか発明品を作って表彰されたという。学校を出てしばらく働いた後、建設会社を起こし、羽振りもよかったそうだ。この町で一番最初に外車に乗ったのはおじいちゃんだ。
 優樹は家族だけでなく、近所のおじさん、おばさん達からも、時々、おじいちゃんの武勇伝を聞かされる。
 もちろんよくモテた。喫茶店の看板娘だったおばあちゃんと結婚したが、ある時、家に別の女の人が訪ねてきた時があったと、優樹の叔母が言っていた。その時のおばあちゃんとの対決はすごかったらしい。
 今は仕事を引退したが、がっちりとした体格や眼力は変わっていない。一人で船に乗りマグロを釣りに行ったり、ゴルフのコンペで賞をとってきたりしている。優樹から見てもちょっとカッコいい。子供達にはかなり厳しかったらしいが、孫には優しく、優樹がおじいちゃんの家に夕方行くと、にこにこしながらお酒を飲んでいる。
「おい、優樹、勉強がんばれよ! 1番になれ! おまえが将来東大に合格したら、じいちゃんが、車買ってやるからな !」
なんて調子のいいことをいう。

 ある時、町内の祭りで、優樹は酒屋のおじさんに声をかけられた。
「優樹か。大きくなったなあ。それにしても、おまえんとこのしょうちゃんは元気やなあ。
この前もマグロもらったぞ。うまかったわ。」
「そういえば、しょういちさんじゃなくて、本当はあきかずさんていうんだろ? うちの親父がゆうとったぞ。」
「え? そうなの? 知らなかった。」
 家に帰り、父親に聞いてみる。
「おじいちゃんて、本当はあきかずっていうの?」
「おれは知らん。そんなの初めて聞いた。」
 後日、おじいちゃんの家に行くと、おばあちゃんがいたので、その話をしてみた。
「ほっほっほ!」
おばあちゃんが笑う。
「そういえば、昔出会った時、そんな話をしてたわ。本当はあきかずって言うんだって免許証のふりがな見せてもらった。」
「しょういちって言うと昭和元年生まれってよく思われて嫌がってたもんね。だって本当は12年生まれだからだいぶ違うのにね。体ががっちりしてるから、ちょっと年上に見られたのよ。
 私なんか、一番上の優子とあなたのお父さんの年が離れてたから、2番目の奥さんですかってよく聞かれたわ。」
「本当はしょういちなのに、あんな免許証、どうやって作ったんでしょうね。」
 おばあちゃんは、おかしくてたまらないという感じだ。彼女はこの歳になっても毎日メイクをばっちりし、今日も鮮やかな水色のスカートをはいている。若い頃かなり綺麗だっただろうことは、優樹にもわかる。
 
 車が砂利を踏む音がした。おじいちゃんが帰ってきたのだ。おじいちゃんは最近、わざわざ30年自分の車庫に眠っていたベンツを修理して、乗り回している。
「おう、優樹か。」
優樹は名前のことを聞こうかと思ったが、なんとなくやめた。
「そういえば、ええもん見つけたぞ!」
スチール缶の貯金箱を渡された。
「うわ! おもっ!」
「倉庫にあったんや。」
「これ、何円分?」
「いくらやろな? 
 いくらか当てたら、それ全部やるぞ!」
よし、当ててやる。車のイラストが描かれた丸い缶の貯金箱。縁は既に錆び付いている。裏を見ると、
Akikazu
とペンで斜体のサインがしてあった。

(終)