見出し画像

小説「オパールの炎」著・桐野夏生 読書感想文

「ピル解禁」「中絶禁止法改正」運動の先頭に立っていた実在する女性をモデルにした作品。
ある女性ライターが彼女の近くにいた人物を取材し、そのインタビューを並べるという形式で小説が続いていく。
小説の中では「塙玲衣子」という名前になっているが、モデルとなったのは「榎美沙子」という女性である。
彼女の名前は以前に雑誌か何かで知り、私と同じ徳島県の出身であることは頭の片隅にはあったが、この小説と出合うまではすっかり忘れていた。

徳島県の山間部で育ち、京大薬学部へ進学。高校時代の同級生で地元の大学の医学生だった男性と学生結婚し、夫の就職と同時に関東へ移り住んだ数年後、彼女は「ピル解禁」及び「中絶禁止法改正」運動を始める。

高学歴で容姿端麗な彼女をマスコミが放っておくわけがなく、また、彼女自身も彼らを利用し、華やかに世の中へ飛び出したのだが、徐々にその運動は奇妙な変容を遂げていく。

例えば、夫の不貞に苦しむ女性が彼女を頼った場合。
彼女は仲間たちとピンクのヘルメットを被り、その夫の勤める会社(大企業)へ乗り込み、建物から誹謗中傷の垂れ幕をぶら下げ、不貞の有り様を咆哮するという具合。
読み始めたあたりではこの辺がとても面白かったのだが、彼女がやがて宗教団体や政治団体を作り始めたあたりで俗物感が増し、何だか可哀想になってきた。

地名や学校名などはところどころ変えて書かれているものの、ネットで得た情報から彼女がどんなところで育ったのかなどがわかるので、ただ小説を読むというだけではなく、いつもより心を寄せて没入した。
彼女が育った場所へは高校の林間学校の催しで訪れた事がある。とても山深くて海沿い育ちの私は不安に駆られた。小説にも書かれているが、今はIT関連会社が進出したり、お洒落なお店が増えたりして様変わりしているらしい。
また、彼女が進学した高校が名前を変えられて表記されており、それが実在する私の母校と同じ名前になっていたので一層身近に感じられた。

彼女が世に出て失速するまでを読んで思ったのは、社会人として経験を積み、良い人にも悪い人にもちゃんと会ってから活動を始めれば何かが違ったのではないかということ。
この小説のなかで彼女のことを「科学者」と呼ぶ人がいる。
理系のことはわからないが、彼女はたぶんとても優秀な科学者だったのだと思う。しかも正義感の強い。
しかし、戦い方、ケンカの仕方を知らなかった。
歴史を見てもわかるように、戦いに強い人間には「策士」や「軍師」がいる。
自らが優秀であったがために過信をし、またセンセーショナルな行動で人をおろおろさせたことでさらにそれが加速し、考えの浅さに気づいた頃には時すでに遅しだったのではないか。

現在は、ピルの使用が可能になり、中絶も自由になった。
とある国では、政治家によって中絶の自由が奪われそうになっているが、少なくとも日本ではもう縛りが無い。
どのような経緯でこれまでに至ったたかは、私は不勉強であるため知らないが、今のこの状況を彼女はどう受け止めているだろうか。

小説はさておき、実在の彼女は今も消息不明のままである。


この記事が参加している募集

#読書感想文

192,370件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?