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おじさんLCCマンは、時をかける

「やあっ!」

そのおじさんは、いきなり僕の前に現れた。
その時、僕は乃木坂のオフィスで、5月に行う宝石展の企画書を作っていた。

「このままの経費率だと会社の承認を取るのは難しいな。このホテルの宴会場の費用、もうちょっと抑えられないかな。担当者にもう一度値引きをお願いしてみようっと」と電話に手を伸ばした瞬間、そのおじさんは現れた。

「わあっ!」
僕は驚いて椅子から転げ落ちそうになった。
「あ、あなたは誰ですか?しかもどうやってオフィスには入ったんですか!?」

「ははは、私は「おじさんLCCマン」。時空を自由に行き来できる。しかも私の姿は君にしか見えない。だから君は周りから見ると一人で勝手に騒いでいるサラリーマンだ。」

僕は、呆気に取られそのおじさんを見つめながら、周囲の様子を恐る恐る確認した。僕の前の席の広末涼子似の同僚は、不思議そうに僕を眺めていたが「大丈夫?またいつものくせ?」と言い、ちょっと呆れながらまた自分のPC画面に視線を戻した。

そう、僕はよく仕事に煮詰まると「あああ、ううう」と唸り声をあげて髪を掻きむしるのだ。もっとも掻きむしる髪は淋しい限りだが。

2013年もやもやサラリーマン時代


時は、2013年1月。僕は、55歳のサラリーマン。大学卒業後、新卒で入社した会社に32年間勤務している。

会社は、宝飾品を扱う会社で、大手と言われる会社が少ない業界で、従業員200名程度の中小企業だが、業界的には大きい方でそれなりにまともな会社だ。

さて2年前の2011年3月11日に大変な経験をした。東日本大震災の影響を受け、その日は、会社のホールで宝飾展を開催中で、大騒ぎになった。お客さんは全員帰ることができたが、社員や取引先の方たちの多くは、会社に残らざるを得なかった。僕も一晩会社に泊まった。

そんなこともあり、いつ何が起きるかわからないし、そうなった時会社は守ってくれないだろうから、それ以来、何か副業でも探さなきゃと考えていた時期だった。

僕は、改めていきなり現れたおじさんに目を移した。なんか親しみを感じる外見で、なんか10年後の僕という感じだ。

「私は、おじさんLCCの調査員。ひと呼んで「おじさんLCCマン」。今回は、2023年最初の本音トークライブのネタを探すために時空を旅していたら、PC画面を眺めながら唸っている君を見つけて立ち寄ってみたんだ。」

「あのー、わからないことばかりですが、まずおじさんLCCってなんですか?そして2023年には時空を自由に旅すことできるんですか?」

「そうだな、10年後の未来からいきなり来られちゃ、そりゃ驚くな。
まず、おじさんLCCとは「おじさんライフキャリアコミュニティ」の略で、2018年7月にミフミフという女性が「おじさん支援」のために立ち上げた会社が行っている活動だ。しかもミフミフは設立から5年目の今は、世のおじさんたちを大いにザワつかせている存在になっている。

おじさんLCCの中の発信部が毎週日曜日の夜に、おじさんたちのリアルな現状を発信する本音トークというライブ発信しているんだ。私はそこで発信するネタを探していた。

最後に2023年でも時空を自由に旅することは出来ない。でも、まあそんなことはいいじゃないか。」


「はあ、それでなんで僕に」

「だからネタ探しだよ。どうも最近行き詰ってね。たまたま目にしたのが君だ。おっと、私は一箇所に留まれる時間が、3分しかないんだ。早速質問させてもらうよ。」

「なんか、わかったようなわからないような。しかも3分なんてウルトラマンですか!?」

「それは私も知らないが、ミフミフが3分しか時間をくれないんだ。さて早速質問。
1、君は定年後どうするの?何か考えてる?
2、もし考えているならそれを教えてほしいな
3、考えていないなら、その理由知りたいな。
ってとこかな。」

「いきなり本題ですね。時間がないからしょうがないか。

定年後に関しては、はっきり決めていないけど、定年までに退職することは決めています。長くお世話になった会社だけど、どうも風土が合わなくて、だからずっと会社との距離は取ってきました。
それに30年以上働いたから、退職金は満額もらえるし。また独立するなら50代の方がいいと思って。」

「そう。で、会社辞めて何やるの?」

「うーん、そこが問題。だから今は、いずれ本業に出来そうな副業探しから始めようと思っています。」

「そう、いいことだね、それでいい副業見つかったか?」

「それが難しいです。僕は転職は考えていなくて、あくまで雇われない働き方を目指している。つまり自営。ただ副業の本などではコンサルタントがいいって書いている本が多いんだけど、難しそう。」

「コンサルタントね。やってみなきゃ分からないよ。それに君の友人に経営コンサルタントがいたよね。彼に相談したら?それから米国宝石鑑定士の資格も持っているんだから宝石アドバイザーなんてどうだい。ダイヤモンドの専門家なんだから、ダイヤモンド・ソムリエなんて勝手に作っちゃうという手もある(笑)。それに今やっている仕事を発展させてイベント・プランナーとか。」

「うーん、どれもピンと来ないんです。実は、最近、アフィリエイトというビジネスモデルを知って、それに興味を感じ、ブログを書き始めたんです。」

「アフィリエイトだって!やめた方がいいと思うな。あれは、稼げないよ。だって、1ヵ月で5千円以上稼ぐ人でさえ、1割しかいないというじゃないか。」

「そうらしいですね。でもその1割の中にひと月で何十万、何百万と稼いでいる人がいますよ。そんな可能性に魅力を感じます。」

「それは可能性の問題で、君が勝手に夢を描くのはいいが、家族はどうするんだ?退職金と言っても中小企業だからたかが知れている。自分の夢に家族を巻き込むのはどうかな。私は、とりあえず定年まではここで働くことを勧めるな。」
とおじさんLCCマンは力説した。

そして「おっと、時間だ。戻らないとミフミフに怒られる。じゃ、また!」
と言っておじさんLCCマンは僕の前からすうーっと消えた。

ふと視線を感じて、前を向くと広末涼子似の同僚は、ぽかーんと僕をみて「なんか重症そうね。働き過ぎじゃないの?大丈夫?」

2017年1月再雇用に向けて

おじさんLCCマンが、再び僕の前に現れたのは、前回から5年後の2017年1月のことだった。

僕はあと7ヶ月後には定年を迎える。勤めている会社では、定年の半年前までに会社に退職するか、再雇用を希望するかの意思表示をしなければいけない。

僕はずっと定年で退職することにしていたが、ここに来て気持ちが変わった。
意思表示期限の2ヵ月前には、会社に再雇用の希望を申し出たのだ。

妻には、前々から定年で辞めると言っていたが、再雇用を申し出ると言ったら、ちょっとホッとした表情をしていた。

おじさんLCCマンが再び僕の前に現れたのはそんな時だった。
僕がミッドタウンのスタバでブログを綴っているといきなり隣の席に座って声を掛けてきた。

「やあ、やあ、やあ、こめまる君元気か?」

「まあ、なんとか。おじさんLCCマンは、スタバでも他の人から見えないんですか?」

「ああ、君にしか見えないよ。だから注文もしていない」

「ところで僕がなんでこめまるって分かるんですか?」

「君のことは何でもわかるよ、最近、こめまる名義でおじさん関連のブログ始めただろう。それから別名のともやん名義でも始めたな。
ところでまだアフィリエイトやってんのか?諦めの悪い人だね。」

「余計なお世話ですよ。ずっと続けるんだからね。少しは稼げるようになったんだから」

「稼げるってたって月数千円程度だろう?それじゃ、定年では辞められないね。」

「そうなんです。だから再雇用を申請しました。」

「そうか、それは賢明な選択だと思う。ところで今の君が一番不安に思っていることはなんだ?」

「そうですね、退職金がちゃんと受け取れるかどうかです。勤めている会社はケチだから、なんかいちゃもんつけて、支給額を減額したり遅らせたりするんじゃないかって。」

「ほう、そうなんだ。それは心配だね。そんな前例があったのかな?」

「なんかあったらしいです。」

「ところで、再雇用の条件は知っている?」

「いや、まだです。多分定年2~3ヵ月前くらいに提示されるそうです。」

「それは変だね。再雇用の意思表示を6ヵ月前までと言っておきながら、条件提示はその後か。本当に雇う側の論理には腹が立つ。」

「そうなんですよね。でもそんな会社だし、それに異を唱えて騒いでも退職金に影響が出るかも。。。」

「うーん、本来、雇う側と雇われる側は対等のはずだがなぁ。。。」

「ところでおじさんLCCマンは、2023年からやってきたんですよね。ということは未来の僕がどうなっているか分かるんですよね?」

「ああ、わかるよ。でもそれは言えないんだ。ほら、映画好きの君ならわかると思うが、過去を変えるとたいへんな事になる。だから私も言えないし言わない。君の2023年までのことはよーく知っているけどね。」

「なんだよ、ケチだな。それなら僕が生きているかどうかだけでも教えてくださいよ。」

「まあ、そのくらいならいいかな。君はちゃんと生きて65歳を迎えている。そして2017年時点では想像もできないような仲間たちと付き合っているよ。」

「えええええええ、そう言われると余計に聞きたーい!」

「だめだめ。でも一日一日大切に生きていればその内分かるよ。人生は選択だからね。2023年の君は、この2017年からの日々の選択の結果だよ。しかもそれは2023年からも日々更新されていく。」

「人生は洗濯?」

「いや選択だ。selectionだ。laundryじゃない。」

「ああ、でも僕は人生を洗濯したい」

「大丈夫、日々選択していけば、そのうち洗濯できるよ。リセット、リフレッシュと言ったほうがいいかな。ははは。」

最後に

「ところでこまめる君、再雇用では何年働くつもりだ?」

「はっきり決めていませんが、せいぜい1年、もしくは2年。個人事業主として活動する準備期間と考えています。」

「そっか頑張りたまえ。最後に伝えたいことがある。60歳を過ぎても夢を持つこと、目標を持つことは素晴らしいことで、大いに持てばいい。でも安心したまえ、夢は叶わないし、目標も達成できないことの方が多い。

アフィリエイトを始めたころの君は、続ければ月に30万円、50万円、いずれは100万円稼げるって思っていただろう。でも現在どうだ?月数千円だ。

しかも君はもう若くない。坂の上の雲を追いかける年でもない。でも夢は諦めないでほしい。」

「よくわかんないなぁ、夢は叶わないと言っておきながら、夢を持てという。」

「いま君は定年という区切りを目前にしているから、わからないと思う。でもその内分かる時が来ると思う。あんなことで悩んでいたんだってね。

将来に過度な期待を掛けないこととそしてそれに囚われないことかな。
自分らしく日々過ごしていれば何とかなるし、どうにかなるよ。ではTake it Easy!」


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