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自転車に乗れない

僕は自転車に乗れない。

もしかすると跨いだことすらないのかもしれない。
僕の母校はチャリ通禁止で、みんな路面電車や徒歩で来ていた。
理由は覚えていないが、多分坂道で危ないとかそういうことだった気がする。だから乗る習慣など身につくわけがない。なめんな。

長崎に住んでるうちは特に問題なくそれで生きてきたが、
専門学校に進学して福岡、大学に行って大阪、お笑いをやりに東京。
すべての土地で「なんで自転車持ってないの?」という質問が飛んでくる。

福岡の専門学校時代は「金ないから自転車買えない。」で貫こうと思った。
大学一年の男なんてみんな「なめられたくない」としか考えていない。
しょうがなかったのだ。
髪を変な茶髪に染めたり、ツーブロックを入れてみたり、
「飲み」を「呑み」と書いてSNSに投稿してみたり
白シャツにタイトなデニムに外しで赤いスニーカーを履いてみたり、
何も入らなそうなクラッチバックを生意気そうに持ってたり、
そういう「舐められたくない」が僕の自転車だったのだ。
このころは自転車に乗れないことがすごく恥ずかしかった。

このころは寮生活で長崎と佐賀の友達とよく遊んでいた。
長崎の友達は長崎といえど平地が多いところに住んでいたので、
自転車には乗れるようだった。僕だけが乗れなかった。
その友達の顔が松井秀喜にすごく似ていて、英語の先生にみんなの前で「あなたは松井秀喜にとても似てるね!」って言われたのがとても面白かった。松井秀喜に似てて嬉しいのプレースタイルだけだろ。英語の先生に全く悪気がなさそうなのも面白かった。

ある日、みんなで「銭湯行こう!」ってなって、
3キロほど先にある銭湯に行くことになった。
時間になるとみんなそれぞれの部屋を出て、玄関で落ち合った。
みんなそれぞれの自転車に跨る。
ちょっと待て待て、俺が自転車持ってないの知ってんだろ的な事をいうと
先輩に借りたらと言う。

ここでもう無理だな。って思って
自転車に乗れないことをカミングアウトした。
松井秀喜は笑ってた。松井秀喜の顔で笑われるとすごく腹が立った。
プレースタイルしか似てなかったらきっと腹は立たなかっただろう。

結局、3キロ。往復6キロ走った。
自転車と並走するため、かなり全力だし、
シャンプーとかバスタオルとかは有料なので、リュックに入れて走った。
銭湯にいったはずなのにより汗をかいた状態で帰ってくることになった。

専門2年から受験して、編入という形で大阪の大学に行くことになった。
大阪では同じ過ちを繰り返さないぞ。ということで金がない作戦はやめた。
代わりに「長崎の人たちみんな乗れないよ」という決め台詞を使うことにした。地元を犠牲にした。もうあそこには帰れない。どこかで僕を呼び止めようとする声が聞こえるが、もう決めたんだ。赦してくれ。

そんな覚悟と裏腹に大学の友達が普通に長崎出身で自転車スイスイ乗ってた。このセリフを使うことはついになく、僕は年末が来ると地元に帰り、友達と遊んで、年越しははしゃいで、年始にはお年玉もらってホクホクした顔で家族に見送られながら大阪行きの新幹線に乗っていた。かわいい。

そして、東京。
さすがに長崎の人を巻き込むのは良くないと思い、
「長崎って坂多くてあんまり乗る機会なかったんだよね~」
と自分の努力不足感も含み、そういう土地だもん仕方ないよね~
ってなりそうなちょうどいいセリフを見つけた!やった!地元に帰れる!

養成所で話すと「それネタにした方がいいよ」と言われたので、
バイト先の女の子にそのことを話してみた。

「マジ?」って顔をしていたが微笑んでくれた。やった。
コンプレックスさえもいわばモチベーション!!これがお笑い!!
その後すぐに「今度、私の自転車で練習してみます?」と彼女が言ってくれた。

これは正直予想外。
普通なら嬉しいことだ。プライベートのお誘いだ。
しかもすごくほほえましい。きっとのどかな公園でやるのだろうか。お弁当とか作ってきてくれないだろうか。

でも断った。
だって大人になってコケるの怖すぎる。
子どものころなら「あいたっ」くらいで済むだろうが、
大人の体重であの高所から落下すると最悪打ち所が悪いと死ぬ。
骨折するかもしれないし、打撲とかも嫌だ。痛いのが一番嫌い。

それに自転車でコケる大人を見て、彼女はどう思うかと考えると怖い。
僕もコケたあとどんな表情をすればいいか分からない。
きっと気まずそうにへらへらすると思う。ダサすぎる。お弁当没収。

お弁当は残念だったが、別に自転車に乗れないことを恥ずかしいとは思わなくなった。歩くの好きだし、全然遠くまで歩けるし、梅田から東大阪まで歩けるし、吉祥寺から日野まで歩けるし。

大体、あんな頼りない車輪に身を任せるなんて馬鹿げてる。なんであんなに細いんだ。何のために。絶対カッコつけてるだろ。別にカッコ良くないぞ。Bzの「ギリギリchop」に感銘受けたのか。どうしてもギリギリじゃないとダメなのか。安定はいいぞ。芸人やってる俺が言うのもなんだが。

一輪車とかもっと馬鹿げてる。ふざけるなよ。手広げてヤッホー!じゃないんだよ。あれ死と隣り合わせだろ。なんで乗ってる奴は得意げな顔するんだよ。生命への冒涜だよ。

むしろ自転車に乗ってる人はもっと大地を踏みしめるべきだと思う。何のために地球に生まれてきたんだ。大地を踏みしめるためだろ。ペダルを踏みしめて何になる。もっと地に足をつけて生きろよ。










もやがかかってよく見えないさだまさし












まださだか



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