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ついに完結した『世界の終わりの魔法使い』の作者、西島大介に担当編集者がインタビュー!~魔法と科学の対立を越えて、「それでも生きる」<後編>

“悪魔の血”を引く謎の少女、サン・フェアリー・アンをめぐる、愛と冒険の一大ファンタジー。『世界の終わりの魔法使い』(駒草出版)の作者・西島大介先生に、全6作を振り返っていただいた1万字インタビュー、今回はその「後編」をお送りします。(「前編」はこちら

「せかまほ」シリーズ、唯一の雑誌連載作『小さな王子さま』


――それでは、引き続きインタビューの「後編」を始めたいと思いますが、まずは4巻(『小さな王子さま』)についてお話しください。なお、この作品は2007年から2008年にかけて、雑誌『モーニングツー』で連載されたものですね(2012年に講談社より単行本化)。

西島 はい。僕としては河出書房新社の三部作で物語を完結させるつもりだったのですが、ある時、『モーニングツー』の編集さんから声をかけられまして。たしか、3巻を準備してたか、実際に描き始めてた頃のことだったと思います。
 最初は「せかまほ」を、という依頼ではなかったのですが、打ち合わせを重ねていくうちに、タイアップみたいな感じで「せかまほ」のスピンオフを読切で描いてみたら? という話になって。河出書房新社側もそれなら宣伝にもなりますし、特に反対はされませんでした。結局、読切どころか、本1冊分の連載になってしまいましたが……。
 ちなみに、4巻については、単行本化にあたり、かなりコマ割りや全体の構成を修正しています。雑誌連載と描き下ろしの単行本では、テンポが異なるものですから。「単行本描き下ろし」っぽくするために、全編をコマ単位でエディットし直しています。

――主人公をサン・フェアリー・アンやムギではなく、少年時代のテオドール・ノロに設定したのにはどういう意図がありましたか?

西島 三部作で描き足りていないキャラは誰だろうと考えてみたら、やはりテオドールでした。彼がなぜああいう屈折した大人になったのか、その“原因”を描いていないと思ったんです。前髪ぱっつんの可愛い男の子が、いかにして闇に堕ちていったか。そして、彼がなぜ世界を壊すことを恐れず、サン・フェアリー・アンにあれほどまでに恋焦がれているのかというのを、はっきりと描かなければいけないなと。

――この巻では、テオドールの兄であるクリスパン・ノロも登場しますが、ある意味では彼が主役ともいえますよね。

西島 そうですね。バンカラで、明るくて、リーダーシップがあって……と、まさに古い少年漫画の主人公的なキャラクターです。あまり僕が描かないタイプというか、少なくとも物語の真ん中には据えないタイプのキャラですね。もともとは野心なんか微塵もなくて、お兄ちゃん大好きっ子だったテオドールが、のちのちなぜ、国王であることや、リーダーであることにこだわるようになったのか、その原因となる存在です。

――「せかまほ」シリーズでは、「恋することが悪魔の使命」という設定がありますが(注・恋をすることで“悪魔の血”が覚醒する)、4巻をじっくりと読むと、もしかしたらアンの初恋の相手はムギではなく、クリスパンだったんじゃないかとも思えますが。

西島 時系列的にもそうですね。うん。そうかも(笑)。ただ、覚醒するほどの本当の恋ではなかったということでしょうね。だからアンにとっての彼は、「ちょっといい男だな」と思った程度なんじゃないでしょうか。

――アンといえば、この4巻では、かつて彼女がどういう形で魔法星団と接触したのかも描かれていますね。そこでちょっと疑問があるのですが、「せかまほ」の宇宙には、大きく分けて「魔法使い」と「人間」というふたつの種がいるわけですよね? で、アンは魔法星団と接触後、しばらくは魔法使いたちと行動をともにするようになるわけですが、種としてはそちら側に属する存在なのでしょうか?

西島 いい質問ですね。実はそれについてはきちんと説明していなかったのですが、彼女はどちら側の種でもありません。つまり、あの宇宙においては「悪魔」というのは特権的な存在なんです。たしかにアン自身が魔法を使えますし、魔法使いの帽子をかぶっているから、読者は混乱するかもしれませんが、悪魔と魔法使いは全く違う種なんです。悪魔は科学にも魔法にも属さない“異物”で、時々周期的に彗星に乗ってやってきます。

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『世界の終わりの魔法使い 完全版 4 小さな王子さま』(2021年9月発売)


『巨神と星への旅』は「科学サイドの言い訳」の物語?


――インタビューの「前編」でも少しお話しいただきましたが、改めて、5巻(『巨神と星への旅』)と6巻(『孤独なたたかい』)を約10年ぶりに描き下ろそうと思ったいきさつを教えてください。

西島 2010年代の後半は、一度休止して未完のままだった『ディエンビエンフー』を完結させることに集中していました。小学館から双葉社に版元を移籍して、完結できたのが2018年。その仕事を終えて、「せかまほ」で描き足りていないことを描きたいなと思い始めたんです。
 「完結させること」の大事さは、『ディエンビエンフー』で充分学びました。だから、「せかまほ」の5巻、6巻については、たとえ自費出版になってもいいからやり遂げようと決めたんです。まあ、河出の三部作で終わっていれば、「アンとムギの物語」としてはそれでもよかったんですけど、他社で『小さな王子さま』を描いたことで、世界がさらに広がってしまったということもありますね(笑)。あと、5巻については、「科学サイド(人間サイド)の言い訳の物語」でもあるので、シリーズ全体のバランスを考えたら、それなりに重要なエピソードが描かれていたりもします。

――つまり、5巻の主人公が人間、それも、科学者だったのは必然だったと。

西島 そうですね。2巻でゴーレムが魔法と科学のハイブリッドな兵器だったという“真相”をさりげなく描いたのですが、だとしたら、過去に誰か、科学の知識を持った人間が魔法世界と接触してるはずですよね。当初はそれがムギの祖父(ドクター・ムギ)とまでは考えてはいませんでしたが、流れ上、そうするのがいちばん美しいかなと。あと、アンのほうはともかく、ドクター・ムギは彼女に恋心を抱くわけで、のちにその孫も同じようにアンに惹かれてしまうことへの理由づけにもなっていますよね。
 それと、この5巻では、異文化同士の衝突や歩み寄りみたいな問題をより深く描きたいとも思いました。だから、敵国同士のドクター・ムギとノロ国王は、この巻では仲良しです。

――ファンタジーやSFというものは、何も現実逃避のために読むのではなく、自分とは違う存在や理解できない存在がどこかにいる、ということを再認識するための装置でもあるんですよね。そのことをみんなが理解できれば、戦争なんか起きないはずなんですけど……。

西島 たしかに。東西と同様に、魔法と科学は対立しています。ただ、ドクター・ムギは、ちょっとカジュアルに現実逃避的に亡命してますけどね(笑)。

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『世界の終わりの魔法使い 完全版 5 巨神と星への旅』(2021年12月発売)


『孤独なたたかい』は、作者が最も愛情を注いだキャラクターが主人公


――先日校了したばかりで印象が強いせいもあるかもしれませんが、個人的には「せかまほ」シリーズの中では、6巻がいちばん好きな物語です。この巻ではアンのライバル、ネズが主人公ですが、彼女のキャラというのは、これまではどちらかといえば斜に構えていて、ガラが悪くて……と、あまり万人受けするタイプではなかったと思うんです。でも、6巻を読めば、みんな彼女のことを好きになるんじゃないかなと。

西島 そう、彼女は本当はいい子なんですよ。ネズもテオドール同様、2巻以降ずっと重要なポジションにいるキャラなんですが、作者としても、最も愛情を注いで描いてきたキャラのひとりだといえるかもしれません。口悪いけど一番いい子だって、いつも思って描いています。
 あえてヤンチャっぽく振る舞ってるけど、本当はテオドールに片思いしていて、周りのいろんな皺寄せもぜんぶ引き受けているという、実はいちばん大人なキャラ。シッポがくりんとしてて、耳が4つあって、チビネズミ族だからヒゲも生えててって、見た目もかわいい。少数民族で、孤独で……とにかくかわいそうなキャラなんですけど、それゆえに作者としては放っておけない気がするのかもしれません。
 もちろん、自分が生み出したキャラクターは全てかわいいと思って愛情を注いでいますが、たとえば、テオドールなどはあえて突き放して、「ひどい目にあっちゃえ」と描いているようなところがあります。でも、ネズについては、どうして本当の彼女をみんなわからないんだと思いながら描いてました(笑)。他人には見えないところでがんばってて、でもそういう苦労や悲しみは見せずに「ウキャキャ」って笑ってるようなキャラというのは、応援したくなるじゃないですか。

――それは作者本人とも近いキャラということでしょうか?

西島 どうでしょうか。少なくともアンやムギよりは近いかも(笑)。あと、ネズについていえば、クリムとのコンビも割とうまく描けた気がします。仮に僕がネズなのだとしたら、クリムはいつも隣にいて、自分をフォローしてくれる人がいてほしいという願望の表れかもしれませんね。

――物語のクライマックスで、ネズがテオドールに、ここでアイツ(アン)を呼び出してほしくない、と願う場面のなんと切ないことか。

西島 あそこは大失恋の場面ですね。でも、彼女はもとからテオドールの気持ちは知っているという。あの場面は描いててちょっと辛かったです。ムギとアンの恋愛を離れた新・三部作は、悲恋ばかりですね(笑)。

――また、6巻を読めば、3巻でなぜネズの顔に傷があったのかもわかりますね。

西島 それについてもようやく今回、回収できました。クリムの回復魔法があれば、傷なんか簡単に治せるのに、なぜそれを残したままだったのか。あの傷は、『孤独なたたかい』のテーマでもある「それでも生きる」ということの意思表示でもあるんですよ。

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『世界の終わりの魔法使い 完全版 6 孤独なたたかい』(2022年3月発売)



17年間「せかまほ」を応援してくださった方々へは感謝しかありません


――それでは、そろそろまとめに入りたいと思いますが、西島さんは今後も、「コピー」というテーマにこだわっていきますか?

西島 はい。漫画というメディア自体が、1点モノの絵画や彫刻とは異なり、ひたすら複製されることを望んでいるものじゃないですか。複製されればされるほど巨大な存在になっていくという。そこがポップ・カルチャーの魅力だと思うし、自分の創作物はコピーされて初めて届くものだと自覚しています。そのことにいつも自覚的だし、そういう属性に昔から惹かれているのだろうなとも思います。テーマというよりは、「漫画」というアート・フォーム自体が「コピー」なのでしょうね。
 そして、もうひとつ。このインタビューの「前編」でもお答えしたように、僕の創作自体が過去の偉大な作品群からのインスパイアからできているので、それを表明し続けるしかないと思っています。結局コピーしか生み出せない時代に、それでもなおオリジナルであることは可能か、ということを今後も自問自答していきたいですね。

――「影の魔法のライセンス」(注・「完全版」各巻の巻末ページなどを参照)で、他者による二次創作やグッズ制作を推奨しているのもそういうお考えからですか。

西島 そうです。「せかまほ」の世界が、僕の手を離れて、どんどん増殖していけばおもしろいと思っています。ライセンスといってもほとんど縛りのないものなので、勝手に作ってもいいし、ご一報いただければ嬉しいです。実際、アニメや漫画など、さまざまな制作物も生まれています。

――それでは最後に、ファンの皆さんへメッセージをお願いします。

西島 今回、「完全版」を作るにあたり久しぶりに読み返してみて、昔の作品、特に1巻の内容がまったく古びていないことに自分でも驚きました。あれから17年くらい経っているわけですが、その間、ずっと覚えていて、応援してくださっていた方々にはとにかく感謝です。
 また、5巻、6巻を紙の本で出せたというのも、いまの時代、ギリギリ許されたとても贅沢な結果だったと感じています。ただ、自分ではこの17年というのはそれほど長い時間だったとも思えなくて、そういう意味では、「時のない惑星」に囚われていたのはアンではなくて、僕だったのかもしれません(笑)。
 いずれにせよ、『ディエンビエンフー』も完結までかなりの時間を要しましたが、熱心な読者さんはそれをいつまでも待ってくださるもの。本当にありがたい存在だと常に思っています。ありがとうございました。

前編・後編ともに2022年3月某日、吉祥寺にて収録]


【著者プロフィール】西島大介(にしじま・だいすけ)
漫画家、イラストレーター、ライター、映像作家、音楽家。1974年、東京都出身。90年代半ばからイラストレーターや映像作家として活動し始め、2004年に『凹村戦争』で漫画家デビュー。ライターや音楽制作などもこなすマルチ・アーティストとして活躍。代表作は2005年から刊行がスタートした『世界の終わりの魔法使い』や『ディエンビエンフー』など。2020年11月より駒草出版での刊行がスタートした『世界の終わりの魔法使い 完全版』は、2022年3月刊行の6巻で完結(5~6巻は商業出版で紙の本として刊行されるのは初めてのこと)。
公式HP https://daisukenishijima.com/
Twitter @DBP65

西島大介の傑作ファンタジー・シリーズ『世界の終わりの魔法使い 完全版』(全6巻)

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『世界の終わりの魔法使い 完全版 1』「すべての始まり」
『世界の終わりの魔法使い 完全版 2』「恋におちた悪魔」
『世界の終わりの魔法使い 完全版 3』「影の子どもたち」
『世界の終わりの魔法使い 完全版 4』「小さな王子さま」
『世界の終わりの魔法使い 完全版 5』「巨神と星への旅」
『世界の終わりの魔法使い 完全版 6』「孤独なたたかい」

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【原画展】西島大介「世界の終わりの原画展 2005-2022」

『世界の終わりの魔法使い』シリーズの完結を記念して、青山ブックセンター本店(東京・表参道)にて原画展を開催いたします。17 年に及ぶ「せかまほ」ワールドの軌跡をぜひ会場にてご覧ください。なお、開催期間中に同店にて「せかまほ」全6巻をお買い上げの方には、非売品のオリジナルトートバッグをプレゼントいたします。

日程 2022 年4 月13 日 (水) 〜 2022 年4 月26 日 (火)
時間 平日 10:30~21:00
    土日 10:00~21:00
   *最終日は17:00 まで
   *状況により、営業時間の変更がある場合もございます。
    お手数ですが、お出かけ前にご確認下さい。
料金 無料
会場 青山ブックセンター本店 ギャラリースペース
詳細はこちらをご覧ください。

【サイン会】4/ 16(土)『世界の終わりの魔法使い 完全版 6 孤独なたたかい』刊行記念 西島大介サイン会

原画展の開催にあわせ、西島大介さんのサイン会を開催いたします。
今回は特別に選べる2コースをご用意しました。A: 新刊(1冊)へのサインと、B:新刊へのサイン+全6巻小口にイラストの2つです。Bの方には非売品のオリジナルトートバッグもプレゼント。ぜひお申し込みください。

日程 2022年4月16日 (土)
時間
A:『世界の終わりの魔法使い 完全版 6 孤独なたたかい』サイン
   ①受付開始 13:00
   ②受付開始 13:30
B:『世界の終わりの魔法使い 完全版 6 孤独なたたかい』サイン+全巻小口イラスト
   ③受付開始 14:05
料金
   ①②:『世界の終わりの魔法使い 完全版 6 孤独なたたかい』書籍代1,870円(税込)
   ③:『世界の終わりの魔法使い 完全版』全巻 書籍代10,670円(税込)
定員 35名
会場 青山ブックセンター本店 大教室
詳細・お申し込みははこちらをご覧ください。

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