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ついに完結した『世界の終わりの魔法使い』の作者、西島大介に担当編集者がインタビュー!~「コピー」からの創作とSF、そしてファンタジー<前編>

2005年の第1作刊行以来、約17年をかけてついに完結した『世界の終わりの魔法使い』(全6巻/駒草出版)。そこで今回のインタビューでは、作者である西島大介先生に、この17年を振り返っていただきました。聞き手は「完全版」の担当編集者。まずはその「前編」をお送りします。

電子書籍が主流になりつつある時代に、あえてアナログなことをしたかった


――このインタビューでは、西島さんに『世界の終わりの魔法使い』(通称「せかまほ」)シリーズを、第1作から順に振り返っていただきたいと思っているのですが、2020年に突然、駒草出版から「完全版」の単行本が出始めたことはもちろん、約10年ぶりとなる描き下ろしの「新作」として、5巻・6巻が立て続けに刊行されたことに驚かれたファンの方も少なくないかもしれません。

西島 そうかもしれませんね。ただ、僕のほうでは突然だったわけでもなくて、2018年に『ディエンビエンフー』を完結させた後、次は「せかまほ」を終わらせようと思ったんです。というのは、「せかまほ」は一応、時系列順には3巻で完結しているわけですけど、作者としてはその前日譚や後日譚、あるいはスピンオフのような形でまだ描きたいエピソードがいくつかありましたので。それで、第1作の担当編集だった島田さんと久しぶりに別件で話す機会があったので、「せかまほ」についても軽く話してみたんですよね。具体的にいえば、描き下ろしの5巻、6巻のプランがあるということと、電子版は自力で出せるけれど、できれば紙の本で新装版を出してくれそうな版元を探しているということを。その結果、興味を持ってもらえて、ありがたいことに駒草出版で「完全版」の企画を通していただきました。しかも、電子版については僕が全ての権利を持っていいというご理解のもとで。

――読者の方々のために少し補足しますと、私は現在、駒草出版と契約しているのですが、第1作(『すべての始まり』[注1])が出た2005年当時は、河出書房新社の編集者でした。

西島 ちなみに2巻、3巻、4巻の担当もそれぞれ別の方たちだったのですが、今回、初代担当編集者にまとめてもらえたのはよかったと思います。細かい話ですが、セリフのフォントも既刊を流用するのではなく、全巻新しく打ち直してもらいましたしね。

――そういっていただけると、1巻を出したきりで逃げた(?)みたいな形になっていた身としては救われます(笑)。セリフのフォントもそうなんですけど、今回の「完全版」の売りはやはり、全ての巻に初回特典として、西島さん直筆のイラスト&サイン入りのカードが封入されていることではないでしょうか。当たり前の話ですが、コレ、全部が“1点モノ”なわけですし、たぶん何年か先には“伝説”になってると思う。

西島 自分でもよくやったと思いますが、作業自体はそれほど苦にはなりませんでしたね。本を買ってくださる方々のためにも、電子書籍が主流になりつつある時代に、あえてアナログなことをしたかったんですよ。できるかぎり「紙の本」であったり、手で触れる「物」であったりすることの魅力を活かしたいなと。カバー裏に地図を印刷したというのも、同じような発想からです。


コピーを生み出すしかない世代の“問い”を描いた『すべての始まり』

――それでは、まずは第1巻『すべての始まり』についてうかがいたいと思いますが、そもそも私が最初に西島さんに声をかけたのは、デビュー作の『凹村戦争』(早川書房)を読んで、いいなと思ったからでした。ただ、ストーリーはまったくといっていいくらい理解できなかった(笑)。とにかく絵がいいと思ったんですよ。特に、白と黒のコントラストの使い方に惹かれました。それで、メールか何かで一度連絡したうえで、実際にお会いして、「河出でも何か描き下ろしの仕事をやっていただけませんか?」と依頼したわけですが。

西島 たしか、最初にお会いした時、「『凹村戦争』は読み手を選ぶので、2作目はもっとわかりやすい話にしたほうがいい」というアドバイスをいただきましたね。それと、「自分がもし担当するなら、SFじゃなくてファンタジーを描いてほしい」ということもいわれたかな。

――いったような気がします。依頼そのものはピシャリと断られましたが(笑)。

西島 早川書房への忠誠心といったら変ですけど、デビュー後しばらくは他の版元から本を出しちゃいけないと思い込んでたんですよ。ただ、その時、島田さんにいわれた「わかりにくい/わかりやすい」という話はちょっと引っかかるところがあったんでしょうね。帰りの道すがら、自分なりに少し考えてみたら、断片的にですけど、“わかりやすい”ファンタジーのアイデアがぽつぽつと浮かんできたんです。
 それで、「やっぱ、描けそうです、すみません」と(笑)、2日後くらいにこちらから改めてお願いしました。ただ、「せかまほ」はファンタジーであると同時に、僕の中ではやはりSFなんですよ。アーサー・C・クラークに、「十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」という有名な言葉がありますが、この考えを応用すれば、ファンタジーというジャンルに見せかけた、ある種の“発達したSF”が描けるんじゃないかと。
 また、アーサー・C・クラークといえば、『すべての始まり』の物語のベースは、彼の代表作のひとつである『幼年期の終り』[注2]だったりします。もちろん、冷戦時代の政治や文化が色濃く反映されている同作とは異なり、僕の作品では、90年代からゼロ年代にかけての“閉塞感”みたいなものを織り込んではいますが。

――そういう意味では、90年代に一世を風靡した『新世紀エヴァンゲリオン』の影響も少なからずあるんじゃないですか?

西島 ありますね。包帯を巻いたサン・フェアリー・アンのデザインなどは、時代の象徴としての綾波レイのヴィジュアルを流用させていただいています。あと、“魔物”のデザインもどことなくエヴァ量産機っぽい、そのままだといわれることがあります。

――「エヴァ」もそうですし、アーサー・C・クラークもそうですが、西島さんはインスパイアされた作品や作家を一切隠そうとはしませんよね。

西島 漫画、映画、アニメ、小説……偉大な過去作の数々については、リスペクトと感謝の気持ちしかありません。「せかまほ」にかぎらず、僕の漫画の多くは「コピー」というものがテーマになっています。世の中に存在するさまざまなものを組み合わせて物語を作るしかない世代の漫画家にとって、過去作からの影響は避けられないものですし、また、隠すものでもないと思っています。そういう意味では、僕はある種の“諦め”から始まった漫画家だと思います。“影の魔法”の虚しさに似ています。でもそれは悲観していっているのではなくて、廃墟とか壊れたもの、虚無などは好きなモチーフでもあります。

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『世界の終わりの魔法使い 完全版 1 すべての始まり』(2020年11月発売)


「せかまほ」シリーズは1作で終わる予定だった?


――ちなみに、『世界の終わりの魔法使い』は、もともとは1作のみで終わる予定の企画だったのですが、ご存じのように、2巻、3巻がその後、同じ河出書房新社から刊行されました。また、その三部作とは別に、2巻では悪役だったテオドール・ノロの少年時代を描いた4巻が、雑誌(『モーニングツー』)連載後、講談社から刊行されましたよね。こうした続編の構想はいつ頃、思いついたのですか?

西島 と、このように、他人事のようにいっていますが(笑)、1作目が発売された直後に島田さんが河出書房新社を辞めてしまったので、こちらとしては“生き残り”をかけて、続編を構想せざるをえなかった、というのが正直なところです。1冊ポコっと出ただけで、その後、フォローしてくれる担当もいないというのでは、1〜2年経ったら世の中から消えちゃうだろうと思ったんですよ。それで、シリーズ化して続編を描けば出版社との関わりも続くし、1巻も死なないぞと。

――う……。その節はたいへんご迷惑をおかけしました……。でも、ちゃんと辞める前に2巻の企画を通して、漫画に理解のある編集者に担当を引き継ぎましたし、退社後ではありましたけど、都内の書店周りにも一緒に行ったじゃないですか。

西島 行きましたけど、あれって退社後だったんだ(笑)。いや、別に僕のほうも怒ってるとかじゃないので、お気になさらずに。逆に、フリーの漫画家として強くなった部分もありましたし。物語が続けば出版社との関係が続くんだなと気がついたり。
 ただ、そういう裏事情的な話を抜きにしても、1作目の原稿を描きながら、省いた部分の物語――たとえば、なぜアンは刑務所に幽閉されていたのか、とか、ムギを好きな理由、魔法星団へ帰還後の彼女はどうなったのかなどについては、いつか描くべきだろうと思っていました。

第2作『恋におちた悪魔』のテーマはずばり“愛”


――2作目(『恋におちた悪魔』)についてお訊きしますが、あえて1巻の“先”の物語ではなくて、プリクエル(前日譚)にしたというのもおもしろいアイデアでした。

西島 まあ、要するに『スター・ウォーズ』の「エピソードIII」ですよね(笑)。アナキンが闇に堕ちた理由と同じように、アンが恋に落ちた理由を描けたらと考えました。あと、『恋におちた悪魔』については、「世界の終わり」と「恋愛」を等価に描けるだろうかというのが、自分なりの実験というか挑戦でした。“愛”というのは、漫画のテーマとしては直球すぎるかもしれませんが、それをうまく描けさえすれば、1巻でアンとムギが科学や魔法を超えて、なぜあれほどまでにお互いを信じられていたのかの説得力が得られるなと考えました。

――一方、この巻では、悪役的な存在として、テオドール・ノロ王子(のちに国王)が初登場します。ただ、彼については、その後の4巻や6巻を読めば、ただのヒールではないということもわかりますし、むしろ、ある意味ではこの「せかまほ」シリーズは、彼の切ない片思いの物語だったとさえいえそうです。

西島 そうですね。おっしゃるように、テオドールはシリーズを通しての陰の主役といってもいいかもしれません。本来の主人公であるアンは、読者に感情移入させるという点では、実は、どの巻でもたいしたことはやっていません。いきなり現れて世界を数秒で破壊する、みたいな派手な見せ場が毎回あるため、「主人公感」は出てると思いますが、なんかちょっとよくわからない(笑)。唐突。準主役のムギにしても、2巻の最初のほうではシッポ猫をいじめたりしていて、だいぶ嫌なヤツですからね。1作目の愛情感情の根拠のなさが、続編を作らせたのかも。
 そういう意味では、むしろ、主役のふたりよりも、悪役の立ち位置にいるテオドールのほうが、王位継承者としての自分と、アンに惹かれている自分の間で揺れ動いたりしていて、より人間味があるキャラなのかもしれません。強い野心があり、背負うべきものもあり、最高の権力さえ手に入れられるわけですが、本当に欲しい“愛”だけは手中にできないという。つまり、魔法でも科学でも解き明かされないのが“愛”なんですよ。そして、最強なのも“愛”。そのことをテオドールは人一倍知っている。哀しいキャラですよね。

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『世界の終わりの魔法使い 完全版 2 恋におちた悪魔』(2021年3月発売)

「せかまほ」シリーズの“終わり”を描いた『影の子どもたち』


――3巻(『影の子どもたち』)に話を移しますが、先ほど西島さんもおっしゃられたように、この巻で描かれているのは、時系列順[注3]では「せかまほ」シリーズの“最後の時代の物語”ということになります。

西島 そうですね。

※以下、3巻のネタバレ注意

――今回あらためて読み直してみて、個人的にいいなと思ったのは、物語の最後にアンが白い虚空を飛び続けた末、もとの場所に還っていくじゃないですか。あの円環構造が美しいというか、カチっとハマる感じが読んでいてとにかく気持ちよかったです。

西島 ありがとうございます。なぜか円環構造とか、箱庭的な物語が昔から好きなんですよ。もちろん、未来に向かって広がって突き進んでいくようなエンディングも悪くはないですが、パズルのピースを埋めていくような話を考えるほうが、どちらかといえば性にあっている気がしますね。
 その意味では、3巻は1巻のベースになっている『幼年期の終り』とは異なる形のエンディングです。戻ってきてしまう。もちろん、ネズやクリムたちは魔法星団を捨てて別の宇宙に行くわけで、彼女たちについては、アンが見たのとは違う世界線の“未来”が待っています。

――3巻のムギは、自分は“影”であり、やがて消えるのを知りながら、命を賭してアンを生かそうとする。あの最終的なアンの“行き先”については、彼にはわかっていたということですか?

西島 はい。あの時のムギは全部わかっていたうえで、エア・ボードに行き先をプログラムしていました。極限まで加速して、時を超えた末に、「時のない惑星」に辿り着くという。そういう意味では、あの場面は魔法ではなく科学で未来を切り開いたシーンですね。
 一方のアンは、たぶんどこに飛んでいくのかわかってなかったことでしょう(笑)。飛びながら「死後の世界?」とかテキトーなことをいってますし(笑)。でも、彼女はムギのことを信じているから、それでいいんです。

――ムギが、自分が“影”であり、やがて消えることを自覚した後の展開は、ちょっと『ブレードランナー』入ってますね。

西島 ちょっとどころか、かなり(笑)。ルトガー・ハウアー演じるロイ・バッティの、死期を悟ると同時に命の重みを知る、という心情の変化などは特に。「いろいろなものを見た」とか、「塵と消える……」とか、クライマックスのセリフはモロにそれが出てますね。有名な映画のセリフ、「I’ve seen things you people wouldn't believe.」まんまですね。これがコピーのコピーですね(笑)。

――また、その“影”のムギと敵対(?)する存在として、「黒きドラゴン」というラスボス的なキャラクターが出てきます。

西島 ここまで名前が出てきた、本作を描くにあたり影響を受けた作品って、『幼年期の終り』だの「エヴァ」だの『スター・ウォーズ』だの『ブレードランナー』だので、全部SFじゃないですか。まあ、僕はSF脳で物語を作りがちなので、そうなるのも自分でわかるんですけど。その反面、3巻は「せかまほ」シリーズの“最後の時代の物語”だし、ここでわかりやすいファンタジーの要素を出さないといけないなとも思ったんです。
 で、ベタといえばベタなんですけど、それはドラゴンだろうと(笑)。ラスボス的な意味だけでなく、「魔物が進化した果ての神」というような意味も込めたかったので、オリジナルのキャラクターをゼロからデザインするよりは、すでに多くの人々が共通したイメージを持っているドラゴンを出すほうがいいだろうと判断しました。

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『世界の終わりの魔法使い 完全版 3 影の子どもたち』(2021年6月発売)

【インタビュー「後編」に続く

[注1]河出書房新社から2005年に刊行された第1作にはサブタイトルはつけられていなかったが、今回の「完全版」刊行にあたり、『すべての始まり』というサブタイトルがつけられた。

[注2]作者が「せかまほ」シリーズを捧げている人々(各巻の冒頭にある献辞ページ参照)のひとり、「カレルレン」とは、『幼年期の終り』に登場する地球人類よりも高次の存在のこと。

[注3]時系列順に巻数を並べると、以下のとおりになる。4巻→5巻→2巻→1巻→6巻→3巻。

【著者プロフィール】西島大介(にしじま・だいすけ)
漫画家、イラストレーター、ライター、映像作家、音楽家。1974年、東京都出身。90年代半ばからイラストレーターや映像作家として活動し始め、2004年に『凹村戦争』で漫画家デビュー。ライターや音楽制作などもこなすマルチ・アーティストとして活躍。代表作は2005年から刊行がスタートした『世界の終わりの魔法使い』や『ディエンビエンフー』など。2020年11月より駒草出版での刊行がスタートした『世界の終わりの魔法使い 完全版』は、2022年3月刊行の6巻で完結(5~6巻は商業出版で紙の本として刊行されるのは初めてのこと)。
公式HP https://daisukenishijima.com/ 
Twitter @DBP65

西島大介の傑作ファンタジー・シリーズ『世界の終わりの魔法使い 完全版』(全6巻)

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『世界の終わりの魔法使い 完全版 1』「すべての始まり」
『世界の終わりの魔法使い 完全版 2』「恋におちた悪魔」
『世界の終わりの魔法使い 完全版 3』「影の子どもたち」
『世界の終わりの魔法使い 完全版 4』「小さな王子さま」
『世界の終わりの魔法使い 完全版 5』「巨神と星への旅」
『世界の終わりの魔法使い 完全版 6』「孤独なたたかい」

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【原画展】西島大介「世界の終わりの原画展 2005-2022」

『世界の終わりの魔法使い』シリーズの完結を記念して、青山ブックセンター本店(東京・表参道)にて原画展を開催いたします。17 年に及ぶ「せかまほ」ワールドの軌跡をぜひ会場にてご覧ください。なお、開催期間中に同店にて「せかまほ」全6巻をお買い上げの方には、非売品のオリジナルトートバッグをプレゼントいたします。

日程 2022 年4 月13 日 (水) 〜 2022 年4 月26 日 (火)
時間 平日 10:30~21:00
    土日 10:00~21:00
   *最終日は17:00 まで
   *状況により、営業時間の変更がある場合もございます。
    お手数ですが、お出かけ前にご確認下さい。
料金 無料
会場 青山ブックセンター本店 ギャラリースペース
詳細はこちらをご覧ください。

【サイン会】4/ 16(土)『世界の終わりの魔法使い 完全版 6 孤独なたたかい』刊行記念 西島大介サイン会

原画展の開催にあわせ、西島大介さんのサイン会を開催いたします。
今回は特別に選べる2コースをご用意しました。A: 新刊(1冊)へのサインと、B:新刊へのサイン+全6巻小口にイラストの2つです。Bの方には非売品のオリジナルトートバッグもプレゼント。ぜひお申し込みください。

日程 2022年4月16日 (土)
時間
A:『世界の終わりの魔法使い 完全版 6 孤独なたたかい』サイン
   ①受付開始 13:00
   ②受付開始 13:30
B:『世界の終わりの魔法使い 完全版 6 孤独なたたかい』サイン+全巻小口イラスト
   ③受付開始 14:05
料金
   ①②:『世界の終わりの魔法使い 完全版 6 孤独なたたかい』書籍代1,870円(税込)
   ③:『世界の終わりの魔法使い 完全版』全巻 書籍代10,670円(税込)
定員 35名
会場 青山ブックセンター本店 大教室
詳細・お申し込みははこちらをご覧ください。

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