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「あざやかな闇」を切り取る方法について~あるいは、この時代の正体/『この、あざやかな闇 行きずりの人たちのスナップショットでたどる現代社会』より北丸雄二さんによる解説文を掲載!

 2月17日に刊行した『この、あざやかな闇 行きずりの人たちのスナップショットでたどる現代社会』(ジェフ・シャーレット著、安達眞弓訳)より、本紙に掲載されている、北丸雄二さんの解説文を掲載いたします。
 この本は、アメリカ人ジャーナリストのジェフ・シャーレットが2020年に刊行した作品の日本語版書籍です。筆者が実際に足を運んで出会った人々や風景を自身のiPhoneで撮ったスナップショットの数々と、それについての長短の散文の集成という、一風変わった構成の本です。ルポとエッセイの間を漂っているような趣があり、ドキュメンタリー番組や映画(特にロードムービー)を観ているような心地に誘われる書籍でもあります。また、行きずりの人たちのストーリーを読みながら、人種やジェンダーの違いによる差別、貧困、理不尽な暴力や規制など社会問題への意識を問う目線もしっかりと感じられます。

 父親の心臓発作の知らせから始まるこの、いかにもアメリカ的なテキストを読み進むうちに、私は大きな勘違いをしていたことに気づくことになった─ボブ・グリーンが好きだった。1980年代の後半、私は一世を風靡したこのコラムニストの描く叙情的な物語を読み耽って私のアメリカ像を築き上げた。だから「家に帰る時間になる。子どもたちが待っている」「僕が探し歩いてスナップ写真を撮った被写体だって、家に帰りたかったのだと、今さらになってわかってきた。それがどれほど大変なのかも」という文章に触れて私はグリーンに再会したような気がした。例えばまた、ダンキンドーナツでの最後の夜勤を終えるマイクに「誰のための涙?」と訊く文章でも。「右目そばに涙のタトゥーが彫ってあったからだ。『息子のため』と言う。『生後2ヵ月で死んだんだ』」─だが本書の著者ジェフ・シャーレットはグリーンではなかった。そして今は80年代でもない。あれから40年近く経って、世界は叙情ではすでに描けない。なにせユダヤ系の著者に米北東部ルートの山間で「あんたの国籍は?」と訊いてきたラルフの左腕にあるタトゥーは「88」。アルファベットの8番目は「H」。つまり88はHH、「ハイル・ヒトラー」なのだ。

 そんな時代だ。シャーレットは「25年前に新聞記者としてのキャリアをスタートさせた日から」「取材範囲は軍法会議とホームレス」というシビアな「現在」が相手だった。それはおのずからクラックやヘロインや、老いたヴェトナム退役兵の取材にもつながる。
そして2015年3月1日、ロサンゼルス・スキッドロウ地区のチャーリー・クネインの悲劇にも辿り着くのだ。BLM(ブラック・ライヴズ・マター=黒人の命だって大切だ)運動のうねり。チャーリーは「アメリカの警察権力が2015年の1年で手をくだした175人目の死亡者」だ。冷徹なジャーナリストの筆致が、新聞でもテレビでも報じられなかったチャーリーの生きた姿を延々と描き続ける……なぜだ?

 その理由を、私たちは次のロシアの章で確信することになる。描かれるのはプーチンの「同性愛宣伝禁止法」で弾圧される勇敢な同性愛者たち、トランスジェンダーたちだ。息が苦しくなるほどの鬱屈、閉塞─殺される性的少数者たち、殺される黒人たち、ホームレスたち、名もなきメアリたち、デブラたち、ペイジたち……それは、シャーレットの2009年の労作『The Family: The Secret Fundamentalism at the Heart of American Power』(Netflixドキュメンタリー『ザ・ファミリー:大国に潜む原理主義』で映像化)で潜伏取材
した「全米祈禱朝食会」、「宗教右派」、「ロシア」、「伝統的家族」、「LGBT差別」、「結託権力」、「トランプ主義」の獲物たちだ。

 彼ら彼女らを記録すること。それは彼ら彼女らを追いやる権威主義のネットワークを逆照射することだ。シャーレットは、そうやって私たちに、叙情的な物語にはすでになれない現代社会のあざやかな闇を切り取って見せるのである。

文:北丸雄二

著者プロフィール
北丸雄二(きたまる・ゆうじ):
ジャーナリスト、作家。毎日新聞をスタートに、東京新聞(中日新聞社)社会部を経て1993 年よりニューヨーク支局長。1996 年夏に退社して独立、ニューヨーク在住のまま執筆活動を続け、2018 年に帰国。東京を拠点にラジオやネットメディアでコメンテーターやニュース解説を行う。東京新聞に「本音のコラム」を連載中。『カーター、
パレスチナを語る:アパルトヘイトではなく平和を』(晶文社*共訳)、『LGBT ヒストリーブック 絶対に諦めなかった人々の100 年の闘い』(サウザンブックス)のほか、『ボーイズ・イン・ザ・バンド~真夜中のパーティー』などブロードウェイの日本公演台本も多数翻訳。2021 年刊行の『愛と差別と友情とLGBTQ+: 言葉で闘うアメリカの記録と内在する私たちの正体』(人々舎)は紀伊國屋じんぶん大賞2022 で第2位となった。

ジェフ・シャーレット:1971 年生まれ。『GQ』、『ハーパーズバザー』、『ローリングストーン』のライターを経て、現在は執筆活動と並行して複数の大学で教鞭を執る。ダートマス大学教授(英語・クリエイティブライティング)。著書に、キリスト教保守系カルト組織への潜入取材をベースとした『The Family』(Netflix ドキュメンタリー『ザ・ファミリー:大国に潜む原理主義』原作)、『C Street』、『Sweet Heaven When I Die』があり、ナショナル・マガジン・アウォード、アウトスポークン・アウォードなどを受賞している。

訳者プロフィール
安達 眞弓(あだち・まゆみ):宮城県生まれ。訳書に『ヴィクトリア朝の毒殺魔』(亜紀書房)、『僕は僕のままで』、『 どんなわたしも愛してる』(ともに集英社)、『死んだレモン』、『 壊れた世界で彼は』(ともに東京創元社)、『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』(共訳・駒草出版)、『ジミ・ヘンドリクスかく語りき』、『都会で聖者になるのはたいへんだ
ブルース・スプリングスティーンインタビュー集1973~2012』(ともにスペースシャワーネットワーク)など多数。

ジェフ・シャーレット 著
安達眞弓 訳
2023年2月17日 発売
四六判/並製(小口折製本・天アンカット) 386ページ
ISBN978-4-909646-65-1定価(税込み)2,530円(税込)


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