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「料理本の読書会」連載7回目は『ナチスのキッチン~』を読んで考える、台所と料理とレシピ!

双子のライオン堂書店の店主、竹田信弥さんとライターの田中佳祐さんのふたりによる連載、「料理本の読書会」7回目です。今回取り上げる本は『[決定版]ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』(藤原辰史著 共和国 2016年)です。2012年に最初の版が刊行されたものの新版で、500ページに迫る大著です。台所という、人間の生活に不可欠かつ、極めて私的&家庭的な場所を、さまざまな方法で支配し、政治利用しようとしたナチス時世の記録を紐解きながら、当時のドイツの社会について考察した、この興味深い本を読んで、2人はどんなことを考えたのでしょうか? 日々料理をし、台所に立つ身には、合理的で機能的なシステムキッチンで名高いドイツのキッチン事情に興味しんしん。まずは竹田家の一大ニュースの話題から。

食洗器の導入は、キッチンの一大革命!


田中
 みなさん、こんにちは! レシピ本から歴史の本まで、さまざまな料理本を紹介する「料理本の読書会」が今日も始まりました。ライターの田中と双子のライオン堂書店の竹田の2人が、わいわい本と料理のお話をお届けします。
竹田 田中さん、ニュースですよ!
田中 え? 冒頭からなんですか? この連載に容易に時事ネタを入れ込むのはどうかと思いますよ。
竹田 そうじゃなくて、我が家のニュースです。なんと、食洗器が導入されました!
田中 それ、僕がずっと勧めてたやつですよね。
竹田 いやー、家族会議をして、いつも「じゃあ必要ないね」ってなってたんですけど、思い切って買ったら最高ですね。
田中 食洗器があるだけで、生活のクオリティが上がりますからね。
竹田 僕は、食器洗いが好きなのであまり関係ないかなって思ってたんですけど。
田中 一度、あれを味わっちゃうと止められなくなりますよね。
竹田 冬の寒い日とか、たくさん料理した日とか、食器を片づけるのがほんとうに楽になりました。靴屋のこびとですよ。寝ている間に、終わってるんですからね。
田中 まな板とか小さいフライパンとか、食洗器に入れられるサイズにするとさらに楽ですよ。
竹田 新しい食器買うときに、食洗器に入るかなって基準で見ちゃいますよね。
田中 僕の家は、食洗器と炊飯器とオーブントースターを同時に使うとブレーカーが落ちちゃうので、食洗器使用タイムを計算して使ってますよ。
竹田 あれ? 田中さん、食洗器に生活の一部をコントロールされてるんじゃ……。
田中 そ、そ、そんなわけじゃないですか、食洗器さまは完璧な存在デスヨ。というわけで、今回紹介する本は藤原辰史『[決定版]ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』デス。

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『[決定版]ナチスのキッチン 「食べること」の環境史(藤原辰史 著 共和国 2016年)

ドイツのキッチンの歴史と社会思想を読み解く

田中 今日の課題本は、レシピ本じゃなくて歴史をテーマにした本なので、内容をていねいに整理しましょうかね。説明が長いなと思った人は、感想を先に読んで、最後に戻ってきてください!
竹田 『[決定版]ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』は、食の思想史、農業史を専門とする研究者が、ドイツのキッチンの歴史を膨大な資料を元に整理し、キッチンの変化から社会思想を読み解いた本です。
田中 テーマとして、キッチンの合理化、家事を支援する機械の浸透、それに伴う家事の市場化、主婦の活動が社会に開かれていく様子、女性の自由な社会進出を妨げたナチスの動向などが書かれています。
 キーパーソンとして、3人の女性が出てきます。1人目は、主婦向け消費者相談所「ハイバウディ」を設立したヒルデガルト・マルギス。2人目が、国際政治学者でカリスマ家事アドヴァイザーのエルナ・マイヤー。3人目が、機能的な小型台所を作った建築家のマルガレーテ・リホツキー。いずれも社会に大きな影響を与えていく人物たちですが、ナチスに翻弄されていきます。
竹田 重要な批判としてテイラー主義(*1)が、人間を機械化していく様子が書かれていましたね。
田中 いくつかの章を紹介すると、こんな感じでしょうか。


第1章「台所空間の「工場化」——建築課題としての台所」

 いわゆる今のキッチン、私たちがイメージするような「飲み水の出る蛇口」、「ガスコンロ」、「キッチン家電」があるような場所になるまでの歴史が、ドイツの例を元に書かれています。
薪を使って火を管理しなければならない古いキッチンを進歩させ、危ない「火」を安全かつ効率的に扱うために、建築的な工夫や人々の苦労があったことが読み取れます。
意外にも、キッチンを合理化することが社会の価値観、家族の価値形成の変化につながることが、ドイツの住宅設計歴史を追いかけながら、紹介されます。ナチス時代には、テイラー主義の影響からきわめて合理化された「工場」のようなキッチンが各家庭に作られていくことが示されます。

第2章「調理器具のテクノロジー化——市場としての台所」
 キッチンが食材を切ったり煮たりするプリミティブな行為をする場所から、家電などが導入されたことをきっかけに機械の操作をする場所になっていったことが書かれています。
 機械が導入されていったことで、家事が市場の影響を受けることになりました。複雑化したからか、あるいは時代の変化からか、家事にまつわる相談ができる消費者センター「ハイバウディ」が登場したことが紹介されています。家事のお悩みや最新家電の紹介を受けることができる相談所が、ドイツ各地に作られていきました。その後、「ハイバウディ」は国家の介入を受け、運営は開設者のヒルデガルト・マルギスから大企業に奪われてしまいます。

第3章「家政学の挑戦」
 ドイツの家政学の浸透が、大学以外の家政研究所や農業労働学研究所など、公的な研究機関によって担われていたことが書かれています。
 ベルリンの家政学研究所の機関誌『家政年報』を読み解きながら、当時の家庭内で求められた労働や、一般家庭のキッチンの環境や栄養補給としての食事へ科学的な分析が導入されたことがわかります。また、主婦の家事労働の分析と評価を社会に投げかけていった様子、そしてそれらの主婦の労働を自由にするため、社会へと開いていく活動がナチスの政権獲得により失われていった過程を知ることができます。

第4章「レシピの思想史」
 19世紀から20世紀にドイツでベストセラーとなった料理本の変化や社会との関係性について書かれています。これらの本の筆者の70%以上が女性であること、一方で医学や栄養学をキッチンに導入するのは男性であり、さらに食品の開発や企業の立ち上げも男性という、知のジェンダー化についても紹介されています。レシピを通して、戦時中の食料事情の変化や、ナチスが食文化や国民食を巧妙に政治に利用していった様子なども知ることができます。

第5章「台所のナチ化──テイラー主義の果てに」
 女性を「第二の性」、男性を「第一の性」とみなしていた、女性蔑視のナチスがいかに主婦を戦争の道具として利用したか、キッチンから見える風景を描いています。プライベートな空間であるキッチンが、どのように社会や国家に結びついているのかという分析としても読むことができます。個人の空間が政治化されるとは、いったいどういうことなのかを考えるヒントとなる章です。

*1 テイラー主義…「アメリカの機械技師であるフレデリック・ウィンスロー・テイラーが提唱した、科学的見地に基づいた労働改善の理論および運動である」(本紙P.20より)

家庭、キッチンの中の自由と国家


田中
 ずいぶん本の紹介が長くなっちゃったけど、ここからは本の感想を話しましょう。
竹田 田中さんはどこが、気になりましたか?
田中 人間を機械化しようとするテイラー主義や国民を意のままに操ろうとするナチスの政策を見て、家庭の中での自由について考えましたね。
竹田 「アイントップの日曜日」というナチスのプロパガンダが出てきましたけど、家庭の自由を奪って、同質化する活動でしたね。
田中 ドイツ民族のみんなで、階級に関係なく作れる安価なスープを食べましょう、という呼びかけで、ナチスは国民意識を操作していました。
竹田 僕たち2人は料理が好きで毎日のご飯を作ってるけど、そこに強制力や数値的な目標が入ってきたらすごく嫌ですね。
田中 現代でも、料理をすることを強要されて困っている人はいるでしょうから、そういう負担は外から見えにくいし、隠されている分、自分の自由が侵害されていると気がつきにくいんじゃないかな。
竹田 今の僕たちの生活する社会だと、国家に直接的に家庭内の仕事へ口出しされたりはしないけれど、住んでいる場所によっては同調圧力とかはあるよね……。
田中 料理みたいに、毎日のように行う活動に自由さが無いのは少しずつ心身を摩耗していきそうですね。
竹田 その一方で、キッチンを効率化しようっていう言葉自体は一見良いように聞こえる。
田中 実際に僕たちは、食洗器を導入してかなり生活が楽になってるからね。
竹田 この本では、ケーテ・グロースマンという人の書いた『料理をしよう!』が戦時中に変化していったことが書かれていたことを思い出しました。
田中 「『料理をしよう!』は、台所での仕事を機械のようにするための助手であろうと宣言している。台所空間の機械化ではなく、人間の機械化である」(P.298)という箇所ですね。
竹田 便利になってるってことが、機械を道具として使いこなしているのか、人間が機械のように自由に思考しない道具のようになってしまっているのか、立ち止まって考えたくなりました。田中さんは危険ですよ、すでに家電製品にコントロールされていますからね。
田中 僕たちは、いつもワイワイと料理をしていますけど、そういうことが強制された活動を相対化するのかもしれませんね。
竹田 そうだといいな。

レシピ本から国の状況を探っていたナチス


竹田
 僕は、この連載をやっているからなのか、第4章「レシピの思想史」は特に興味深かったです。「六三二一冊(同じタイトルの本でも版が違えば一冊と数える)の料理本の書誌情報から、十版以上版を重ねている料理本、もしくは十万部以上出版されている料理本を101冊ピックアップし」て分析しているのは圧巻ですね。
田中 たしかに、何を食べていたかっていうのは、時代や地域を知るうえで重要な資料ですよね。文化や習慣、経済状況、栄養とか、考えてみるとすごいデータの宝庫ですね。分析しがいもあります。
竹田 なんとなく古代の貝塚とかからそういうデータを抽出して分析するのは想像しやすいけど、料理本が同じように役立つんだね。この対談記事も何百年後とかに役に立つといいなぁ。
田中 レシピに時代背景や政治情勢が影響しているんだよね。政治的配慮で掲載される料理が変わったりする。一種のプロパガンダとして利用されている部分もあるし。
竹田 5章に「毎日の食事に細心の注意を払え――。アードルフ・ヒトラー政権下のドイツ国民は、この意識を徹底的にたたき込まれた。しかし、それは自分や家族の健やかな生活のためだけではない」ってあって。戦時下に国とか政府が健康を促進したりするのって国民の体を戦力として捉えているからでしょ。兵器として見ている。これってとても生々しくて恐ろしい。
田中 あと、本文中にレシピが掲載されていましたけど、レシピを見ると作りたくなりますね。でも今回はやめておきましょうね。
竹田 決定版と題名に入っているのは、共和国という出版社から新たに「あとがき」を加えて復刊されたからです。
田中 「新装版のあとがきにかえて」に、この本の旧版が刊行された時に、レシピをもとに再現した人たちがいて、僕たちみたいな人がいるんだなと思った。実際に料理をやったことで、レシピの間違いが発見されたりした、みたいな話がありましたね。
田中 「レシピの翻訳は実際に手を動かすことで、あるいは、手を動かすことを具体的に想像して初めてその正否がわかることである」って著者の素直な反省が書いてあるのよかったなぁ。
竹田 過去に、『フィッシュ・アンド・チップスの歴史:英国の食と移民 』(パニコス・パナイー 著、栢木清吾 訳 創元社 *連載第2回)や 『パスタでたどるイタリア史』(池上俊一著 岩波書店<※岩波ジュニア新書> *連載第4回)なども読んできたけど、1つのアイテムを中心に歴史を知るのは、ただ年代を順番に追っていくのと違って、頭に入りやすかった。学校でこういう授業をしてくれたらもっと歴史好きになっていたのになぁ。
田中 今回だったら「台所」の変化を中心に追うことで、年代や地域だけを見ててもわからない複雑な問題が、受け取りやすい気がしました。

夕食は台所を汚さないものを選ぶドイツの習慣


田中
 そういえば、この本の中に、夕食は冷菜を食べるという食習慣が出てきました。
竹田 ドイツでは、台所をきれいに保つために夕飯は油を使わない人が多い、という著者の体験が書いてありましたね。肉とか魚とか、油ものを料理するのはお昼だとか。
田中 これ良い方法だなって思いました。僕はめんどくさがりなので、コンロの掃除とか後回しにしちゃうから夜に台所が汚れるよりも、昼間に汚れたほうがいいもん。
竹田 僕は、冷たいご飯も好きなので、全然ありですね。冷えた白米もぜんぜんいけちゃう。
田中 冷えた白米は寂しいから、パンにしたり、ちょっとそうめん茹でて、冷蔵庫のものを食べちゃうのはアリだな。
竹田 え、冬にそうめん食べるんですか?
田中 冬こそそうめんですよ! 水道水がギンギンに冷えてる時期が、一番そうめんが引き締まって美味いんですから。
竹田 そう聞いたら合理的な気がしてきた……。

(その後、夕飯にピッタリなそうめんの献立を議論する2人であった)

次回は、「架空の料理をテーマ」にお届けする予定です。

文・構成・写真:竹田信弥(双子のライオン堂)、田中佳祐
イラスト:ヤマグチナナコ

著者プロフィール:
竹田信弥(たけだ・しんや)

東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社・写真下)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

田中 佳祐(たなか・ けいすけ)
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

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双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~21:00 /日・不定期
公式HP https://liondo.jp/
公式Twitter @lionbookstore


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