見出し画像

「料理本の読書会」連載2回目は「フィッシュ・アンド・チップスにうってつけの日」!

 双子のライオン堂書店の店主、竹田信弥さんとライターの田中佳祐さんのふたりによる連載、「料理本の読書会」の2回目です。今回取り上げるのは、イギリスのソウルフード、フィッシュ・アンド・チップスとそれにまつわる本。いってみれば、白身魚のフライとポテトフライ、というシンプルこの上ないメニュー。それがそこまで愛されているらしい、ということの背景はどんなものなのでしょうか。今回も料理の実践を交えながらの内容です。リラックスしてお楽しみください。

画像6

フィッシュ・アンド・チップス・ピクニック!


竹田 田中さん、なんで今日は六本木の公園に集合なんですか?
田中 今日、紹介する本がフィッシュ・アンド・チップスの歴史:英国の食と移民 』(パニコス・パナイー 著、栢木清吾 訳 創元社 2020年)なので、実際に食べようと買ってきました! 六本木には、英国国際フィッシュ・アンド・チップス協会公認のフィッシュ・アンド・チップス屋さんがあるんですよ。じゃん! せっかくなので外で食べよう!
竹田 本の中に「全国フィッシュ・アンド・チップス連盟」と言うのが出てきましたね。いろんな団体があるんですね。
田中 よし、食べてみよう。衣がふんわりで予想より優しい味がする。
竹田 1ピースがでかい! うまい! タルタルソースがめちゃくちゃうまい。
田中 そっちじゃないでしょ。

画像1

『フィッシュ・アンド・チップスの歴史:英国の食と移民 』
(パニコス・パナイー 著、栢木清吾 訳 創元社 2020年)

田中 さて、フィッシュ・アンド・チップスも味わったので、読書会に移りましょう。今日紹介する本は、19世紀のイギリスで誕生した「フィッシュ・アンド・チップス」について、起源と食文化、移民との関係を歴史資料から読み解いた一冊です。著者はイギリス移民史や食文化史を専門とする大学教授のパニコス・パナイー。じゃあ竹田さん、まず一言感想をもらえますか。
竹田 日本史や世界史の本ってふだんは読まないけれど、文化史って本当に面白いですね。ちゃんとした研究に基づいているから、文献や根拠がしっかりしてて、食べ物の話をしてるのにめちゃくちゃ詳しい資料が出てくる、このギャップがよかったです。
田中 僕は、押井守の『機動警察パトレイバー2 the Movie』みたいな本だなと思いました。
竹田 え? 急にアニメの話を始めようとしてます?
田中 パトレイバーの映画で、蕎麦が印象的なシーンで出てくるじゃないですか! 僕はこの映画を見てから蕎麦が特別な食べ物になりました。ふだんは意識しない、当たり前の食べ物が新しい視点で見えてくるって意味で、この本はパトレイバーなんですよ!
竹田 気を取り直して、この本を選書した理由ときっかけから話しましょう。Readin’ Writin’ BOOK STOREという本屋の店主、落合博さんがすごくおすすめしてくれたんです。
田中 どんな時におすすめしてもらったんですか?
竹田 落合さんのお店で店番した時かな。「お店でこの本の出版イベントをやることになって、読んでみたらすごく面白かったですよ」と。当時、落合さんは、移民に関する社会問題にも興味があったようで、食文化から社会問題を考える本という意味でも注目していたのかもしれません。あと「国民食」ってなんだろうとか、現在の食文化って未来に残るのか、とか、文学に描かれる過去の文化とか、たくさんのトピックスが詰まっている本なので、今回選んでみました。
田中 竹田さんは自分のお店があるのに、友達の本屋さんの店番をしてるの?
竹田 そうそう、落合さんが忙しい時に手伝ったりして。その時に最近読んだ本とか、さっき売れた本とかの話になって、その流れで教えてもらいましたね。
田中 本屋さん同士で情報のやり取りがあるのって良いですね。
竹田 夜な夜な読書会ともしてますよ、本屋さんや編集者さんとかで。


フィッシュ・アンド・チップスの歴史とは?


田中 感想を詳しく話す前に、本の内容を紹介しましょう。
竹田 この本は、イギリスの国民的なアイコンとして有名な料理「フィッシュ・アンド・チップス」の歴史を書いた本なのですが、料理についてのみ書かれているわけではありません。労働の問題やイギリスの移民の生活環境、そしてイギリスらしさの生成について紹介されています。
田中 歴史の本なので出典を明記してあるのですが、その膨大な資料数に驚きますよね。参考文献と注釈の一覧を示したページだけで26ページもあります。
竹田 本は魚料理の起源から始まります。紀元前ローマの魚食、中世の漁業、ユダヤ文化から伝わった魚の衣揚げ、そして、ジャガイモとの出会い。フィッシュ・アンド・チップスの誕生を紹介してからは、どのように専門店や屋台がイギリスで広まっていったかを、資料を元に紐解きます。
田中 そしてイギリスの生活環境というテーマも展開されます。手軽に食べられて、保存性も高く、安価であることから、労働者階級の食べ物として19世紀には認識されていたことが書かれています。現在では、イギリスのアイコンとして紹介されるフィッシュ・アンド・チップスですが、その当時には揚げ油や魚の不快な匂いが、差別的なステレオタイプを誘因していたこともあったそうです。
竹田 ディケンズの『オリバー・ツイスト』には貧しい生活との関連が描かれていることが紹介されていましたね。
田中 その後、20世紀後半にはいわゆる「国民食」の地位を確立し、現在に至ります。しかし、この本はそこで終わりではありません。改めてフィッシュ・アンド・チップスという食文化の担い手について、振り返っていきます。そこでのメインテーマは移民です。
竹田 エスニシティについての章が、本の最後に設けられていますね。
田中 フィッシュ・アンド・チップスを構成する「魚の衣揚げ」と「フライドポテト」の両方が、外国から伝わってきたことをもう一度振り返り、フィッシュ・アンド・チップスを売る外国人たちの生活にまつわる具体的な資料を紹介していきます。先ほど触れた、油と魚の独特な匂いとユダヤ人差別との結びつきについても書かれています。
竹田 フィッシュ・アンド・チップスは、イギリスを象徴する食べ物でありながら、その背景には労働問題の歴史や外国人への差別の歴史も含まれている。
田中 一本道ではないイギリスの歴史を食を通して知ることができる、とても面白い本です。もっと歴史の本が読みたくなる!

バリンバリンのフィッシュ・アンド・チップスを作る


竹田 本の内容も紹介したことですし、僕たちの感想を話しましょうよ。
田中 あ、フィッシュもチップスもあと1つずつですね。
竹田 もうちょっと食べたかったなあ、タルタルソース。
田中 そっち? このフワフワなフィッシュ・アンド・チップスも美味しかったですけど、実は僕がイメージしていた食感じゃなかったです。もっとバリンバリンのフィッシュ・アンド・チップスを食べたいなあ。
竹田 じゃあ、今回も作っちゃいますか!

田中 買ってきました! 材料はこんな感じ。

フィッシュ・アンド・チップスの材料
揚げ衣:小麦粉(中力粉)50gぐらい、片栗粉50gぐらい、ビール150ccぐらい
白身魚:タラ、カレイ、カジキマグロ(お好きな白身魚)
タルタルソース:玉ねぎ1/2個、ピクルス(小)6本、ゆでタマゴ2個、ラッキョウ8個、マヨネーズ(好きなだけ)、塩、こしょう

竹田 前回のカレー編に比べると、とってもシンプルですね。
田中 まず、タルタルソースの準備から。玉ねぎをみじん切りにして水にさらしておきます。ピクルス、ゆでタマゴ、ラッキョウもみじん切りにします。さきほどの玉ねぎの水気をしっかり切って、全ての材料とマヨネーズを混ぜ合わせます。マヨネーズは覚悟をきめて多めに入れましょう。最後に塩こしょうで味を整えて、完成。
竹田 これ、めちゃくちゃ美味い! 味見しすぎちゃう!
田中 揚げ衣の準備です。小麦粉と片栗粉をしっかりと混ぜ合わせてから、ビールを加えます。ダマが残ってもいいので、混ぜすぎないようにして完成。僕は薄めの衣が好きなので、結構ゆるめな生地にしちゃってます。
竹田 魚に塩をふっておきますね。
田中 白身を少し置いて、水が出てきてしっかり拭き取ってから、小麦粉をふりかけて、さっき作った衣にくぐらせて、180℃の油で揚げます。
竹田 何分くらいがいいんだろうね。
田中 衣がきれいなきつね色になって、菜箸で触ってみてガリンガリンになってたら完成です。だいたい7分くらいかな。
竹田 こっちの鍋では、言われた通り、茹でジャガイモを低温で揚げたよ。

画像2

田中 あれ? タルタルソースが2種類ありますけど?
竹田 らっきょう無しも作ってみました。
田中 絶対にらっきょうが入ってる方が美味いですよ! 熱いうちにタルタルソースを山盛りにしてかじりつきましょう。

画像3

竹田 これは、うまい!!
田中 唐揚げや天ぷらの100倍簡単でした。
竹田 これが求めていたカリカリですか?
田中 そうです。これです。
竹田 田中さんは、どこでこのレシピを知ったんですか?
田中 カンです。
竹田 え! カンでここまでできるんですね。
田中 ポテトは、ネットで少し前にバズってたやり方です。
竹田 タルタルもらっきょう入りうまいね!

画像4


日本のフィッシュ・アンド・チップスはどこにある?


田中 お腹もいっぱいになったし、読書会みたいに感想を話していきましょうか。この記事は料理のレビューじゃなくて、料理本の話をする連載ですからね。
竹田 そうでした、そうでした。
田中 フィッシュ・アンド・チップス屋さんが1921年には25,000店と書いてあって、びっくりしましたね。2003年には減ってるけど、まだ8,600店もある。日本の食べ物だと何になるのかな? 寿司とか蕎麦とか?
竹田 もっと身近なスナックって考えると、焼きそばパンじゃない?
田中 コンビニのフライドチキンかも、ファミチキとか?
竹田 野球部の高校生のおやつじゃん。
田中 焼きそばパンもファミチキもフィッシュ・アンド・チップスも、手を使って食べるじゃないですか。この手を使って食べるということが、愛着がわくポイントなんじゃないかなと勝手に思ってます。僕が寿司が大好きなのは、子供の頃に手で食べてたことを思い出すから好きなのかも。
竹田 田中さん、海外旅行に行っても寿司食べてますよね。よくわからないロールをスーパーで買ったりして。
田中 そうそう、日本の高級な寿司も好きだけど、外国のなんちゃって寿司も好き。この本はイギリスのアイデンティティについて書いてあるけど、僕はふだん、ナショナルアイデンティティなんて考えていることが無い。でも外国のなんちゃって寿司を食べる時には、日本文化って何で構成されてるんだろうって思いを巡らせることもありました。
竹田 田中さんの感想は食の思い出に関連したお話でしたが、僕は自分でお店をやっているので、本屋さんの歴史とも重ねて読みました。家族経営の自営業の店舗で始まって、大規模店舗ができて、チェーン店が生まれて、さらに移動販売の発展と問題点など書かれている。
田中 移動販売車が市場を賑わせはじめて、第二次世界大戦中から終戦までが販売のピークというのは驚きましたね。
竹田 フィッシュ・アンド・チップス専用のキッチンカーが売られたりして、マーケットとして相当盛り上がっていたんだろうね。
田中 移動本屋専門の車ってないですよね?
竹田 一応、ありますよ。書籍取次の日販がBOOK ROUTEっていう本を販売する専用の三輪電気自動車を作りましたね。何台も生産してないでしょうけどね。
田中 狙っていたわけじゃないけど、僕たちがいま取り組んでる別の読書会も連想させる本でもありましたね。
竹田 そうですね、双子のライオン堂書店の読書会でマルクスの『資本論』を読むシリーズをやっているから、歴史がつながるシーンがありました。
田中 イギリスの紡績業や農業における労働問題や差別の話が『資本論』には書かれていいます。いくつかの本を通して歴史を知るのは面白いですね。そして、実感を伴って歴史を知るということは、めっちゃ勉強になる気がします。差別の歴史をフィッシュ・アンド・チップスを食べることで考える、というのは一見すると軽薄に見えるけど、実は真に迫るものがあると思う。
竹田 僕たちが食べることができるのは食文化が途絶えずに続いているからですよね。たくさんの人にフィッシュ・アンド・チップスが愛されてるっていうのもあるだろうけど、もしかしたら評論家の力もあったのかも。本で紹介されていましたが、フィッシュ・アンド・チップス屋さんのレビュー誌や評論家までいるのはいいなと思いましたね。
田中 ちょっと違うかもしれないけど、日本だとラーメン雑誌とかラーメン評論家みたいなものはありますよね。
竹田 本屋さんにはないね。紹介するっていうのはあるけど、批評はない。出版業界全体に関するものはあるけど、本屋さんを個別で批評したりするものはないですね。
田中 しっかりした分析、批評があることは、文化を守るために大事なことだと思いますね。

今回の締め&次回の予告


田中 さて、そろそろ『フィッシュ・アンド・チップスの歴史: 英国の食と移民 』についての読書会もおしまいの時間です。言い残したことはありますか?
竹田 そうそう、ハンバーガーやコカ・コーラといったファストフードが根付いていく流れとそれに対する反動など、アメリカの複雑で不思議な食文化の歴史を紹介する『食の実験場アメリカ ファーストフード帝国のゆくえ』(鈴木透著 中公新書 2019年)という本も最近読んだけど、面白かったのでぜひ合わせて読んで欲しいです。スシロールの話もありましたよ。
田中 それは気になりますね。次回はどんな料理本を紹介しましょうかね。
竹田 パンをテーマにするのはどうでしょうか?
田中 パンですか、どうして?
竹田 フィッシュ・アンド・チップスを挟んで食べたら美味しそうだなと思ったからです。
田中 食いしん坊ですね。パン作りは楽しいので、パンの本を紹介しましょう!

次回は『古代メソポタミア飯~ギルガメシュ叙事詩と最古のレシピ』(遠藤雅司 著, 古代オリエント博物館 監修 大和書房 2020年)、『はからない こねない まるめない  世界一自由で簡単なパンのつくりかた』(根岸ひとみ 著, 星ユタカ 写真 ぶなのもり 2014年)をご紹介する予定です。美味しい焼きたてパンを食べながらお届けします。

文・構成・写真:竹田信弥(双子のライオン堂)、田中佳祐
イラスト:ヤマグチナナコ

著者プロフィール:
竹田信弥(たけだ・しんや)
東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

田中 佳祐(たなか・ けいすけ)
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~21:00 /日・不定期
公式HP https://liondo.jp/
公式Twitter @lionbookstore



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?