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「本と食と私」今月のテーマ:未来―たとえこの世界が滅んでも…

ライターの田中佳祐さんと双子のライオン堂書店の店主・竹田信弥さん2人による連載「本と食と私」。毎回テーマを決め、そのテーマに沿ったエッセイを、それぞれに書いていただく企画です。今月のテーマは、「未来」です。

たとえこの世界が滅んでも…


文:竹田 信弥

 「未来の食」と言われて、何を思い浮かべるだろうか。
 『ドラえもん』に出てくるような、空気中や海中にいる微生物を「ビフテキ」へと生成してくれる、理屈はわからないけど、とにかくすごい料理マシーンか。それとも映画『マトリックス』のベチャベチャのオートミールか。はたまた宇宙食のようなサプリやプロテインバーのような固形物か。
 
 未来の食がどうなっていくのか考えようと思い少し調べてみると、フードとテクノロジーを合わせた造語として「フードテック」という言葉が目立つ。技術力の進歩で食糧問題を解決するために「代替肉」「昆虫食」の分野の研究開発が盛んらしい。特に「昆虫食」は何かと話題になっている。虫を粉末状にしたりペースト状にしたりすることで形を変えて、誰でも食べやすくすることで、普及を狙っているらしい。ベンチャー企業が参入したりしていて盛り上がっているようだ。
 
 しかし、僕はどんなに科学が進歩したとしても、虫を食べたくはない。家に虫が出た時に義理の母に助けてもらったことがあるくらい苦手だ。食糧問題を考えると、わがままなことを言っていられる状況じゃないかもしれないが、どうしても食べたくない。仮に技術が進み、どれほど細かい粒子にできたとしても、元の姿が頭に浮かぶから無理だ。例えば、虫だということを黙って僕の好きな食べ物に姿を変えて料理として振舞われたら、どんなに美味しくても、一生人から出された料理を食べられなくなりそうだ。
 
 もし、僕が虫を食べる未来と、破滅した世界でサバイバルする未来を選ぶ立場だったら、後者を選んでしまうかもしれない。
 
 ルイス・ダートネル 『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた』(東郷えりか訳 河出書房 2015年)は、この先、パンデミックや核戦争など何らかの理由で人類の多くがいなくなった世界がテーマだ。文明が滅んだあとに、生き残った者たちでどのように今の科学文明を作り直していくかを思考実験する本である。人類が一瞬で石化して、主人公が科学の知識を使って文明を復興していく漫画『Dr. STONE』(原作:稲垣理一郎、作画:Boichi 集英社 2017~2022年)の参考文献として注目された。
 
 昔は未来を想像するとき、科学が今より進歩していて便利で快適に生活できる世界を想像していた。が、いつからか文明が滅び、荒廃した世界を想像するようになった。
 
 『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた』はそんなダークな未来を描いた本だ。食に関する考察もしっかり書かれている。僕にとって、この本のいいところは、昆虫食については言及しないところだ。滅んだ世界の方が良いじゃないか! なんて思わず叫びたくなりそうだが、もちろん、あくまで今の科学文明を取り戻すことを前提にした思考実験だから、言及されていないだけだろう。けれど、もしみんな普通に昆虫食を食べる世界が来たとしても、この本があれば自分だけは食べずに済むかもしれない。
 
 農業や食糧の保存方法について、科学的な見地から書かれている項目もある。しかし、科学が苦手だったド文系の僕には、活用できなさそうだ。だけど、虫を食べずに済むのなら理科の勉強を今からすぐ始めてもいいと思う。
 
 仮に明日、世界が崩壊したら、今から勉強しても遅いと思うかもしれない。しかし、ルイス・ダートネルの見立てでは「スーパーマーケットを丸ごと独り占めに」することで、「約55年間、ペットフードも食べれば約63年」ほど生き残れるらしいので、勉強するには十分そうである。
 
 ちなみに、僕は現在37歳。ペットフードを食べれば100歳まで生きられる未来が待っているわけだ。昆虫食よりはマシかもしれない。


著者プロフィール:
竹田 信弥(たけだ・しんや)

東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

田中 佳祐(たなか・ けいすけ)
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』
(竹田信弥、田中佳祐 共著 晶文社 2021年)

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
webサイト https://liondo.jp/
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