見出し画像

子育てて悩んでいる友達へ

もう、みんなわかってることだと思うけど、マジで比較には意味がないです。
自分の足りないと思うところについては、他の人の中に見つけやすいけど、自分が充分満足するだけ持っているものについては、意識に引っかからないだけですよ。

こんなことを言っても、どうしても自分の心配事について比較して苦しんでしまいますよね。それは、私も人間だから、すごくよくわかるんだけど、やっぱり何の解決にもならないんですよ。

比較で悩むということは、つまり変えようのない家族や職場の人といった自分の周囲の人たちや、自分の住んでいる環境などの「自分の外側」を、自分の思い通りに変えない限り自分は苦しむと言うことになります。
わかりやすい例えに使いますが、相手もいない、年齢的にも出産できない私が、自分の遺伝子を持った子が欲しいと思っても、普通、それは無理です。
物理的な環境は、決して変わりません。
ではどうしたらいいか?

変えられるのはやっぱり自分だけです。
比較に意味がないと理解しているのに比較してしまう、というなら、問題はどこにありますか?
一目瞭然です。
わかっていると思っているのに比較してしまう自分の方ですよ。
比較すると、相手の方に良い材料があるように感じます。
もう、その時点で、間違っています、あるいは負けています。
何に負けているか?

自分の価値判断を、相手の物差しに委ねてしまっているということですよ。
子供がいる喜びに浸ればいいのに、他の人の様子を見て、あのくらいできないとダメだとか、あのくらいの収入があるから、とか、判断基準が相手のものになってしまっている。

相手と自分は徹底的に違う。
姿形が同じヒトっぽいくらいの共通点しかないのに、なぜか、スペックが数値化できるアバターみたいなもんだと思ってしまっている。
全然違う。
道端の石と、製造工場の煙と、宇宙の果てのなんかの恒星くらい違う。
マジで違う。
それを理解していないから比較する。

山奥に妖怪一家が暮らしていて、旅人を食べて、仲良く生活しています。
食べ残した内臓は、木に干して、子供たちのおやつになります。
飼っている妖怪犬に、目玉をあげたら喜びました。
夫婦喧嘩や兄弟喧嘩は激しく、たまに手足が飛び散りますが、それでも
一家団欒、素敵な家族です。
⬆️
ね?これ読んで、妖怪一家が羨ましい!ってなるか?
ならんでしょ、普通は。
それくらい、徹底的に、比較できないほど、他人と自分は違うんですよ‼️

例えばの話だろう、って思う?
比較っていったて人間同士だし、って?
本当に素直じゃない頑固頭だな。
事実なんですよ。

信じないなら、それもいいけど、気持ちが楽になる方が正しい方向ですよ。
徹底的に違うんだ、比較なんぞ意味がないほど乖離してるんだって思う方が楽なら、そうした方がいいと思う。
しかも、多分、正しいし。

終わり

現在、「自分事典」を作成中です。生きるのに役立つ本にしたいと思っています。サポートはそのための費用に充てたいと思います。よろしくお願いいたします。