見出し画像

【SSホラー】北階段のさっちゃん

 関西の某県にあるS小学校には、昔から生徒たちの間で囁かれている奇妙な噂がある。

 ーー放課後四時を過ぎると、人気ひとけの無くなった北階段に『さっちゃん』という女の子が現れる。さっちゃんは、いつも踊り場で壁にもたれて立っている。そして、偶然そこを通りかかった生徒がいると、「遊ぼう」と声をかけてくるらしい。その場合は、絶対にその誘いを断ってはいけない。もし断れば、家までついてきて、その後もずっと呪われるーー。

 二学期の初日。
 S小学校五年一組の教室では、男性担任が一人の転校生を生徒たちに紹介していた。
「今日からみんなと一緒に勉強することになった、高嶺幸たかねみゆきさんや。みゆきさんはな、お父さんの仕事の都合で、先月東京からこっちへ引っ越してきはった。まあ、言うたらバリバリの都会人や。ええな、みんなくれぐれも仲良うしてあげてや……さて、じゃあみゆきさんからもひと言、みんなに挨拶したってや」
 担任に促され、みゆきが自己紹介を始める。
 「あ、初めまして。高嶺幸たかねみゆきです。今度、東京の小学校から転校してきました。えっと、好きな教科は国語で、趣味は読書とお菓子作りです。あと、幼稚園の頃からフルートとバレエダンスを習っています。以上です。皆さん、どうぞよろしくお願いします」
 みゆきがそう言ってお辞儀をした途端、クラスのあちこちから「おお、凄い」「かわいい」などの声があがった。
 実際にみゆきは美人である。東京の小学校でも、クラスの男子たちの憧れの的だった。
 全身からキラキラと輝きを放つ転校生に教室全体がざわめく中、ただ一人だけ、それを快く思わない女子がいた。それが、上念じょうねんあかりである。
「ふん、何やねん。標準語で気取ってからに。さっきから気持ち悪うて、まともに聞いてられへんわ」
 そして、さらにあかりの気持ちを逆撫でしたのは、みゆきの席が早乙女さむるの隣になったことだった。それもそのはず、あかりはかねてより、ひそかにさむるに好意を寄せているからである。
 案の定、さっそく仲睦まじげに会話しているみゆきさむるの姿を見て、一気にあかりの嫉妬心に火がついた。
「許せへん。あんな子に、ぜったいさむるくんは渡さへんからな……あ、せや。いいこと思いついた。いっちょ、かましたろ」

 *

 ある日の休み時間、あかりはみゆきにさりげなく『北階段のさっちゃん』の話を持ちかけた。
「あのな、みゆきちゃん。この学校には、昔から不思議な噂があってな。それは、こんな話やねん。放課後に北階段へ行くと、踊り場に女の子が立っててな、『遊ぼ』て声をかけてくるねんて。ほんだら、その時は一目散に逃げなあかんねんて。もし、間違うてその子と一緒に遊んでしもたらな、その後ずうっと呪われんねんて」
 さらに、あかりはもう一つ罠を仕掛けた。
 帰宅すると、自身の弟に頼んでメモ用紙にあるメッセージを書かせ、それを翌日こっそりみゆきの机の引き出しに入れたのだ。
 しばらくして、自席についたみゆきがそのメモ用紙を見つけると、そこにはこう書かれてあった。
【話があります。今日の放課後、四時に北階段の踊り場で待っています。 さむる
 みゆきは、ひょっとしてさむるから愛の告白があるのではないだろうかと内心ドキドキした。そして、さっそくその日の放課後四時に北階段へと行ってみたのだが、当然そこにさむるがいることはなかった。
 ただし、“放課後四時”の“北階段”である。もしかして、そこには……。
 翌日、あかりはみゆきに何気なく尋ねた。
「なあ、みゆきちゃん。昨日、もしかして放課後に北階段へ行った?」
「えっ、どうしてそのことを?」
「いやな、うち昨日ちょっと教室に忘れ物したから取りに戻ったらな、たまたま北階段の方へ歩いていくみゆきちゃんの後ろ姿が見えたから、もしかしたらと思うて。じゃあ、やっぱり行ったんやね?……で、会えた?」
「え?……いや、ううん……」
「いやいや、うちが訊いてるのはさむるくんのことやなくて、さっちゃんのことやで」
「え?……ああ、なるほど、さっちゃんね。うん、会えたよ」
「で、どうやった? 『遊ぼ』って言われた?」
「うん、言われた。でも私、前にあかりちゃんに言われた通り、一目散に逃げたよ」
「うんうん、逃げたんやね。そしたら?」
「凄く怖い目で、さっちゃんが私のことを睨んでた」
「え、それだけ?」
「うん、それだけ」
「そんな、アホな。さっちゃんその後、みゆきちゃんのこと追いかけてきたりせえへっかたん?」
「うん、何もなかったよ」
「嘘や。あんた絶対、嘘言うてるやろっ」
「嘘じゃないよ。じゃあ、試しに今日の放課後、私と一緒に北階段へ行って、さっちゃんに会ってみる? そしたら、私の言ってることが本当だって判るから」
 おかしい。本来なら、今ごろとっくにみゆきはさっちゃんに呪われているはずなのに……あかりは、にわかにみゆきの言うことが信じられなかった。では、あの噂話はデマなのだろうか。
 どうしても自分の目で真実を確かめたくなったあかりは、その日さっそく帰りの会が終わると、みゆきと連れ立って北階段へと向かった。ただし、四時まではもう少し時間がある。あまり一ヶ所にとどまっていると、教師が通りかかった時に不審に思われかねないので、適当に階段付近を行ったり来たりしながら待つことにした。
「そろそろ四時やね。なあ、みゆきちゃん。さっちゃんは昨日、どこら辺の踊り場にいたん?」
「えっと、私がさっちゃんを見たのは、たしか二階と三階の間の踊り場だったよ」
 二人は、三階建て校舎の階段を、一階から順にゆっくりと上がっていった。ひとまず一階から二階へと上がる途中の踊り場には誰もいないようである。次に、二階から三階へと上がっていく。そしていよいよ、みゆきが昨日さっちゃんに会ったという踊り場までやってきた。
 すると、あかりがぽつりとこう言った。
「あれ? 今日はさっちゃん、おらへんのかなあ……」
 その時だった。
 あかりの背後から声がした。
「ここにいるよ」
 はっとして振り返ると、そこにはみゆきが上目遣いであかりを見ながら立っていた。
「な、何やねん、みゆきちゃん。あんた、何言うてんのん」
 みゆきはフフッと不気味に笑うと、「実はね」と前置きしてから、意外な言葉を口にした。
「私がさっちゃん(幸ちゃん)なの」
「えっ……」と言葉を失うあかりを、みゆきは恨めしそうにめつけた。
「あかりちゃん、私に嘘を教えて、“さっちゃんの呪い”をかけようとしたでしょ」
「えっ、いや、その……」
「あの時、たまたま横で聞いてた飛鳥ちゃんが、後で私にこっそり教えてくれたんだ。『みゆきちゃん。今、あかりちゃんが言うたことは全部嘘やで。ほんまはさっちゃんと遊んであげへんと、逆に呪われちゃうんやで』って」
「えっ……」
「あと、さむるくんから呼び出しがあったように見せかけたのも、あかりちゃん、あなたでしょう」
「いや、それは……」
「やっぱりね。私のことを罠にかけようとしたんだ。でも、残念。だって、さっちゃんは私なんだから、フフッ。あかりちゃん……絶対に許さないから」
「いやーっ!」
 あかりは顔面蒼白になり、転がるようにして階段を駆け下りた。初めて見る“さっちゃん”の印象があまりにも怖かったため、今はとにかく全力で逃げることしか考えられなかった。大変だ。さっちゃんに呪われる……もはや、『逃げれば逆に呪われる』などという考えはこの際ふっ飛び、後ろを振り返ることもなく、ただただ夢中でわが家へとひた走った。
 一方で、“さっちゃん”はそんなあかりの後ろ姿を見送ると、先ほどまでの怨念に満ち満ちた表情を一転させ、まるで別人のように至って普通な表情でつぶやいた。
「あらら、ちょっと怖がらせ過ぎちゃったかな。まさか、あそこまで真に受けるとは思わなかった。そもそも、何十年もこの学校に住みついてるさっちゃんが、標準語で喋るわけないのにね。フフッ」
 みゆきは、実際にはさっちゃんではなかった。あくまで、あかりを驚かせようと思って、さっちゃんを演じただけだったのだ。
 そんなこととはつゆ知らず、あかりは脇目も振らず家に逃げ帰ると、ガタガタ震えながら布団にもぐり込んでしまった。

 *

 翌朝、恐る恐る登校したあかりは、教室で皆とにこやかに談笑する“さっちゃんのみゆき”の顔を見た途端、ある異変に気がついた。
(み、みんな……気いつけてや……そ、その子は……本当は、さっちゃんなんやで……)
 なんと、あかりは強い精神的ストレスを感じたために、声が出せなくなってしまっていた。今朝、家を出るまでは家族と会話できていたのだが、登校して“さっちゃんのみゆき”の姿を見た途端、一言も発せなくなってしまったのだった。
(あ、あかん……声が出えへん……みんなに、ほんまのことを伝えたいのに……うわあ、さっちゃんがこっち見て笑ろうてる……こ、怖っわ……)
 あかりは、ランドセルを自分のロッカーにしまうと、そのまま保健室へと直行した。
 筆談で先生に事情を伝え、症状が落ち着くまでベッドで横になり休ませてもらったが、結局その日は丸一日、声が回復することはなかった。
「あかりさん、起きて。もう、下校の時間ですよ」
 先生に声をかけられて目を覚ました。保健室で給食を食べた後、今の今までぐっすり眠ってしまっていたようだ。
 あかりはベッドから起き上がり、先生に礼を言って保健室を後にすると、ランドセルを取りに三階の五年一組まで北階段を上がっていった。
 一階から二階、そして二階から三階へ……。
 その時ふと、踊り場に一人の女の子が立っていることに気がついた。
(あれ? この子、こんな所で何してんねんやろ。はよう家に帰らんと、オカンに叱られるで。ほら、はよう帰りい……て、うち今、声出せへんかったんやな……)
 その時、壁にもたれた女の子が、あかりに向かってぽつりと言った。

「あーそーぼ」

(了)
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?