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怪談⑨ROOM 4&9

ある日、ホームレスの男が、とある新築アパートの前を通りかかると、大きな粗大ゴミが捨てられていた。男は"仕事柄"さっそく物色し始めたのだが、その粗大ゴミはとても大きく、ワンルームくらいの広さがある。男が不思議そうにまじまじと見ていると、突然そのゴミが話しかけてきた。

「こんばんは。お部屋いりませんか?広さは6畳です。家賃は0円。敷金礼金、保証人は不要です」

驚いた男が目を丸くしていると、ゴミはさらに続ける。

「実は私はこの新築アパートの『4号室』なんですが、大家が4は縁起が悪いからと言うので、お部屋デビューすることなく捨てられてしまったんです。よかったら私を拾ってもらえませんでしょうか。キッチン風呂、トイレ付です。ベランダもあります。天井もあります。壁もあります」

「ほ、本当に家賃はタダでいいのかい?」

「ええ、もちろん」

男は部屋を持ち帰り、その日からここに住むことになった。

何年かぶりに風呂に入り、すっかり身綺麗になった男に部屋が天井から語りかける。

「いやあ、まさかご主人さまがホームレスだったとは思いませんでした。ツイてますねえ。今夜はこれから雪が降るみたいですよ」

「本当にこれまで死なずに生きてきてよかったよ。こんなラッキーなことがあるなんてな。まだ信じられないよ。ひょっとして夢なんじゃないか」

そう言って頬をつねる男に、部屋はとっておきの㊙︎情報を教えた。

「ここだけの話、新築物件の周辺には大抵4号室と9号室が捨てられているんですよ」

「ええ!   本当かい?   そんな話、聞いたことないけどなあ……」

「昼間だと目立つから、夜中限定なんですよ。暗いからみんな気が付かないだけです」

そんなバカなことがあるものかと思いながらも、次の日から男は、夜中に付近の新築アパートやマンションを探して歩きまわった。すると、どうだろう。あの部屋の言う通り、捨てられた4号室や9号室があるわあるわ。どうしてこんな重要なことに今まで気が付かなかったのかと自分を呪いながらも、男は大八車で片っ端から4号室と9号室を拾って回った。

やがて、合計で10個ほど部屋を拾うと、元々あった部屋番号のプレートを取っ払い、そこに1号室から順に部屋番号を割り振っていき、新しく2階建ての小さなアパートを完成させた。4と9にちなんでそのアパートを「シックハウス」と命名した。あまり聞こえのよいネーミングではないが、元々占いや迷信を信じない男にとっては、ホームレスだった自分を、いっぱしの大家にしてくれた「4号室」と「9号室」に対する感謝を忘れてはならないという信念があった。もちろん新しく完成したこのアパートにもきちんと「104」と「204」は入れた。その甲斐あってか続々と入居者が決まり、あっという間に全戸満室となった。

「ご主人さま。全室成約おめでとうございます。ヨッ!   オーナー!」

「いやあ、照れるなあ。それもこれも全てキミのおかげだよ。つい3ヶ月前までゴミを漁るような生活をしていたなんて、我ながら信じられないな」

「この調子で2棟目、3棟目と景気よくポポポンといっちゃいましょう!」

「ハハハ、そうだな……。だけどそんなにうまくいくかな……」

その後も毎晩、男は4と9を探して歩いた。雨の日も雪の日も、休むことなく歩き続けた。時には隣町、そのまた隣町までも足を伸ばした。やがて2棟目、3棟目と完成させていくごとに、男の"腕前"もそれに比例して上がっていった。いつどこに行けば4と9を拾えるかということが勘で分かるようになってきたのだ。そのうち4号室9号室どころか4F、9Fまで拾うようになりこれまでのアパートよりもう少し規模の大きい、マンションが建つようになった。

「すごいですね。ご主人さま。スピード出世じゃないですか!」

「いやいや。全部キミの言う通りにしただけだよ」

「じゃあ、ご主人さま。次は病院やホテルも狙っていきましょうか」

部屋の言う通り、男は新築の病院やホテルも見て回り、4と9を探した。ただ、病院やホテルとなると、そうそう頻繁に造られている物ではないので、やはり近隣だけを探していたのでは拾える確率はぐんと下がる。しかし、幸いこの頃には随分とお金にも余裕が出てきていたので、男は新幹線や飛行機を利用して他県まで出張するようになった。その結果、順調に全国各地に病院やホテルも展開していき、「99病院」や「44's(フォーシーズ)ホテル」等、全て4と9を当て込んだ名前を付けていった。ここまでくるともう立派な実業家である。北は北海道から南は九州沖縄まで、アパマン、ビル、病院、ホテル等々を持つ稀代の不動産王となっていた。

「ご主人さま。この度は『4&9コーポレーション』のCEO就任と本社ビルの完成おめでとうございます。それにしても、こんな立派なビルの最上階に住まわせてもらえるなんて夢のようです」

「ここまで来れたのは、ひとえにキミのおかげだからね。初心を忘れない為にも"出世部屋"として残しておきたいんだ」

「思い起こせば、最初は河川敷のガード下……それが今では丸の内の一等地。これぞ男のロマンですね!」

「これから1日1回ルームクリーニングを入れるからよろしく。『誰も使ってないのに何故?』って社員には不思議がられているがね。ハハハハハ」

やがて男は海をも渡った。世界的に有名な「666」や「13」はもとより、各国特有の忌み数を積極的に拾って回った。その結果4&9コーポレーションはついに世界規模にまで発展した。

「ご主人さま、天才ですね!   今じゃ『日本のトランプ』と呼ばれてるらしいじゃないですか!」

「次は宇宙へ行こうと思ってるんだ。しばらく帰ってこれなくなると思うが、元気にしててくれよな。この部屋には、いつも花は飾っておくようにと社員には言ってある。あと、見たい絵画とかあったら早めに言ってくれ。すぐに用意させる。BGMはショパンでいいかい?   そろそろモーツァルトにも飽きただろ」

その後、宇宙に進出した男は、いわゆる「水金地火木土天海冥」の惑星から外された(捨てられた)冥王星を拾うという文字通りの大金星を果たし、帰還後は「冥王さま」の異名で全世界から国賓級の扱いを受けるようになる。

「おかえりなさいませ、ご主人……あ、冥王さま。遂にやりましたね。まさか、ここまで立派になられるとは!」

「ああ、無事戻ったよ。やっぱり何だかんだ言って、この出世部屋が一番落ち着くなあ」

「いやいや、今じゃ幽霊部屋扱いですよ。ルームクリーニングが来てハタキをかけられると私、ついクシャミが出ちゃうんですよね。だから皆さんから『誰もいないのにクシャミが聞こえる』って不気味がられてますよ」

「ハハハ。キミが喋るのは私の前でだけだからな。あ、そうだ。幽霊と言えば、次はあの世を開拓してみようと思ってるんだ。まだ誰も手をつけていないエリアだ。非常に興味がある」

「え?   冥王さま。それは……」

「おっと。こうしちゃいられない。もう行かなきゃいけないんだ。次はお土産に丹波哲郎を連れてくるよ。な〜んてな。ハハハハハ!   あ、BGMはベートーベンに変えといたよ。じゃあ」

男が出ていった後の出世部屋には、ベートーベンの「運命」が、これから訪れる急転直下を予兆するかのように、おどろおどろしく鳴り響いていた。

後日、男はプライベートクルーザーで三途の川を渡り、あの世へ到着した。

現地がよほど気に入ったのか、その後、男がこの世に戻ってくることはなかった。

短期間で巨額の富を築きながらも、志半ばで天に召される格好となってしまった男。果たして4と9は、やはり縁起が悪い数字だったのかーーそれは誰にも分からない。

さて、唐突に主人を失い失意の出世部屋は、すっかり元気をなくしてしまい、それは"健康状態"にも大きく影響した。壁紙や水まわりにはカビが繁殖し、いつの間にか虫も湧いている。さらに床はきしみ、天井は雨漏りするようになった。4&9コーポレーションの新CEOは、この状態を見るや否や、即刻、出世部屋の排除を決めた。

ある晩、4&9本社ビルの目の前に捨てられた出世部屋が、寒さに震えながらシクシク(4949)泣いていると、一人の男が近づいてきた。自分のことを、いかにも興味深そうにまじまじと見ているので、部屋はその男に呼びかけた。

「もしもしこんばんは。お部屋いりませんか?」完



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