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「乃木坂配信中」という革新的戦略

2021/05/06、乃木坂46が2つ目のYouTube公式チャンネル「乃木坂配信中」を開設しましたね。

乃木坂46はそれまでも最新表題曲のMV等の様々なコンテンツをYouTube上に公開していました。その習慣があったことから、このチャンネルの開設はそこまで衝撃的な印象を与えるものではなかったと思います。僕も最初は「へー、そうなんだ。」くらいにしか思っていませんでした。

しかし、よくよく考えてみると、このチャンネルの開設は時代の潮流に則った非常に秀逸な戦略なのではないかと思うようになりました。

今回は、なぜ乃木坂46が「乃木坂配信中」というチャンネルを開設したのか、その意図・戦略について考察していきます。これは革新的な正義の遂行だと思います。


悪質な広告収入を抑制するため

人はなぜ動画をYouTubeに公開するのでしょうか。

YouTube黎明期においては、自分の動画作品を世の中にアピールすることが目的だったと思いますが、今となって広告収入を得るためでしょう。YouTuberという、動画でお金を稼ぐ人達の登場により、誰しもが「如何にして不労収入を稼ぐか」ということを考えるようになりました。そしてその手段としてYouTubeは絶好の市場になっています。

そして「如何にして不労収入を稼ぐか」ということを考え続けた結果、一部の人達は自ら動画を製作すること自体にも嫌気が差してしまったようです。その結果、誰かの人気にあやかり、有名人や人気者が登場する動画やテレビ番組を自らのチャンネルに転載してPV数やチャンネル登録者数を上げ、YouTubeの広告収入を荒稼ぎするようになりました。

有名人や人気者が出演している映像がその標的になるということは、もちろん乃木坂46も例外ではありません。

乃木坂46の冠番組と言えば「乃木坂工事中」ですね。悲しいかな、この番組もYouTubeの様々なチャンネルに全尺で転載されています。そして例外なく広告が掲載され、その収入はチャンネル運営者に渡っています。

このように改めて整理してみると、コンテンツを作っている人が可哀想ですね。本来はそのコンテンツで収入を得るべきは、誰あろう製作者であるべきなのに、その収入を横取りされてしまっています。

「乃木坂配信中」の開設は、このような悲しい状況を是正する意図があると思います。

同じ動画でも、公式運営が公開した適度に広告が掲載された動画と、誰とも分からない人が公開した、広告だらけで、しかも著作権違反に検知されないように関係のない画像や背景で加工された動画では、人はどちらを観たいと思うでしょうか。

このような二つの選択肢を並べられたとき、大抵の人は前者を選ぶでしょう。僕のように、上述の悲しい状況を認識している人であれば、尚更前者を選ぶと思います。

何より、前者を観ることにおいては、後ろめたさがないのです。なぜならば公式運営が公開した純正の動画だから。公式運営が「どうぞ、観てください」と公開した動画を堂々と観て後ろめたさを感じることなどありません。

それに対して後者を観ることにおいては、誰かが損をしていることが分かった上で観ているので、若干の罪悪感を抱きながら観ることになるでしょう。しかも広告が掲載されまくっていて観ていて心地よくない。

このような前者と後者の差分が広まっていけば、徐々に前者のPV数は上昇してくるでしょう。そして将来的には「乃木坂工事中を転載しても無駄だ、大して稼げない」ということを転載者に知らしめることができるかもしれません。

であれば、転載を完全に根絶やしにすることは出来ないでしょうが、かなり抑制された状況を作り出せると思います。その結果、製作者が成果物による収入を得られるという、本来あるべき状態まで是正できるのではないでしょうか。これはある意味で正義の遂行なのだと思います。

これまでは、運営陣は「如何にして違法アップロードを防ぐのか」ということに心血を注いできました。しかし、取り締まっては新たな転載者が現れたり同一の転載者が名を変えて再起したり、いたちごっこになっていたと思います。この状況は多勢に無勢でした。どう足掻いても、運営よりも転載者の方が人数が圧倒的に多いのです。取り締まろうにも数が多すぎて取り締まることが出来ませんでした。

しかも転載者はあの手この手で転載を繰り返し、運営陣は手を焼いていたはずです。しかし、それはもはや過去の話になったと思います。

公式が転載元を堂々と公開してしまえば、取り締まることよりよっぽど効果がありそうです。今後、この効果が有効であることが広まれば、色々な運営陣がYouTubeで公式の番組動画を公開する未来がやってくるかもしれません。もはやこれは「戦略的かつ前向きな諦め」とでも言えるのではないでしょうか。

きっかけは、白石麻衣さんの卒業コンサートだったと思います。

配信でのLIVEで最も懸念されていたのは、転載です。白石麻衣さんという、誰もが知る人物の大きな節目を転載されれば、とんでもない広告収入を稼がれてしまうのは目に見えていました。そして何より、白石麻衣さんの乃木坂46卒業という大きな一歩を汚させるわけにはいかない。

しかし、悲しいかな、やはり転載は起こりました。配信LIVEの原理上、録画や転載を防ぐことは出来ないのです。最後の最後は視聴者の性善説に任せる他ありません。この状態で幸せになるのは転載者だけです。何よりチケットを購入した視聴者が損をした気分になるのはあまりに不条理です。

しかし、配信という形式によって、それまでとは桁違いの視聴者と売上を獲得できることが明らかになりました。これにより乃木坂46の運営陣は配信することのメリットを理解し、活用方法を検討したのだと思います。

また、それまでもYouTubeに公式のMVを多々公開していましたが、LIVE映像は公開していませんでした。しかし、配信LIVEを行ったことで吹っ切れたのでしょう。

その結果、このような正義の遂行方法を生み出されたのだと思います。毎度毎度、乃木坂46の運営陣の頭の柔らかさと決断力には驚かされますね。


DVD・Blu-rayの売上を獲得するため

放映した番組を動画で公開することがこれまで敬遠されていたのはなぜでしょうか。

答えは至極簡単で、「そんなことしたら後に発売するDVD・Blu-rayが売れなくなるじゃないか」という懸念があったからだと思います。

確かにDVD・Blu-rayに収録されている映像が、無料でしかも高画質でYouTubeに公開されているのであれば、DVD・Blu-rayが売れなくなると発想してしまうのは当然だと思います。

しかし、DVD・Blu-rayは動画と違って物品であるという特徴から、付録特典を付けることが出来ます。それはメンバーの生写真やポストカード等、数量限定のものです。なるほど、これだけ世の中に在庫が無限な電子的無形商品が溢れたことで、むしろ有形商品の足枷だった在庫が有限であるという要素を活かせるようになってきたわけです。

また、DVD・Blu-rayには放映もYouTube上に公開もされていない、未公開映像が収録されています。乃木坂46のメンバー達の知られざる面白い一面や、あの印象的な一部始終のその後をたっぷりと観ることが出来ます。放映や公開された映像が収録されたDVD・Blu-rayの価値は、もはやこれに尽きると言っても過言ではないでしょう。

YouTubeの動画公開は、この価値を最大化する効果があると思います。

つまり、放映した番組を動画で公開することで、放映もしくは動画を観た視聴者の「未公開映像を観たい」という意欲を活性化させることができるのです。

そしてその意欲はDVD・Blu-rayの購入意欲に転換され、結果的にDVD・Blu-rayの売上を向上させることができます。

もし白石麻衣さんとバナナマンのお二人の対談が未公開映像として全尺で収められているDVD・Blu-rayが発売されるとしたら、僕も速攻で購入します。対談の映像が想像以上に短かったのは、きっと僕のような消費者を増やす意図があったのでしょう。

やはり乃木坂46の運営陣の戦略は秀逸だと思います。そして商売の基礎基本に則っている節を感じます。「自分が乃木坂46の運営陣でも同じことをする」と共感し、悪徳さや嫌悪感を抱くこともありません。

さて、DVD・Blu-rayの価値が未公開映像に尽きる以上、何より懸念されるのは前章で述べた転載です。未公開映像の転載は、なんとしても防ぐ必要があります。これを防がなければDVD・Blu-rayを購入する意義は付録特典のみとなってしまいます。DVD・Blu-rayが提供する価値と、DVD・Blu-rayを購入する意義に相違が生じ、購入意欲を減衰させ、売上が低下することになります。

しかし、世の中にはDVD・Blu-rayに収録されている映像を動画ファイルとしてPC上に保存する技術が広まっています。残念ながら未公開映像についても転載は発生してしまうのです。

そして転載が始まれば取り締まりが始まり、またもや多勢に無勢のいたちごっこが繰り返されることになります。一度広まった技術を根絶やしにすることが出来ない以上、未公開映像の転載については、DVD・Blu-rayに動画抽出が出来ない強固な性能を与えることが現実的な対策でしょう。


新たなファンを獲得するため

YouTubeが巨大市場であることに反論がある人はいないでしょう。YouTubeのプレスルームの発表によると20億人以上のユーザーがいるそうです。このユーザー数は今後もどんどん高まっていくでしょう。

短絡的に考えると、YouTubeに動画を公開すれば20億以上の人の目に触れる可能性があるということです。これだけでもYouTubeに動画を公開する意義はあると思います。

乃木坂46のファン全員をもってしても、20億人にははるかに及ばないでしょう。つまりそれは、YouTubeには乃木坂46のファンになり得る潜在顧客がたくさんいるということです。

YouTubeのユーザーを乃木坂46の認知度でざっくりカテゴライズすれば、下記のようになると思います。

1.乃木坂46を知らないユーザー
2.乃木坂46を知っているが、興味がないユーザー
3.乃木坂46を知っていて、乃木坂46を好きなユーザー

「3」をファンと定義し、「乃木坂46オフィシャルYouTubeチャンネル」にチャンネル登録していると仮定しましょう。そしてYouTubeのユーザー20億人に対して「3」の割合はどれほどでしょうか。

現時点で「乃木坂46オフィシャルYouTubeチャンネル」のチャンネル登録者数は約143万人です。20億人に対する割合は0.07%です。つまり残りの99.93%は乃木坂46のファンになり得る潜在顧客と捉えることが出来ます。

もちろん、最初に述べたようにこれは短絡的な考えに則ったものであり、強引な解釈であることは自覚しています。言語の壁や20億人中のアクティブユーザー数を考慮すれば、潜在顧客の数はもっと縮小するはずです。

しかし、「YouTubeには乃木坂46の潜在顧客がまだまだたくさんいる」という、ざっくりとした認識は間違いないでしょう。実際に僕もYouTubeに公開されているMVを観て乃木坂46への愛を深め、ファンとなり、ついには配信LIVEのチケットを購入するに至っています。

僕のように、YouTubeに公開されている公式コンテンツが乃木坂46への興味を強める原因になったという人はたくさんいるでしょうし、今後もそういう人はたくさん出てくるでしょう。

また、YouTubeのユーザー20億人のほとんどは日本人以外で占められているはずです。となれば、海外のファンを獲得することにも大いに活用できます。さらに、YouTubeにはどの国のユーザーが動画を視聴しているか分析できるツールが実装されており、海外公演を行う際の市場調査に利用できます。

このように、YouTubeに公式の動画を公開することは、明らかに集客方法の一つなのです。

そしてすでに乃木坂46はオフィシャルのチャンネルを公開しており、「乃木坂配信中」は2つ目のチャンネルです。これは集客の窓口を分ける意図があるのだと思います。

乃木坂46オフィシャルYouTubeチャンネル」には主にMVが公開されています。つまり、音楽を聴くためにYouTubeを利用している人は「乃木坂46オフィシャルYouTubeチャンネル」から乃木坂46を知ったり楽曲を聴いたりする可能性が高く、このチャンネルのメインターゲットはそのようなユーザーだと思います。

また、すでに乃木坂46を知っている人やファンがYouTubeで乃木坂46を検索し、その検索結果に「乃木坂46オフィシャルYouTubeチャンネル」の動画がヒットすれば、まずはその動画を閲覧するでしょう。

このように「乃木坂46オフィシャルYouTubeチャンネル」は既存顧客に対するものでもあり、乃木坂46への愛・興味関心を活性化させることにも活用されているはずです。

それに対し「乃木坂配信中」は、現時点ではあくまでバラエティ番組を公開しているチャンネルであり、その属性は音楽ではなくお笑いです。

であれば、笑いを求めてYouTubeを利用している人達がターゲットとなっており、その人達を最終的に乃木坂46に集客する意図が感じられます。サムネイル画像にバナナマンのお二人が大きく写っている理由は、この意図をより顕著に表していると思います。

このように、単純に動画のPV数を稼ぎたいなら143万人の母数がある「乃木坂46オフィシャルYouTubeチャンネル」に動画を公開すれば良いにも関わらず、敢えて2つ目のチャンネルを開設した意図は、集客の導線を分け、新たな属性のファンを獲得することにあるのではないでしょうか。

海外のYouTubeユーザーも、「日本の女の子の集団が面白い動画を公開している」というようなきっかけで乃木坂46を知り、ファンになっていく可能性もありそうです。


まとめ

「乃木坂配信中」というチャンネルを開設した意図を考察してきましたが、これほど多方面に良い効果を生み出す優良な戦略は非常に勉強になりますね。

放映済みの番組を動画で公開するだけで、売上の流出を防止し、物販の売上を向上させ、新たな属性のファンを獲得できるとは恐れ入ります。しかもチャンネルに公開する動画の制作費が倍増なんてことはありません。金銭的コストは変わらないのに、その効果は何倍にも膨れ上がって返ってくるのです。

「少し考えれば分かったことなのに、なんでこれまで気づかなかったのだろう」という点を巧妙に使いこなしているように感じます。やはり乃木坂46の運営陣の頭の柔らかさには脱帽です。

これも秋元康さんから「AKBとは違うことをやれ!」と叱咤され続け、毎日のように頭を悩ませてきた成果なのでしょう。そのひたむきさには、もはや尊敬を覚えます。

引き続き、乃木坂46に新たな動きがあった時には、それを戦略と捉え、意図を考察していきたいと思います。

以上、【「乃木坂配信中」という革新 】でした!!

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