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学んだら飽き、また学ぶ|ノンフィクション作家・高野秀行|私が学ぶ「私的な」理由

学ばなければではなく、学びたい、知りたいから学ぶ。自身の体験や問題意識に基づいた理由があると、学びはもっと豊かになる。学び直す道を選んださまざまな職業人に、学びのスタイルと「私的な」理由を伺います。

「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」。ノンフィクション作家・高野秀行さんは、世界中の辺境で旅や取材を続けています。

取材先では、現地の人が使う言葉でコミュニケーションを取るという高野さん。これまで学んだ言語の数はなんと25以上で、著書『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル刊)では自身の語学体験とユーモア溢れたエピソードがつづられています。

高野さんは、フランス語や中国語といったメジャーな言語から、話せる人がほとんどいない、ミャンマーの少数民族が使う「ワ語」まで、さまざまな言語を次々に学び続けています。そして、新しい言語を学ぶことそのものに、面白さがあるといいます。

一体どのようにして、高野さんは数多くの言語を学んできたのでしょうか。そこには「学び直し」に欠かせない、学びへの情熱を持ち続けるためのヒントがあるのでは? 「テキストから学ぶのは嫌なんです」と語る、高野さんのオリジナルな学びについて聞きました。

「謎や未知のことを、自分で解き明かしたい」

——世界中を飛び回って取材されている高野さんが、探検を始められた原点は何だったのでしょう。

僕が子どもの頃、1970年から80年にかけての子どもたちって、みんな探検が好きだったと思うんです。近所の裏山や川に行っては、探検ごっこをして遊んでいた。ところが中学生くらいになると、探検から卒業していくわけです。

——大きくなると、探検しなくなっていく。

そう。みんな“大人”になっていきますから。僕だって一度は離脱しましたよ。
でも大学生になって、やっぱり探検したいなと思ったんです。知らないことを知りたい、見たことがないものを見に行きたいって思って。早稲田大学の探検部に所属し、本格的な探検活動が始まりました。

——未知のことを知ることができる探検は、究極の「学び」でもありますよね。

そうですね。でも、そもそも一般的な「学び」と僕の「学び」ってずれているんじゃないかな。僕、テキストがあると嫌になっちゃうんです。

テキストを読んでも、全く頭に入ってこなくて。マニュアルや料理のレシピも、地図だって読めません。

——行ったことがない場所で、地図がないと困らないですか。

もちろん困ります。迷うことは多いですね。でも、人が作ったものを押し付けられている気がして、面白くないんです。謎は自分で解明したいので。

——知らないことを、自分自身で解き明かしたい。

だから、自分で地図を作るのは大好きです。マニュアルもレシピも地図も、必要なときには自分で作りたいんです。

「取材を終えて一冊書けたら、急速に忘れていく」

——今の日本の学校教育では、教科書から学ぶのが一般的ですよね。「テキストから学べない」高野さんにとって、学習は大変ではありませんでしたか。

高校生くらいまでは、教科書を使って普通に学べていたんです。「そういうものだ」と思っていましたから。

——いつ頃から嫌になったのでしょう。

探検的な活動を始めてからですね。自分で学ぶことを知ってしまったら、そっちのほうが面白くて。

もちろん、テキストがあれば使うこともあります。でも、その通りにやっても面白いことってほとんどない。いや、テキストに面白さを求めることが、間違っているのかな……。おそらく僕は、ゼロから学ぶことが好きなんです。

——テキストも何もない、全くゼロからのスタートが、高野さんにとって最高の学びだと。

何も知らないまっさらな状態から、謎を解き明かしていく過程が面白いんですよ。だから、ある程度全貌がわかると飽きちゃう。解き方がわかってしまうと、もうだめですね。謎を解き明かすという目的が、失われてしまうので。

——目的がなくなると、飽きてしまう。

僕は本当に飽き性なんですよ。長年、水泳をやっていて、それには腰痛を治すという目的があるんです。サボると腰が痛くなってしまうから、プールに通い続けています。でも最近、あまり痛みが生じないんですよね。だからプールに行く頻度も少なくなっていて……。

言語も、取材先で現地の人とコミュニケーションを取るために学んでいるわけです。取材を終えて一冊書けたら、その言語は僕にとって必要なくなるので急速に忘れていってしまいます。

——目的のために、必要だから学ぶんですね。今、学んでいることは何かありますか。

先日、テレビ番組『クレイジージャーニー』の取材でエチオピアのコンソ地区に潜入したのですが、そのときに出会った少女が「英語を勉強したい」と言っていて。

それを聞いて、僕がコンソ語を習得して教えるのが早いんじゃないか、と思ったんです。

——早い……のですかね……。

ただ、そのためには僕もコンソ語を学ぶ必要がありますから、新しい仕組みを考えました。現地にいる英語が少しできる先生から少女が英語を学ぶと同時に、同じ先生から僕はコンソ語を学ぶんです。

彼女も僕も、それぞれ全くのゼロからのスタートなので、挨拶あたりから学び始めますよね。つまり僕と彼女は、同じ例文を用いて会話の練習ができるわけです。

——同じ先生の元、同じ例文を使って、高野さんはコンソ語を、少女は英語を話して会話をすると。二人で同時に別々の言語を学習していくなんて、聞いたことがないですね。

誰もやったことがないんじゃないかな。ただ、学び方を少女にも先生にも一生懸命説明しているんだけど、全然伝わらなくて……。上手くいくかどうかも分かりませんが、学びの方法を新しく作り出すのも面白いですね。

「たった一言で、相手との距離は縮められる」

——そもそも、取材するときに現地の言葉でコミュニケーションを取るのはどうしてでしょう。

仲良くなるため、です。民族や地域について知ることと、そこで暮らす人たちと仲良くなることは同じ。社会構造や経済の状態を把握できたとしても、現地の人と仲良くなれなければ「わかった」とはいえないと思います。

——人との交流でしか、わからないことがあるのでしょうか。

情報だけ集めてきて「わかった」という人たちって、“スポット”でしか知らないと思いますね。

例えば、エチオピアには酒を主食として生活している民族・デラシャがいて、その民族を取材するため、ガイドに案内をお願いしたんです。そのガイドはデラシャが住む地域を何度も案内したことがあったそうですが、デラシャが酒ばかり飲んでいることは知らなくて、すごく驚いていました。短時間だけ会って話を聞いたり観察したりするだけでは、食生活のことまではわからず、デラシャ自身も酒が主食なことは当たり前だから、大したことではないと思い話さなかったのでしょう。

結局、一緒に食事をし、寝泊まりして生活を共にしないと、彼らの暮らしはわからないんですよ。彼らと仲良くなって、心を開いてほしいから、現地の言葉で話しています。

——仲良くなるのにうってつけの言葉はありますか。

「美味しい」というと一番喜ばれますね。食と言語は、人間にとって最大のアイデンティティだといえます。ご飯を一緒に食べて、相手が使う言語で「美味しい」と伝えることは、アイデンティティを二つとも認めるということ。これ以上のキラーワードってないんじゃないかな。

世界中どこであっても、「美味しい」の一言で表情はガラッと変わりますよ。相手との距離が縮まって、一気にお互いの理解が深まりますね。

——たった一言で、相手への理解に繋がるんですね。

言葉の先には、人がいるわけです。そのことが忘れられてしまっている気がします。中国語や英語、フランス語のような「言語」に対しては意識が向くけれど、「話す人」への思いは疎かになりがちではないでしょうか。

——試験でいい点数を取るためや、仕事のキャリアアップのために、言語を学ぶという人もいますよね。

そうですね。そういう学びがその人にとって役立つならいいのかもしれませんが、表の部分でちょっと役立つだけで、自分の内面に役立つところまで行きづらい気もします。

僕にとっては、相手のことを知りたいから言語を学ぶというのが前提で、言葉はコミュニケーションを取るための道具なんです。

「学ぶ目的がなければ、妄想してみる」

——25以上の言語を学んできた高野さんは、学び上手だと思うんです。学ぶときのコツは何かあるのでしょうか。

……結局、話したいことがあれば、話せるようになるはずですよ。

——話したいことがないと、上手には学べない……!

数年前、英語を上達させたいと思って、日本で英語を勉強してみたのですが、話したいことがないんですよ。よくよく考えてみたら、アメリカとか英語圏の国に行く予定もないし、英語でコミュニケーションを取りたい相手もいなくて。だから全然上達しなかったですね。
いつか英語圏の国に取材に行くことがあるとしたら、そのときには話したいこと、聞きたいことが生まれて学ぶことができると思います。準備するに越したことはないけれど、まあそのときが来たら学べばいい話です。

——やはり目的があることが、学びにとっては大切なんですね。

そうですね。もし目的がない場合は、「仮」でもいいと思いますよ。

——「仮の目的」ですか。

妄想でいいんです。たとえば、アメリカのマンハッタンに部屋を借りて、ブロードウェイでミュージカルを楽しむ日々を送るんだ、とか。

そうしたシチュエーションを設定して、実際に行動してみてください。マンハッタンの部屋を借りるためには、不動産のサイトをチェックしなければなりませんよね。借り方が全くわからなければ、それもまた検索したり調べたりするわけです。

——妄想を実現させるために、実際に行動してみるんですね。

調べるときは、日本の検索エンジンじゃなくて、その国の検索エンジンを利用することも重要です。例えば英語圏の情報なら、アメリカ版のgoogleから検索してみる。そうでなければ英語のワードを入れて検索しても「日本語の世界」から出られませんから。

それに、日本語で出てくる外国の情報は、似たようなものばかりで偏っているように感じます。その国の言葉で、現地の人たちが発信している情報を集めていくと、その国のリアルな視界が開けていくと思います。

実際に物件を探していくと、専門的な用語にも出合うことでしょう。日本の敷金・礼金に当たる言葉があるかもしれないし、そもそもそんな仕組みはなくて、特有の制度があるかもしれない。家賃はどのエリアが高いのか安いのか、相場も掴めてきますよね。言語を習得できるだけでなく、その国に対するイメージが自分の中で立ち上がっていきます。

——なるほど。これなら実践的な学びができますし、妄想するのも楽しそうです。

実は僕もやってみたんです。オーストラリアのシドニーに義理の姉が住んでいるので、そこに一ヶ月くらいお世話になろうという妄想をしました。

彼女の家にタダで何もせず一ヶ月も住まわせてもらうのは悪いし、気を遣いますから、料理くらいはしようかなと。そうすると、まずはスーパーを調べるわけです。
メジャーなスーパーが4〜5店舗ほど出てきたので、次はそれぞれの特徴を把握しようと。特徴をまとめて比較し、どのスーパーに行くかが決まる。

——行くスーパーが決まったら……

実際にどうやって買い物をするかです。国によってスーパーの売り場も買う流れも違いますから、確認しておきたいですよね。いろいろ調べていたら、あるYouTubeチャンネルを見つけました。ただ週末に、スーパーで一週間分の買い物をしているだけの動画。全然アクセス数はないですし面白くもないんですけど、買う流れを知るにはちょうどいい。

動画を見ていると、「何を買おうかな」とか独り言をぶつぶつ呟きながら買い物をするので、リアルな言葉も学べるんです。棚から取ってカゴに入れるのは「grab」っていうんだ、とかね。

こうしたリアルな言葉は、確実にシドニーのスーパーで買い物するときに使えるわけです。アメリカだとどうなのか、イギリスだとどうなのかは知りませんよ。でも、いいんです。僕はシドニーに行くんですから。

——そうでした。シドニーに行くんだ。

こうして自分にとって必要な言葉を覚えていくと、自然に話せるようになるはずです。必ずしも語学を「理解」できていなくてもよくて、ただ知ればいいだけ。学ぶことを大袈裟に捉えなくていいんですよ。

「歳を重ねるほど、学ぶ意欲は増していく」

——高野さんは「未知のこと」と出合うために、日々どのようにリサーチしているんですか。

何か特別な情報網を持っているのだろうと思われがちなのですが、全くもって普通なんですよ。本や新聞、インターネットをチェックするくらいですね。

——普通に生活している中で、見つけられるものですか。

「どこでこんなネタを見つけたんですか」と驚かれて、「いや、普通に新聞の国際面のトップに載っていましたよ」と答えたこともあります。インターネットの普及で世の中の情報は激増しましたが、まだまだ掘れば面白い、解き明かされていない謎は眠っています。いかに目に入ってきた情報をスルーせずに、面白いかどうか考えられるかだと思います。

僕の場合は本を書くという最終的なアウトプットがありますから、何を見ても「これは面白い題材になりえるか?」と常にアンテナを張っているのだと思うんです。無意識ですけどね。そのアンテナに引っかかったものを、記憶し、記録しているだけです。

——学びのネタは、日常の中に転がっているんですね。年齢を重ねるとともに、そうしたアンテナが衰えることはありませんか。

ないですね。むしろ歳をとるほど、どんどん強くなっている気がします。

——学びの意欲は、増し続けていると。

最近も、テレビが壊れてしまったから新しく買い替えようとしているのですが、どのテレビを買えばいいかがわからなくて。納得できる情報が見つからないから、自分でゼロからリサーチし始めたんです。

調べ始めたらキリがなくて、全然買えていませんし、いつ買えるのかもわかりません。でも、やっぱり知りたいし、学ばずにはいられないんですよね。

高野秀行
ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学探検部に在籍時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。アジア、アフリカなどの辺境地をテーマとしたノンフィクションや旅行記のほか、東京を舞台にしたエッセイや小説も多数発表している。

執筆:冨田ユウリ/撮影:本永創太/編集:友光だんご(Huuuu)