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宗教化するワクチン論争(3)「デマ」の本質

 新型コロナウイルスワクチンは,開発されてから過去に例をみないほど,短期間で承認されました。現在もまだ治験中ですが,緊急事態ということで,接種が認められた異例中の異例のワクチンです。治験中には,想定外の副作用や効果の変化などが起こることが予想されます。そのために治験をするのですから当然です。しかし,治験中にもかかわらず,そのようなリスクを封じ込めて,安全性を強調することは,科学の立場から許されることではありません。

 ところが、政治の立場からは,治験中のワクチンを実際に活用することを決めた以上,その判断が疑われるわけにはいきません。したがって,ワクチンに対する疑問を,議論の対象とせずに,徹底的に封じ込めようとします。ここで問題なのは議論して納得させようとするのではなく、議論以前の問題として,つまり議論にも値しないような主張として,葬り去ろうとしていることです。なぜなら,議論すれば必ず何らかの綻びが露になるからです。それは科学なら当然のことで、進歩のためのプロセスですが,政治の世界では認められません。そんなことをすれば、権力の崩壊につながるからです。

 したがって、ワクチンに対する疑問を「デマ」として切り捨てようとする構図はまず政治主導で作り上げられ,それにマスコミやSNSが便乗して「デマ」を徹底的に排除しようという論調が生まれています。最近は,なぜ人間は「デマ」に惹かれるのかという,まったくポイントを外した研究や論調まで喧伝されるようになっています。状況は,日本も海外もほぼ同じですが,以下では,日本の状況を参考に考えていきましょう。

 日本でワクチンへの疑問を「デマ」と切り捨てようとした最初の政治家は,ワクチン担当相の河野太郎でした。河野は,自身のホームページである「衆議院議員河野太郎公式サイト」において,2021年6月24日に「ワクチンデマについて」 という文章を掲載し,ワクチンをめぐるデマについて根拠がないことを主張しています。そこで,河野が「ワクチンデマ」として掲げた項目は以下の6つです。

 ①ワクチン接種された実験用のネズミが2年で死んだ
 ②ワクチン接種により不妊が起きる
 ③卵巣にコロナワクチンの成分が大量に蓄積する
 ④ワクチン接種で遺伝子が組み換えられる
 ⑤治験が終わっていないので安全性が確認されていない
 ⑥長期的な安全性がわからない
 ⑦ADE(抗体依存性増強現象)が起きる

 ①のネズミの問題はおくとしても,それ以外は,いずれも科学的に証拠を徹底的に検証しなければ,軽々に結論づけることのできない論点を含んでいます。たとえば③や④に関しては,日本産婦人科学会は,5月12日に,「COVID-19 ワクチン接種を考慮する妊婦さんならびに妊娠を希望する⽅」という文書で,「COVID-19 ワクチンは、現時点で妊婦に対して短期的安全性を⽰す情報が出つつあるが、中・⻑期的な副反応や胎児および出⽣児への安全性に関しては今後の情報収集が必要である。」という見解を発表しています。これまでのデータが示すのは,「短期的安全性」にすぎず,長期的なデータがない段階で,③や④が「デマ」であることを証明する証拠はありません。

 なお,同学会は,妊婦へのワクチン接種を,感染地域に居住している場合や,基礎疾患のある場合には接種を検討するように奨励していますが(8月14日の文書),長期的な証拠がないという事実は変わっていません。したがって,学会としては「接種ではなく」,「検討することを奨励する」ことしかできないわけです。この違いは,誰が決定するのかという問題に触れていて,非常に重要ですが,別の機会に詳しく議論することにしたいと思います。

 その点からみれば,⑤や⑥に至っては,「デマ」ではなく,完全な事実です。現在,接種されているワクチンが治験中であることは事実ですし,ウイルスが確認されたから2年以内,ワクチンが接種されるようになってから長く見ても1年程度の時間しかたっていないのですから,「長期的な安全性がわからない」以上に「正しい情報」はないでしょう。さらに⑦が今後最も大きな論点となることが予想されますが、この点は次々回あたりに検討するつもりです。

 このようにワクチンをめぐる「デマ」は,どう考えても「正しい」情報までが含まれています。つまり「デマ」にも,100%否定することのできない部分があるということです。科学なら,その否定できない部分を追及しないといけませんが,政治は簡単に切って捨てて,一方向に誘導しようとします。ちなみに,最近では厚生労働省も「新型コロナワクチン 注意が必要な誤情報」という文書をまとめています。これは極めて誘導的な文書で,官僚の体質が滲み出ているので、その構造は次回に検討したいと思います。

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